初めての社交界で焚きつけられ睨まれてガエルに会って

 一週間の掃除の罰を終え、特に悪事を働く事もなく化粧から身なり、仕草まで全てが清楚になったロザリーヌにフィリップ王太子は困惑していた。


 今日は王宮主催の社交界も控えている。リリアがせっかくですから彼女も出席したいでしょうといった一言にロザリーヌを欠席させようと言う考えも薄れていた。


「ロザリーヌ様 フィリップ様がお見えです」

「あ はい。どうぞ」


 ロザリーヌはまたひっぱたかれるかと、ヒヤヒヤしながら出迎えた。

 何故かまだメイド服を着ている彼女をみてフィリップは頬が緩む。


「もうその服は脱ぐと良い。だが今後の様子はしっかり監視するからな。」

「……はい」


 まるでメイドのように俯く彼女に少し声を明るくし語りかける。


「それと、今夜の社交界は出席するように」

「え、あ 分かりました。お兄様」


 フィリップが部屋を去るとともにキャシーが内側に入ったままドアを閉じた。


「良かったですね。ロザリーヌ様 社交界には何を着ていかれますか?」

「……あ」


 ドレスルームにはあの奇抜な派手ドレスの数々。この薄化粧にあれを着れば発表会に出る子供のようである。かといって派手な化粧をする気はしない。


 もう一度ドレスをゆっくりと見渡すことにした。


 これもだめあれもだめ、一枚ずつ手を付けながら奥まで進むと一着薄いペールピンクのドレスを見つけた。装飾も上品なレース。


「これは……」と手に取ったロザリーヌにキャシーが感極まった様子で話す。


「それは、亡きお母様のドレスです。ロザリーヌ様に似合うだろうと唯一残っていたドレスですが、まだ一度もお召しには……」


「これを今晩着てもおかしくないかしら」


「はい。もちろん。宝石をその分足しましょう」


 上品なドレスに少々度が過ぎたパールのチョーカーで華やかさが足され髪はハーフアップの緩く巻く程度にした。


 小説であれば今頃リリアは腹痛に苦しみ欠席を余儀なくされる。しかしロイスの毒を突き返した為リリアも問題なく宮殿の客間で来賓の出迎えに立っていた。


 そこへ現れたロザリーヌに息を呑んだのはフィリップ王太子をはじめ第二王子アンリーであった。

 アンリーは十八歳 フィリップ同様ブロンドの髪ブルーの瞳、若さからか華奢な頼りなさが残るが美男子である。


 ただ一人王宮騎士団のダミアン アンドレだけは冷めた目でそれを見ていた。


 彼はリリアを護衛し、リリアを守り抜き思いを募らせる役である。もちろん転移する前はリリアとセットで憧れの騎士様であった。が、今は状況が状況。

 彼はそのダークエメラルドの瞳で鋭い目つきかつ、クールな口調でロザリーヌに囁いた。


「今日はずいぶんと、お綺麗ですね。ずっと見てますから」

 それは褒め言葉ではなく、脅しと取れる言い方であった。


「……あ はい」


 何もする気はないのに後ろめたさのようなものを感じロザリーヌは身を縮めて数歩後ろへ下がる。

 美しい彼の自分を毛嫌いした言い草が胸に突き刺さる。なんとか、名誉挽回しダミアンに好かれたいと思うのだった。



「ロザリー 紹介します さあこちらへ」

 リリアが微笑みかけるので、ダミアンの視線を気にしながらも彼女の側につくロザリーヌ。

 目の前には銀髪にエメラルドの瞳だが残念な体型、つまりボテッとした少し歳は上かと思われる男性 ガエル ナムール 二十八歳 南の隣国パルルの王太子だ。


「初めまして ロザリーヌ王女 陛下から貴女の噂はよ〜く聞いています。ひやはや こおんなに美しいとは」


 舌足らずな何とも不快いや、見ようによってはブサカワな彼にも礼儀正しく挨拶をするロザリーヌ。


「と、とんでもございません。ガエル様 お会い出来て光栄です。」

 しかし内心は、カエル様と呼んでしまいそうな自分に笑わぬよう鞭を打っていた。


 ふとロザリーヌは混乱する。

(ガエルなんて名前は聞いたことがない。一行位でチラッと出てきたかな……これから出る?)

 自身が改心した地点で全て原作からどんどん離れていっているような気がするのも否めなかった。


 さらに怒涛の如く次から次へ人が絡んでくる。

 横文字の名前のオンパレードに頭は爆発寸前であった。


(もう……エルとかンとかットで終わる人だらけ、はあ)

 太郎 次郎 三郎なら分かりやすいであろう。


 ぶつくさ言いながら飲み物や軽食が並ぶテーブルに近づく。


 あっという間にワイン片手に集まる令嬢に囲まれていた。


 ジャネット侯爵令嬢はエンドレスにあの人どこどこの何何で、と得意げにクルクルの茶色い巻き髪を揺らしすきっ歯を見え隠れさせながら話す。


 それを頷きながら鋭い目で周りを見渡すパトリシア侯爵令嬢は金髪に奥目の緑の瞳が大人びた顔立ち。

 ただお世辞にも可愛いとか美人とは言えない。


 マルチーヌ男爵令嬢は、ワインではなく焼き菓子やショコラをお皿に盛りどんどん口へ運ぶ。時々こぼれ落ちるカスを手で受けながらニヤリとロザリーヌに微笑む姿は悪い子には見えなかった。

 天然パーマと思われる強烈なくせ毛が真横に広がる赤毛と丸顔が愛らしい。


「ロザリーは、結局宮殿から出る気なの?」

「出る?」

「懲りずに頑張るわよねー。この国の王子は血はつながらなくても妹は王太子妃には出来ないのに」


 ロザリーヌにとってはフィリップ王太子は怖いお兄様。ましてや人様のものを奪う趣味も度胸もない。

 出ろと言われるなら出るし、殺されないなら大手を振って宮殿を去るつもりでいる。ひとつ望むなら、イケメンに溺愛されたいくらいだろうか。


「私はいつでも出るつもり」

「えーっ!」

「あの女を消してやるとまで言ってたのに、一体何があったの?」とジャネットはすきっ歯を見せつけてくる。


「そうよっ。そんな清楚なふりしたって私達までは欺けませんわよ。」とパトリシアも不機嫌な様子で人を焚きつけるようにいうが、全くロザリーヌには響かない。

「…………」

 どうやら彼女らはロザリーヌが暴れまわるのを面白可笑しく楽しんでいるようであった。


 マルチーヌだけは何も言わない。が、小皿に取り分けた焼き菓子をロザリーヌに手渡し

「これ好き?好きならそれだけで十分よね」とニコッとした。


「ほら、見てリリアのお出ましよ 笑顔振りまいちゃって」とジャネットが言ったが踊る二人を微笑んで眺めるロザリーヌだった。

(素敵〜まさに美男美女っ王子と姫)


 それを見ていたロイスがぐいとロザリーヌの腕を引く。


 バルコニーに出たロイス達に他の者は場所を譲るように中へ戻る。


「な なんですか」

「どうしちゃったんだ。あんな優しい顔をして、本当にリリアを結婚させていいのか」

「……はい」むしろ応援している側である。


「はあ」

 と溜め息をついたロイスは、突然ロザリーヌを壁に押し付けた。恐怖を感じた彼女はただ近づいてくるロイスの顔に圧倒されたが

「ギャーッ」と叫んだ、バタンっとバルコニーにとびでてきたのは騎士 ダミアンであった。


 ずっと見ていた結果である。

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