掃除をしていると怒られる

「メイドさん あ、お名前……」

「え、あ キャシーでございます。大丈夫でございますか。やはりご気分が優れないのでは……」

「いえ。メイド服はありますか」

「…………」

「せめて何か質素なものを」と部屋のもう一つの扉を開けたキャシーについて入ったドレスルーム。


 赤、金、紫、黒、どれも派手な装飾が施され現代で言うゴスロリ風のドレス、とてもじゃないが炊事や掃除には不向きであった。


「あぁぁ……」

「しばしお待ちを」とキャシーは急いでどこかへ立ち去り、また息切れしながら戻る。が、また一度部屋の外へ出てノックをし「お ロザリーヌ様 失礼いたします」

 と言って入り直したのだ。


 それを見たロザリーヌはくすっと笑う。

 キャシーも思わずくすりと小さく笑ったのであった。

 歳の近いメイドとロザリーヌが未だかつて、友のように笑い合うなど天が地となっても無かった事である。


 キャシーの手には、メイド服が掛かっていた。

 それを手に取り、広げたロザリーヌはその美しい瞳を輝かせ

「これでお掃除も出来そうね」

「…………」


 キャシーにとっては嬉しい変化ではあるものの、また何か企みがあるかも知れないと疑う心も捨てきれない。

 毒をもらせないよう、厨房仕事には関わらせるべからずと肝に銘じた。


 ロザリーヌはさっとメイド服に袖を通す。

「ロザリーヌ様、今お化粧を」と豪華な白に金のラインが施されたドレッサーに案内される。


 手際よく次から次へ重ねられる下地におしろい。

 パタパタパタはたかれ、「ゴホゴホゴホッ」とむせ返る。

「あぁ失礼いたしました。」


 出来上がった顔を見たロザリーヌは眉を上に上げ、鼻にシワを寄せてみせた。厚化粧すぎてゴワゴワするのだろう。


「お気に召しませんか?」

「あぁ いつもこんなに濃いのですか」

「ええ。いつもの十一のステップを致しましたが」

「はあ、コットンはありますか?これは化粧水?」


 ロザリーは、コットンに化粧水を含ませポイントメイクを軽く拭き取り、全体も軽く拭き取り、真っ赤なリップは完全に拭き取った。


「この位なら良いでしょっ」

「……お美しいです」

「ありがとうございますっ」

 とまた微笑んだ彼女に、たじたじのキャシーであった。



 髪はキャシーと同じ後ろで編み込みにしてもらい、いざ掃除の開始。道具が入る小屋へ向かう。


(何だか分からないけど、名誉挽回。イジワルな悪役王女なんてお断りっ。ちゃんと一週間働かないとね。王女らしく品よく話さないと……ん どうやって)


 中では掃除専任のメイド達が並んでいた。


「よろしく……でございます」と言ったロザリーヌの目を誰一人見ようとはしない、皆下を向き「はい かしこまりました」と怯えたように呟くのであった。


 それも仕方がない。キツイ王女様で通っているのだから。皆手を抜けば箒やモップで打たれるかとでも思うのだった。


「先に掃けばよろしいわね」とロザリーヌはキャシーに言われた正門の玄関周りを掃きだした。

「「…………」」

 無言で他のメイドも各担当場所へ急ぐ。


 うっすら汗をかいたロザリーヌは、雑巾をバケツで絞りドア枠とステンドグラス風の飾り窓を磨く。


「おはようございます。ロイス様」

 皆が一斉に直立し挨拶する。

「おはよう ん?ロザリー……か?」

「…………」

 ロイスは、ロザリーヌと結託しリリアを消したいロザリーヌの助けとなり共に悪事に働き見返りに色々と求めてくる王太子の従兄弟である。

 それを思い出したロザリーヌはピクッとする。悪役が目の前にいるのだ。


「どうした。まさかっちょっと来なさい。」

 と手を引かれ来賓室へ入る。


「何かバレたのか。ちょうどこれを渡そうと来たのに……。可哀想にロザリー、君がこんな恰好をさせられるなんて……」


 と手のひらに乗せられたのは紙に包まれた何か。ロザリーヌは覚えがある。小説ではリリアに社交界の朝毒を盛り腹をくださせ欠席させる。自分がフィリップ王太子と踊りその夜の主役となる為だけに。


 わあっ!!と奇声を上げたくなるのをぐっとこらえ静かに言葉を返す。


「このような物は金輪際要りません。」

「どうした。そのかしこまった言い方は。要らないのか……あれだけ王都で私か悪い噂も回した。今やリリアの評判は落ちきっている。今こそ最後の……」

「そ、そんなつもりは……ありません」


 手を貸してきたロイスとしては、不服である。

 すっと近づいた彼はロザリーヌの耳元で「でも約束通り君は抱かせていただくよ」と呟いた。


(男前だけど、ちょっと怖いんですけど……悪そうな目、目力キツ ちょっと眉毛濃いし、これがロイス。悪役相棒……)

 ロザリーヌの背中はゾクゾクと寒気に襲われた。

 王太子の従兄弟であるが故、金髪ではなくとも栗色の髪にネイビーの瞳の正統派な美男がこんな言い方をしたのだから。



 しかし、こんな男とこれ以上関われば良くないことは明らかである。そそくさと、その場を離れ掃除に専念する。

 翌日もその翌日も時にはメイド達より早く準備しピカピカに磨き上げたのであった。


 その都度、それを目にした来賓達は度肝を抜かれ王都には噂が広まる。


「ロザリーヌ王女が罰を受けている」から始まり

「ロザリーヌ王女は改心した」など

「ロザリーヌ王女は実は始めから王太子やリリアに虐められていたのでは」と。


 そんな話を耳にしたフィリップ王太子は、床までも拭いていたロザリーヌを荒く掴みあげ罵声を浴びせる。


「今度は健気な義妹か、この私が悪役にされるとは大した演者だな」

「いえ、お兄様そんなつもりは……」


 パシッ

 フィリップはロザリーヌを打ったのである。


「やめてくださいませ」と前に立ったのはリリアだった。

 さんざん嫌がらせを受けたロザリーヌをかばうとはやはり優しい婚約者である。


「いいのです。リリア ごめんなさい。私が悪うございます」

 とロザリーヌは、小説の中の悪事を自身がした訳ではないのに謝るのであった。さやかのお気に入りはこのヒロインであった。


 マロンブラウンの髪はゆるく巻かれ、ショコラブラウンの瞳に長いふさふさまつげ、お姫様らしい顔立ち。


 手を取ったリリアは「ありがとう」と真っ直ぐな瞳を向けたロザリーヌに、ハッとした。

 目が、まるで別人の様にそれは一度洗われ、清められたかのよう、宝石のように美しかったからだ。

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