少し不安を感じる最後の晩餐?
夜、自室で布団に潜りリリアは嬉しさを噛みしめる。
(これであのロザリーヌは私の視界から消える。散々嫌がらせをしてきた癖に急に女神みたいな笑顔振りまいて……健気で、か弱くて?嘘よ。
今更変えようたってもう遅いわ。それに、この国の女神は私ひとりでいいのよ。男ってどうして単純なの。目に見えるものしか信じないのかしら)
オリジナルのロザリーヌはフィリップにへばりついては毎度二人の邪魔をし、リリアの口にするものには虫を混入させたり、ある時はリリアの乗る馬車の馬に無理矢理酒を飲ませた。
自分の母の形見であった宝石箱をリリアがわざと割ったと大騒ぎしてみたり。リリアの新しいオートクチュールのドレスと全く同じものを作り社交界に出席したり。
リリアのドレスにワインをこぼしたり。パトリシア令嬢達と大げさに嫌味を言ったり。
ただ、全てが子供じみていて、すぐに見抜けるものであった。
が、リリアからすれば可愛くはない。
ロイスが加担するとより危険度を増すのは安易に予想がつく。
リリアは、わずかこの一週間程余りでロザリーヌを見る目が変わるフィリップ王太子やアンリー王子に不安と苛立ちを感じていた。
いわゆる嫉妬である。リリアからすれば意地汚い王女ロザリーヌで居てくれれば全ては上手く行くはずであったのに、何故か改心したような彼女が邪魔になると確信していた矢先、ちょうどロイスがロザリーヌの為に自分を突き落とそうとヘマをし、ガエル王太子が居たこともあり急いでことを進めたのだ。
◇◇◇
その翌朝
「ロザリーヌ様!ロザリーヌ様!」
「はい どうぞ」
「ハアハアハア……処罰はないそうですよ」
と急いでキャシーが知らせに来た。
(きっとリリアが全て事故だったと言ってくれたのかな。誰も罪に問われないなら良かったけど……まさかロイスがリリアを脅してるとか?!)
「で、ですね。ガエル様が立たれる時に、パルルへ一緒に行くようです」
「誰が行くの?」
「ロザリーヌ様ですよっ。フィリップ様が少し息抜きでもしてはと」
「まあ」
と目を輝かせるロザリーヌだった。
「キャシーも一緒に?」
「はいっもちろんです」
「いつ出発?」
「明日です」
「では、荷造りしないと。何日くらいかしら」
「こちらで準備いたしますのでロザリーヌ様はごゆっくり。何か温かい飲み物をお持ちしますね。」
コンコンコン
「キャシー?どうぞ」
第二王子アンリーがティーカップをトレイに乗せて運んできた。
「あ、お お兄様 そんなこと」
と、にこやかなアンリーはロザリーヌのベッドに腰掛けその紅茶を唆る。
「アールグレイか」
「…………」
持ってきてくれたのでは無かったのだろうか。
「ロザリーヌ様 失礼します」
ポットとティーカップ、ガレットのような焼き菓子をワゴンに乗せキャシーが急いでやって来た。
「ありがとう 自分で淹れるわ」
「ロザリー、パルルへ行くんだって?」
「ええ」
嬉しそうなロザリーヌを見てアンリーは透き通るようなブルーの瞳で覗き込み、呆れたように言う。
「大丈夫か、頭は」
「はい。ただの擦り傷だったようです」
「違うよ。頭の中身の話だよ」
「…………」
「まあ いい。充分気をつけて。あのパルルの王太子はちょっと変わってるからね」
言われなくとも充分にガエル王太子が変なことは分かる。
だが今頭の中お花畑で変わっているのはロザリーヌ本人である。この調子では危険と隣り合わせの旅となりそうだ。
「あ、ありがとうございました。あの階段から運んでもらって」
「なんでロザリー、急に良い子になったの?」
「そ そんなに悪かったのですか」
「え?やっぱり頭打ったんじゃない?いや打つ前からか……。
ゲリアンの森を抜けるはずだから危険だよ。護衛はパルルからだけだから、大丈夫かな……」
何やら考え事をしながらアンリーは去っていく。
「あっ」
とまた戻ってきたアンリーは焼き菓子をひとつ摘み
「これちょうだい」と持っていったのだった。
(そんな危険な森ってなんだろう。化け物が出るの?ガエル王太子も変わってるけど、アンリー王子もけっこう負けてない……)
「キャシー、いる?」
「はいっロザリーヌ様」
「ゲリアンの森に行ったことは?」
「まさか、ございません。王都から出たことはございません」
「そう……」
「スカラ族という、盗賊が住みついて物騒だからと皆寄り付かないのです。南へ抜けるには通るしかありませんが。」
「スカラ……綺麗な響きなのにね」
その頃、ダミアンが騎士団長に話をしていた。
王宮騎士団のマシュー団長は大柄で実力で上がってきた騎士である。
「パルルまで護衛?」
「王宮からは本当にゼロですか?」
「同行せよとは命令がないな」
「はあ……」
「どうした。何か心配事か。お前はリリア様付の護衛だろうに。」
「いえ。何でもありません。失礼いたしました」
その晩は揃って宮殿の食卓を囲む。
リリアにとってはロザリーヌとの最後の晩餐。王もフィリップ王太子も嫁に出す覚悟での晩餐。
よってみな言葉数が自ずと減る。
ロザリーヌは目の前に切り分けられた肉を口に運び、耐えられずに口の中の異物をどうしようかとばかり考えていた。
(まっず まっずっ。臭い……なんの肉……牛じゃない、豚じゃない 羊?違う……)
「ロザリー お肉は苦手かな?パルルは魚や貝が豊富だ。ぐふっ 好きかな?」
「ぐ ごくんっ」
無理矢理肉を飲み込んだロザリーヌは返事をする
「っはい。海のものは好きです。魚も貝も」
「はははロザリー、食べたことあるのって干した魚くらいだろう。臭いと騒いでたし」
とアンリー王子が笑った。海から王都まで運ぶには時間がかかる為鮮魚はほとんど出回っていない。
「あ」
(ガエル王太子とアンリー王子以外だれも話しかけて来ない……謝ったほうがいいかな……でも下手に謝れば……おかしいかな)
「体調は大丈夫か」
初めてに近く王が自分に語りかけその貫禄に圧倒されるロザリーヌ。
だがそれを見たフィリップ王太子は、自分の悪事がバレまいかと心配するロザリーヌだと思い込む。
「は はい。大丈夫です。お父様。すっかり。あの、お騒がせしてごめんなさい」
と謝ったロザリーを微かにリリアは鼻で笑った。
「ガエル王太子がご厚意で招待してくださったんだ。失礼の無いようにな。」
「はい」
ぎこちない晩餐はさっさと終わったのだった。
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