パルルにてシモン王子と初めて会う

 リリアの部屋


「……ダミアン 私はあなたが居なければ不安なの……ずっと私を守って……守って……」


 と泣くリリアのそれはもう別れ話を告げる恋人にすがるただの女のようであった。


「……リリア様」


 ダミアンはリリアに専属護衛を降りたいと申し出たのだった。しかしリリアは食い下がる。


 深い紫のドレスの胸元の紐を外しだす。

「今から悲鳴をあげます。取り下げなければ、今ここであなたに襲われたと、泣くわ……」



「……分かりました。リリア様」とため息混じりに答えた。


 ダミアンが部屋を出ると、リリアは「はぁ」と溜め息をつく。窓から外を眺め、何やらにやっと笑う。


(引き返してこないということは失敗したのね……。そうよ、まだチャンスはある。スカラ族がこれで引き下がるわけないわ。パルルまで行くはず。)


 スカラ族に、ロザリーヌ王女をロイスから奪い遠くへ売るかすれば報酬を与える約束をしていた。

 よってロイスが失敗しようが大して痛くはなかったのだ。自作自演誘拐によるロザリーヌの逃亡と見せるための駒のひとつであった。


 そんなロイスは、行方をくらましていた。


(それにしても、ロイスは薄情な男……自分が一番可愛いのね)


 そう言うリリアも既に自分が可愛くて仕方がない立ち回り方をしている。





 ◇◇◇

 南の隣国パルル


 透き通るようなアクアマリンの海を城から眺めるロザリーヌ

(ほんと綺麗〜心が洗われる。なんだが全部忘れちゃいそう〜)


「よく似合っているね」


 忘れられないネチネチした声が背後から耳にへばりつく。美しい海とは真逆の顔をチラッと見て気分が下がるのだった。


 ガエルは毎日のようにプロポーズをするのだ。


 今日もまた、白い貝殻をモチーフにしたようなシフォンプリーツのキャミソールドレスを着ろと言われ、毎日、一つずつ真珠の宝石をプレゼントされ、

「ロザリー 君こそがこのパルルのビーナスだ。このガエルの妃になってくれたまえ」


「……あ あのですから一度ヴァロリアに戻ってから」

 とお決まりの返事をするロザリーヌに、少々機嫌を悪くしたガエル王太子。


「もう初めから決まって君はここに来たのだよ。結婚することがね。漁業権もこの城も、君との結婚によりヴァロリアにうつる。」


「…………」

(まさか、また政略結婚?!この世界でも?!ムリムリムリムリッ こんなカエル……帰りたい……)


 ロザリーヌから涙がポロポロとこぼれ落ちる。


「泣くなど、どれだけ人をコケにする!!!!!」


 ガエルは怒り心頭で右手を上に振り上げる。

 ロザリーヌは目を閉じグッとこらえる覚悟。


「や や やめてあげて ガエルっ い いやがっ」


 バチンッ


 ロザリーヌをかばい、止めに入ったガエルの弟、シモン王子がぶたれたのだ。

 毎度のことなのか、城の者たちは知らぬ顔。


 シモンはガエルと同じ銀髪にエメラルドの瞳で、中性的な雰囲気、スタイル全てが、モデル並みにレベルが高い。

 しかしそれは写真に写った場合だけであろう。動く彼は不安げで話し方もあの状態。

 そんなシモンが、ロザリーヌの為立ち向かったのはすごい勇気であった。


 ガエルが自室に戻り、ロザリーヌはシモンと海を眺める。


「ありがとうございます。大丈夫ですか?痛くないですか?」

 とシモンの頬が赤くなっていたのでキャシーを呼ぼうと息を吸い込むロザリーヌ、しかしシモンはそれを制止する。


「し しばらく こうしたいのです」

「あ、はい」

「お お辛いですか……ここに居るのは」

「まあ……まさか結婚とは。でも海は美しいです」

「僕もです」

「はい?」

「ぼ 僕も辛いです。でも海は……好きです」


(シモンはガエルにいつも叩かれてるのかな……まるで虐待受けてる子供みたい……いえ私より歳上よね。はあ……あのDVガエルをどうしよう)


 他の者から聞きつけたキャシーが走ってやって来た。


「ああぁあ ロザリーヌ様なんてことに……シモン様、申し訳ございません。ご迷惑を……」


「あ いえ 僕は何も。何も出来ないのです。叩かれることぐらいしか……」


 キャシーももどかしい顔でシモンを見つめる。


「あ あの 一度父上を訪問されますか」

 とシモンがポツリと呟いた。父上、すなわちパルルの王である。


(そうか 父親がどんな人か分からないけどそれしかないかも……。)


 パルルの王は港へ視察に行っていると言う。ガエルの様子では一日も早く王に直談判したいロザリーヌは、シモンに頼み港へ同行してもらう事になった。


 パルルの港では小さな市場のように庶民も買い物に訪れている。皆軽装でそこら中で活気ある会話が飛び交う。


 ふと、ロザリーヌは水揚げされたばかりの鮮やかな魚を扱う人の前に立ち止まる。

 木炭を燃やしているのを見て、


「今から焼くのですか?」

「そうですよ お嬢さんやってみたいのかな」


 シモン王子は顔を民衆に把握されておらず、ロザリーヌの顔も誰も知らない為、おじさんは、どこかのお嬢さんくらいに思ったようだ。


 ロザリーヌはしゃがみこみ、魚を手掴みし塩を塗り鉄の串を器用に刺す。

 それを見たキャシーは目を丸くする。


「ロザリーヌ様 どちらでそのような……」


「シモン、珍しいな。来ていたのか。ん?はあっこりゃたまげた」

 と背後から覗いたのはパルルの王である。


 気付かずにまだ魚をどんどん塩焼きにするロザリーヌ。

「へぇこの美しい色は消えてしまうのですね」

「骨ごと食べられるよ」

 キャシーが慌てて声をかけようとするも、王は止めた。


 その後、焼き上がった白身魚を串刺しのまま頬張るロザリーヌは王に気づきむせ返る。

「ゴホゴホゴホゴホッ」


「ははははっ随分と頼もしい王女様だね」

「おっ王女様ーっ?!?!」

 魚屋のおじさんは腰を抜かす。


 挨拶をし、かしこまるロザリーヌにパルルの王は、

「私もひとつ頂こう」

 なかなか気さくな王である。ロザリーヌは笑顔でその焼き魚を手渡した。

 王、シモン王子、ロザリーヌ、キャシーは魚にかぶりつきながら談笑する。それを囲む民衆。


「ロザリーヌ王女、ガエルの婚約者は嫌かな?」

「……あ それは」

「ははははっ我が息子ながら情けない。あれでは嫌われて当然だ。無理強いはしない。」

「……申し訳ありません」

「ヴァロリアに帰りたいか」

 小さく頷いたロザリーヌを見た王は静かに語る。


「シモンでも嫌かな?」

「えっ?!ち 父上」

 驚いて照れるシモンをロザリーヌは面白おかしく微笑んで見る。


「ははははっ。ガエルがヴァロリアに提案した漁業権については改めて話をしよう。前向きにな、ただしロザリーヌ王女、君が時々こうしてここを訪れてくれるのが前提だ。」

「はいっ喜んで」

「その為にはあのゲリアンの森の開拓に手を着けよう」


 ロザリーヌは安心したように表情を明るくする。それを見たシモンも同じく笑顔であった。

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