ゲリアンの森で誘拐事件

 出発の朝、派手すぎるドレスに悩むロザリーヌはキャシーの私服を借りた。ネイビーのボタンワンピースをすとんときている。


「ロザリーヌ様 本当にそのような格好で……」

「やはりまずいかしら……でもほら、スカラ族だとか怖い森とかから身を守るにはいいかも ね?」

「そ そうでございますね。そのように説明いたします」


 馬車は二台用意されていた。一台はガエル王太子、もう一台はヴァロリア王国のもの。

 しかし護衛の兵も馬車を引くのもパルルからの者。二十名近くはいるものの、大半が一台目のガエルが乗る馬車に偏って馬に乗り囲んでいる。



 ロザリーヌと共に二台目に乗るキャシーは落ち着かない様子で語る。


「ほ 本当に大丈夫でしょうか。万が一の時はこの私が王女になりますから」

「そんなっそんなことは、させられないわ。そういえば、私に専属の騎士や護衛は居ないの?」

「ロザリーヌ様……お忘れですか。これまでたしか九名クビにされまして……」

「あ」


 ロザリーヌは小さな小窓から外の様子を見ていた。王都とは逆方向で大したものは見えない。途中に小さな馬の絵を掲げた、馬を貸すメンテナンス店がある。


「キャシー、……キャシーは王宮に従えて幸せ?」

「ええ もちろんです。どうなさいました?」

「いえ、その……私が随分と態度が悪かったのではと……」

「そんな、私が至らなかったからでございます」


 と俯き頬を赤らめたキャシーはなんだか嬉しそうである。今のロザリーヌになら誠心誠意従える気持ちでいっぱいだった。


「あ、このあたりからがゲリアンの森です。カーテンをお閉めします」

 とキャシーはシャッシャッと早業で赤の派手なカーテンを閉めた。


 揺れる馬車の中緊張が高まる。キャシーの強張る顔を見ると自ずと不安になるロザリーヌであった。


 しばらくすると、馬車が止まった。

 と同時に目の前に座るキャシーが口を抑え目を丸くする。

 あたふたしだしたロザリーヌも、カーテンの隙間から外の様子を伺う。


 ガエルの馬車はぼろ切れを纏ったような集団に囲まれていた。


「はっ」

 ロザリーヌの驚いた様子にキャシーも同じ場所から覗き込む。

「あ」

「……ロザリーヌ様、あなたはキャサリン ウッド 王都の木こりの娘です。わかりましたか。」

「キャシー……」


 外が騒がしくなる。ガエルの馬車の周りで剣を振りかざし護衛の兵たちと盗賊らしき者たちが戦い出したようだ。


 震えながら抱き合うロザリーヌとキャシー。


 馬車の戸が開けられ入ってきた身なりの綺麗な男にあっという間にロザリーヌは連れ去られた。

 ロイスが雇った男、ロザリーヌの自作自演誘拐と見せかける為である。

 名を名乗る間も無く馬に乗せられ走る、ロザリーヌは飛び降りるにも降りられない高さと速さに躊躇するも、じっとしていれば何処へ連れて行かれどうなるか分からない。



(……やるしかないのよ やるしかないのよ そう 一か八か……自分の身は自分で。今までだってそうじゃない……私には守ってくれる人なんて居なかった……失敗したら うぅぅん 成功したら走る とにかく走ろう 私には今心配してくれる人がいる きっと……キャシーは馬車で泣いてる)


 奥歯をグッと食いしばったロザリーヌは、勢いよく自分の後ろで馬を走らすその男の顎に下から頭突きをかましたのだ。


「いってぇーっ」


 馬が前足を上げヒヒィーンと止まりかけたその時ロザリーヌは落ち転げた先で立ち上がり、柔らかな土に足を取られながらも必死に走る。

「痛いっ」


 無我夢中で走っているとまた馬が迫ってきた。

 それでも振り返らずに走るロザリーヌ、すると後から掴まれあっという間にまた馬に乗せられた。


「ロザリーヌ様 大丈夫ですか」

「え?」


 その声はダミアンであった。

 振り返ることは出来ないが、今回は本当に助けてくれ、本心から大丈夫か聞いているのが分かったロザリーヌは

「ありがとう……ありがとうございます」

 と涙混じりに言った。


 無言でしばらく走る間ロザリーヌは考える。


(またヴァロリアに帰るのかな……まさかこのまま私を連れて遠くに行って共に生きようっ!とか。無いよね。逃げる理由なんてないもの。共に生きる理由も無いわよね……)


 小説の印象が強い憧れの騎士様に少々妄想してしまっただけである。



 馬の速度を落としたダミアンが静かに語る。


「ロザリーヌ様 王宮にはあなたを陥れようとする者がおります。このパルル行きも先程の誘拐も……。

 今は大人しくパルルへ向かうのが最善です。王宮ではまたいつ、狙われるか……耐えられますか?パルルで。」


「……誰が……あ 分かりました……大丈夫です」


 なんにも分かってはいないであろう。


「ご無事で」


 と小さく言った唇はロザリーヌのすぐ耳の横で動いた。

 それは棘が抜け落ちたような優しい響きだった。

 そして、馬車の前にロザリーヌを降ろす。


「ロザリーヌ様!!!!あああぁロザリーヌさまあ」とキャシーが叫ぶ、それを遮るようにガエルが前に立った。


「何ということだ、あああ良かった。無事で……君はヴァロリアの騎士?」


「はい。王宮騎士団 ダミアン アンドレです。出過ぎた真似をお許し下さい。念の為護衛でついておりました。」


「いや助かったよ。さっロザリー、パルルまではこっちの馬車へ乗りなさい」

「……はい」


 ロザリーヌは、小窓から馬にまたがり動かず見送るダミアンをじっと見ていた。

 長めの束ねられた美しい栗色の髪は風に揺れ、ダークエメラルドの瞳は遠くからも輝いている。


 ふと自分の足に目をやると血が出ていた。結局キャシーも一台目に手当しながら同乗する。キャシーは涙でボロボロ、ロザリーヌは土と木や葉のくずで薄汚れている。




 ◇◇◇


 宮殿に戻ったダミアンは、何事もなかったかのように騎士団の宿舎へ行った。

 大きな木のデスクで書類のサインをしていたマシュー団長が静かに言う。


「目的は果たしたか お前の信念は守ったか」

「はい 感謝いたします」

「なに 私は何もしていない」


 マシュー団長は、ダミアンにゲリアンの森の視察をわざわざこの日時に合わせて命令したのだった。

 よって自由に宮殿から馬に乗り出られたのだった。

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