赤いドレスの招待状

 レストランは三十代の夫婦が営む店。出されるメニューはリンゴ酒、ライ麦パンとスープと肉の串焼きであった。肉料理に使われる肉は鹿や野兎で、ロザリーヌはパン担当を名乗り出たが相当難しいのであった。


 朝からパンの生地を捏ねては耳たぶを触るを繰り返すロザリーヌ。

(これくらいの柔らかさでいいかな……もう失敗は許されない。弁償代だって無いんだから。ああ……。)


 ロザリーヌはほぼ無一文である。


「ロザリー、頑張るわね。でもご令嬢をこんなにこき使って私達後で仕返しされるんじゃない」

 と奥さんのサリーが笑う。


「そんなっ、感謝しかありません。恩人ですよ」

「ねえ、あの時々くる騎士様 恋人なの?」

「え?!」

「そんなに驚く?誰が見てもあなた達が見つめ合う姿は他のなんでもないのに〜」



 その晩噂をすれば、その騎士様がやって来た。


「ダミアン騎士……メリは元気ですか?」

「ああ。メリは落ち込んですっかり元気がないようで。良く食べますけどね。」

「そう、会いたいな……あの、キャシーは?」

「掃除係ですよ」

「ああ」


「ほらっ仕事いいからたまには座りなさいっ。一緒に食べてください。ロザリーお嬢様。あ 騎士様はお肉食べますよね?」

「あ はい。ありがとう」

 とサリーがパンとスープを持ってきた。

 ロザリーヌの分は生地の水分調整を誤ったロザリーヌ特製おかしなパンであった。



「ロザリーヌ様 今日こそはこれを受け取って」

 ダミアンは来る度に硬貨を巾着袋に詰めたものを差し出す。

 それは彼の個人的なお金である。


「だめです。それはあなたの大切なお金です」

「……はあ、やっぱり頑固だな」


 二人は笑い合う。だがサリーが微笑ましくこちらを見るので、恥ずかしそうにロザリーヌは下を向く。


「どうしました?私が来たら迷惑ですか……。」

「いえっとんでもない。嬉しいです。」


 嬉しいという言葉に、嬉しくなるダミアンは目を柔らかく細めじっとロザリーヌを見つめる。



 ダミアンはこっそり店の店主に自分の食事代の数倍の銅貨を置いて帰る。ロザリーヌが世話になっている分として、何度も麦を無駄にしているのも知っていたからだ。


 ロザリーヌに小さく手を振り名残惜しそうに店をあとにするのだった。




 ◇◇◇



 さらに二週間後。


「ロザリー!今日王宮から視察が来るって」

 と赤毛のマルチーヌ男爵令嬢がやって来た。


「え、誰が?お姉さま来る?メリは来る?」

「さあ、アンリー王子がまた商人や貴族のおじさま達と話しに来るのかなあ。」



 昼になっても視察団は来ず、代わりにシャンティ家の古びた屋敷前に人だかりができていた。


 荷車に積み込まれた荷物を次々に屋敷へ運び込む者達に、執事のロズベルトは腰を抜かしている。

 ベッドや食器、ドレッサー、キッチン用品までが荷車数台で運ばれたのだ。


 屋敷の前でアンリー第二王子が仁王立ちしている。


「ロザリー!ロザリー!」

 ロザリーヌを見つけて走り寄るアンリー。有無を言わさずロザリーヌを抱きしめ回転する。


「お兄様……あ、アンリー殿下」


「なに?!殿下?よそよそしい。アンリーとお呼び!」

「いえ、さすがに呼び捨ては……」


「元気だった?パン職人になったって?聞いたことないよ。パンこねる元王女なんてさ」

 と笑い飛ばすアンリーは巾着に入った硬貨と、レターを差し出した。


「これは……というか、あれは?!」

「ん?あれは使えそうな家具や食器を宮殿から拝借した。で、そのお金は国からの元王女としてもらうべき分、レターは兄上から」


 国からの云々などとは嘘で、アンリーのお金である。

 国からもらうほどの額ではないのであった。


「あ ありがとうございます。アンリー様」


 物凄い勢いで運び込まれる荷物も素直に受け取ったのだった。



「さっレター見てごらん」

「あ、はい」


 そこには、社交界の招待状があったのだ。


「社交界?!私は行けません。」


「実は、ここだけの話父上が持病を悪化させてね。寝込んでいるんだ。

 父上がリリアとの正式な挙式日時の発表をしろと兄上を急かした。ロザリーにも来てほしいんだ。大丈夫。王は出て来られないから。」


「でも、追放された王女は行くべきでは……」


「来なかったら兄上が直々に迎えに来る騒ぎになるかもよ」

「え」

「当日はダミアンかメリアに来させるよ。」


 得意気にアンリーは去っていった。


(お父様が病気なのになんであんなに楽しそうなの……。)


 さらにロザリーヌはそのレターのドレスコードに唖然とする。


『ドレスコード 赤いドレス』


(……これって私だけのドレスコードよね。来客みんな赤だったら怖すぎる。お兄様が あ フィリップ様がくれたあのドレス……置いてきた……宮殿に)


「ロザリーヌ様、このドレスはどちらに置きましょうか。ドレスルームにはご自分でお願いします。」

 と執事のロズベルトが手に持つのはまさに、あの赤いドレスであった。


「あああ 今行きます」

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