審判の時

 ロザリーヌの牢


「ああ……何故に父上はリリアの事になると……。はあ……理不尽すぎる。ロザリー、私はどうしたら……」


 涙を浮かべるフィリップ王太子に、ロザリーヌは静かに落ち着いたトーンで語りかける。


「大丈夫です。リリアが口にしたのはスズランだとか。

 知っていますか、スズランの花……白く愛らしく俯いて咲くのです。

 花言葉は『再び幸せが訪れる』……お兄様、リリアを大事にしてください。」


(――私はこの世界に来て人の優しさに触れた……今まで触れたことがないような優しさに。だから誰も責めない……特にリリアは……)


「…………」

 フィリップは何か言わんとするようなブルーの瞳を涙で揺らしじっとロザリーヌを見つめた。




 その後、ダミアンがやって来た。


「ロザリーヌ様……」

「ダミアン」

「お辛いでしょう……寒くないですか、水は…ありますか?どこか痛いとか、苦しいとか、体は……」


 真っ直ぐにロザリーヌを見て話すダミアンに、堪えていた不安や悲しみが口から飛び出てしまいそうなロザリーヌだった。


「胸が……やっぱり 少し 苦しいです」


 涙を浮かべたロザリーヌの手を格子越しに掴むダミアン。


「ダミアン騎士……私 首をはねられたりしますか?」

「そんなまさか、それは無いでしょう。そんな事は……。――だとしたら私はこの国の王に刃を向けます。」


 と入口あたりで看守が咳払いをする。


 少し微笑みを取り戻したロザリーヌは小さな声で続けた。


「また散歩がしたい……庭を歩きたいです。花を眺めたい……。」


「あなたの為なら、世界中どんな花でも見にお連れします。眺めましょう。気のすむまで、何度でも……いつまでも」


 また看守が咳払いをした。


「……はい」


 目に小さな希望を取り戻したかのように瞳を輝かせたロザリーヌが返事をした。



(あなたが微かにでも笑うと嬉しい……あなたが泣くと生きている心地がしない。

 いつからか、あなたの涙ひとつ、あなたの震える肩、その目の動きひとつにこの胸はかき乱される。

 あなたが悲しいと俺も悲しい。ロザリーヌ様、守ってみせます)


 しばらく無言でロザリーヌを見つめたダミアンの頭の中は口にはできない儚い言葉で埋め尽くされていた。




 ◇◇◇


 ロザリーヌの審判が王から下される日。


 フィリップが王に懇願し、ロザリーヌは自室でキャシーに身支度をされる。


「ロザリーヌ様……これが最後の私が出来るお身支度です。」しくしくと涙を流すキャシー。

 キャシーは雑用や掃除係に降格となっていた。


(キャシー……私がこの世界に突然とんだ日、初めて会ったのはキャシー、初めての友……初めて私を心から気遣ってくれた人)


「ありがとう。キャシー、全部 ありがとう」

「ロザリーヌ様、フィリップ様が私達にこの時間を下さいました。あの方が王なら……」


「仕方ないわ。直にわかります。どうなるか……。心配しないで、キャシー。命さえあれば何とかなります」


 この世界で、ロザリーヌは随分と逞しくなった。語り口調は王女の風格まで現れているのではなかろうか。

 ただ、髪を耳にかける仕草は少女のようである。

 いつもの薄化粧に、髪は下ろしたまま小さなエメラルドのピンを耳の近くにさしたのだった。


「ロザリーヌ様 お召し物はどういたしましょうか」

「なるべく控えめがいいでしょうね。」

「では」


 キャシーの手には上品なクロッシェレースの襟が美しい深緑のワンピースドレス。


「これは、私のお気に入りの服なのです。大事な時にと置いていたもの。是非ロザリーヌ様に。緑はロザリーヌ様に一番似合います。」


「そんな、キャシーの大事な日に着て」


「今日が私の大事な日です。」

「キャシー ……」




 集まった王族、貴族、騎士団の前に。


 身なりを整えたロザリーヌが立つ。


 審判官が読み上げる。


「――ロザリーヌ ヴァロン王女 この度の騒動とこれまでの言動を加味し、王族称号を剥奪する。

ロザリーヌ シャンティは 亡きロレーヌ王妃の生家シャンティ侯爵家へ戻ることを命ずる」


 ロザリーヌはホッとしたように表情を緩めた。


(罪人では無く、王女でも無くなった。これからは気を使わずに暮らせるなら私はそれで充分幸せ。むしろそのほうが幸せ……理不尽なんだろうけど、ありがとう……ヴァロリアの王。けれど義理の娘だったとはいえあっさり捨てられるなんてちょっと怖い……。しばらく静かに暮らそう)


 リリアは申し訳なさからか、哀れなものを見るかのように曇った表情でロザリーヌを見送る。


 フィリップはいつもの勢いは無く項垂れていた。 




 ◇◇◇


 王都のシャンティ家の屋敷に着いたロザリーヌは唖然とする。


 古びた屋敷は辛うじて手入れされてはいるが、あまりにも殺風景な内装であった。

 白髪の老人が一人ぽつんとダイニングで腰かけている。


「あの お邪魔いたしますっ」

「は これはロレーヌ様 早いご到着で」

「え?私はロザリーヌです。ロレーヌの娘の……」

「…………」


(もしかして……認知症?!私、ここで今度は介護するの?というより誰だろう……母のロレーヌと間違えるということは)


「あっ!!!」

「えっ!!!」


「申し遅れました。執事のロズベルトでございます。ロザリーヌ様ですね。今日王宮から追放されて戻られたロザリーヌ様」


(追放……まあそうですね。良かった認知症ではなさそう)


「はい。宜しくお願いします」

「以前と雰囲気が変わり、まるでロレーヌ様のようでしたので……失礼いたしました。ところで私が分かりませんか?」


(ああ、そうか知らないのはおかしいのね。でもどうしよう。ロザリーヌの生い立ちや実家なんて全く知らない。情報皆無……。)


「ああ、最近物忘れが多くてですね……」

「……さようでございますか」


 ロザリーヌが結果的に認知症の疑いとなった。


「実は、ロザリーヌ様の従兄妹、御親戚がですね、もう必要ないだろうと家具から宝飾物、食器に至るまで引き取っていかれまして……残ったのはこのくらいです。」


 とダイニングテーブルをゆっくりと遠い昔を懐かしむようにシワと血管が浮き出た手で撫でるのだった。


「…………」


 さらに、ハイエナのような親族達はロレーヌ王妃やシャンティ家の財産を既に山分けしていた。


 ロザリーヌに残されたのは、古びた屋敷と古びた執事だけであった。


(これは……私が教会学校に世話になってしまいそう。どうしよう……働き口?誰が元王女を雇う?はあ……。)



 結局ロザリーヌは、教会学校の準備をしながら街の人や神父に食事を分けてもらう。

 教会学校に昼食を出すと名乗り出たレストランで、ロザリーヌは厨房に立ち料理の手伝いを始めるのだった。

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