知らぬ間に縁談・誘拐計画が進んでいるらしい

「大丈夫なようです。少しの間吐き気がないか見ていてください。では」

「ありがとうございます」

 キャシーが医師を見送る。


(そうかあ CTとかMRIなんて無いよね……あ、私 どうして落ちたんだっけ……酔っ払い……え リリア……え??)


 額に水で絞った布を乗せられ、じっとしながら事の真相を整理しようと頭をくるくるめぐらせているロザリーヌはベッド脇に居るアンリー第二王子の存在に気づいていない。


「ロザリー」

「わっ」

「頭は大丈夫?」

「あ はい。」

「少し寝て。明日の朝会議とやらを開くらしいから」

「会議?」

「今回のロザリー転落事件について、だってさ」

「…………」

(まさか 誰か見てたかな……。リリアが罪に問われるんじゃ……元はといえば押したのはロイス……ロイスが犯人ね。あ でももしかしたら私が黒幕でリリアは正当防衛……え どうしよう)


「なんで落ちたの?」

「あ それは……リリアが落ちそうになって、手を出したら自分が……」

「ふうん まあいいや 目撃者がいるかも知れないしね」

「…………」


 ロザリーヌはまさか、処刑になっておしまいかと、ハラハラしていた。この一週間余り、人が変わったように振る舞ったとは言え疑われるのは避けられそうにない。



 その頃フィリップ王太子とリリアは紅茶を手に向かい合っていた。



「少し落ち着いたか……リリア」

「ええ……驚きました」

「明日朝の会議で厳しい処罰を……」

「いえ、私に考えがあるの 申しても?」

「ああ もちろんだよ」

「……もうロザリーヌの近くにいるのが怖いの」

「……ああ」

「だから処罰よりも、どこかに嫁いで頂くなんて無理かしら。また処罰されたら仕返しされるかも……もう怖くて」


 しばらく考えた後、フィリップはリリアの手を包み言った。


「……分かった。父上に話すよ」

「ありがとう 私が口出すような事じゃないのに。ごめんなさい」

「いや、君は直に王太子妃、ゆくゆくはこの国の王妃になる人だ。大切にするよ」


 とそっと頬に手を添えリリアを優しく見つめるのだった。リリアもほっとしたようにその手に手を重ねた。





 ◇◇◇


 翌朝 


「フィリップ王太子殿下がお見えです」

「通せ」

「はい 陛下」


「父上、あ」

 そこには、ガエル王太子が居たのである。落ち着いた様子で笑顔を向けている。


「ああ、ロザリーをそろそろ宮殿から出したほうが良いと皆が言うし、ちょうどガエル王太子といい話が決まりそうでね。」

「いい話?」

「うちのパルルの一部の漁業権と城一つをこちらのヴァロリア王国に寄贈します」

「これで、我が国も南で商業も確立できる。人の往来も増えればゲリアンの森を開拓する人員も確保できるだろう」


 王は以前から南の領地を欲していた。

 海産物が豊富で、パルルの真珠も魅力的。力づくで奪うよりロザリーヌとの縁談がまとまれば平和的に得られる。願ってもいない話であった。


 ゲリアンの森はヴァロリア王国から南下する際に通過する険しい森。犯罪や人さらいが耐えず、南と行き来する者を遠ざけていた。伐採し道を作り開拓したいヴァロリア王国にとって、人手と資金を南からも援助してくれるとは嬉しい話である。


 全ては、リリアからガエル王太子に耳打ちされた案であった。これを提案すればロザリーヌを連れていけますよと。


「まずは、一度パルルへロザリーを連れていきます。美しい海を見たらきっと私のプロポーズを受けてくれるでしょう」

「そうだな。ロザリーはヴァロリアを離れたがらない。まずは旅行気分で行かせるのが良い」


「…………」

 フィリップ王太子だけは微妙な表情であった。

 完全なる政略結婚、ましてや本人には旅行としか知らされないという。


 ロザリーはなき妻の連れ子、しかも性悪でリリアを虐める王女。王からすれば我が子と我が子の妃となる者の方が大事であった。

 なんの躊躇もなくガエル王太子の打診に応えたのだ。



 その日、リリアは実家へ用事があると騎士ダミアンを連れ外出する。

 馬車の中、無言のダミアンに語りかける。


「昨日の……あれは事故です」

「そうですか」

「どういう意味?」

「いえ。私は何も見ていないので分かりません」

「そう」

「ダミアン、これからもずっと私を守ってくれますか」


 ダミアンは静かにいつもより冷めた眼差しで言う。

「はい リリア様」


 リリアの実家で、ダミアンは外で待つよう言い渡される。


 リリアが呼んでいたのはロイスであった。

 不審に思うダミアンは、こっそりと話を聞くため裏から柵を飛び越え侵入する。


「手短に話します」

「なんだよ」

「昨日の件、貴方の名前を出せば処刑はなくともおそらく北の領地へでもとばされるでしょう。ロイス様、寒いのは苦手でしたかしら?」

 と余裕の笑みを浮かべるリリア。

 北の領地というのは、人が生き抜くには厳しいほどの寒さ、誰も行きたがらず今はそこに暮らす北の民族に任されていた。


「何が望みだ」

「ロザリーヌは、パルルへ向かいます。嫁がされるのですよ。その時あの森を抜ける。ゲリアンの森です。そこでスカラ族が馬車を襲うでしょう。そのすきにロザリーヌを連れ去ってはどうかしら」

 スカラ族とはゲリアンの森で生きる民族。荒くれ者の集まりで都から逃げたものや犯罪者の集まりだった。


「そんな……ロザリーは知らないのか」

「最近の彼女は変よ。あなたが私を消したところで喜びそうにもないですわ。ロザリーヌを愛しているのでしょう?ならば奪いさればよろしいのでは?」


「…………」


「失敗すればあなたを北に飛ばすのみ。その前に愛しの彼女と何処か遠くへ逃げてください。これは助け舟ですよ」

「…………」

「パルルへ嫁ぐのを察して逃げたことにしますわ。ご心配なく」


 話を聞いていたダミアンは眉間にしわを寄せた。

 そこに立つのは慕ってきたリリアの姿ではないとでも落胆した様子で、馬車の前へ急いで戻る。

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