社交界で転落事件
騎士ダミアンは、ロイスの前で震えているロザリーヌに目を一瞬見開くも、何も言わず軽く会釈しまた中へ入った。
(ちょっと待って……冷たすぎっダミアン。これ、好きでやってるんじゃないのに……)
ダミアンを追うように中へ戻ろうとするロザリーヌの手首を強く握るロイス、しかし浅かったとはいえ傷の上を力強く掴まれた彼女は「痛いっ」と声を荒げる。
中から手をのばすようにダミアンがロザリーヌを引っ張った。
「大丈夫ですか。皆様お待ちです」と連れて行く。
その表情は無表情でロザリーヌには全く読み取れない。少なからず呼びに来ただけとは言え助けてくれたんだと考えた彼女は
「ありがとう ダミアン」と小さく言った。
ダミアンが初めて聞いたロザリーヌの自分に対する感謝の言葉であった。いやもしかすると、ロザリーヌのありがとうなんて、誰も聞いたことがないかもしれない。
よって多少の動揺は彼にもあるのか後ろで結んだマロンブラウンの髪と頭皮の隙間を掻くような仕草を見せた。
ダンスのエスコートをする紳士たちに令嬢達もここ一番の顔を作って期待を胸に待ちわびる。
すると、ロザリーヌの前にあの王子が立った。
南の隣国パルル王太子 ガエルである。
苦笑いとも呼べる微かな笑顔で手を取られ前へ出て踊る。力加減が下手くそなのかロザリーヌは振り回される人形のように舞い、くすくすと笑い声がちらほら。
「フィリップ王子ではなくて、残念かな」とその大きな顔でむっちりとした唇が動いた。
「そんな....兄と踊っても仕方ありませんわ」それを聞いた途端にガエルの顔はパアと華やいだ。
「今度遊びにいらしてはいかがかな。パルルは南だから海は綺麗、真珠もとれる。ロザリーの為に真珠の首飾りを作ろう」
と急に火がついたようにお喋りになるガエル。
彼は容姿からか未だに王太子であるにも関わらず妃が決まらずにいる。
「さて、一杯付き合っていただけるかな」
とワインを手にガエルは上機嫌。
(大丈夫よね。だ、大丈夫かな。私お酒……)
転移前、西園寺家ではお酒を禁止されていたのだ。酒に酔うと日頃のストレスが爆発し度々暴言を吐いたためである。
(まっ一杯なら大丈夫よね)
ロザリーヌはワインを嗜みながら、ガエルのパルルの話に相槌を打つ。
まさに南国のリゾートを想像し興味をもつロザリーヌ、それに一度王都やその周り、庶民の様子など見たいものが沢山ある。この世界で骨を埋めるなら諦めていた人生を変えられるなら、何でも見てみようと意気揚々とするロザリーヌ。それは吉と出るか凶と出るかは分からない。
人生は賭けである。
(それにしても、このワイン、濃い?!アルコール度数どのくらい?ガエルがガマガエルにしか見えない。う 気持ち悪い……う うるさい うるせえ)
「ちょっと、カエルさん 黙って……話 長いです」
「お?カ カエル?!」
「少しお借りしても?」とロザリーヌの手を引いたのはリリアであった。
(ああ しっかりしないと。初めての社交界なのに、私さっきなんか言った……ね)
社交界の間から出て振り向いたリリアは心配げな顔を向ける。
「先程ロイス様に何かされたのかしら。大丈夫?」
騎士ダミアンから報告を受けたリリアが自分を心配してくれたと嬉しくなったロザリーヌは、既にほろ酔いの頬をさらに赤らめ
「大丈夫で」と言いかけたその時
リリアの背後から一直線に向かってくるロイスが見えた。
自分をめがけて来ると思いきやロイスは、リリアを押したのだ。
二人が話していたのは螺旋階段に降りる手前の踊り場、よってリリアはバランスを崩した。
とっさに、彼女を押し戻し代わりに階段から転げ落ちたのはロザリーヌであった。
「キャーッ」
リリアの悲鳴に駆け寄る人々。
幸い次の踊り場スペースの手前で受け止められたロザリーヌは無事なようだが額から血が流れている。
彼女を受け止めお姫様抱っこで階段を上るのは第二王子アンリーであった。
社交界も舞踏会も興味はなくフラフラしていた所をたまたま居合わせただけであった。
「わあ 血でてんじゃない これ」とあっけらかんと呟いたアンリーは冷静に階段を上がり終え、そのままロザリーヌの部屋へ向かう。
慌てたキャシーが寄り添いながら消えていった。
ロイスは直ぐに姿を消していた。
走り寄ってきたフィリップ王太子に抱きしめられたリリアが涙を流しながら言う。
「ロザリーヌに……ロザリーヌに……」
「まさか、落とされそうになったのか」
こくりと力無く頷いたリリアは「ごめんなさい」と呟いた。
リリアは間違いなくロイスが去るのを見ていた。
ロザリーヌの指示だと勘違いしたのか。いや、あの瞬間落ちるまでも行かなかったはずのロザリーヌを押し離したリリアの手を、しっかりとあのクールな目は見ていた。
抱き合うリリアとフィリップを見る騎士ダミアンの目だ。
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