大切な人からの言葉の方が、はるかに大事です

「レ、レオナルド。行きましょう?」


 これから国外追放されるとは思えないほどの勢いで。

 私は逃げるように馬車を飛び出すのでした。



「魔物の餌になりたくなければ、精々いつものように祈るのだな。

 果たしてどれほどの効果があったのか、疑わしいところだがな」

「二度とこの地を踏むことは許さん」


 兵士たち早く結界の外に出るよう促します。

 追放刑が正しく実行されたことを見届けるために、わざわざ付いてきたのでしょう。



「だが……そうだな。どうしても助かりたいというのなら。

 それなりの"誠意"を見せてもらえれば、考え直してやらんこともないぞ」

「あ、隊長ずるいです!」


 ゲスな笑みを浮かべながら。

 兵士たちが私を取り囲み、そっと距離を詰めてきます。

 その言葉の意味するところを察して、私は思わず身を守るように後ずさりました。



「国を守るための兵士が、そんな犯罪者まがいのことをして良いのですか?」


「おやおや。人聞きの悪いことを言うな。

 私は――助けてやっても良いと提案しているのだよ。

 そのために少しばかりの誠意を見せて欲しいと言っているだけだ」


 あまりの言い分に言葉を失っていると


「王子も国外追放とは、勿体ないことをしますよね。

 どうせ捨てられるなら、捨てる前にうまく再利用するべきですよ」

「おら人形。慈悲深い隊長に感謝しながら、捨てられないように機嫌を取れ」

「うまくいけば隊長のペットとして飼ってもらえるかもしれないぞ?」


 浴びせられるのは馬鹿にしきった嘲笑。

 貴族として順風満帆な生を謳歌してきた騎士団員は、自らの思うようにならない事などはないと信じ切っているようで。



(望まれたことを淡々とこなした人形聖女なら。

 捨てられることを恐れて、新たな役割に縋りついたのかもしれない)


 それがどれだけ不当なものであっても。


 役立たずの欠陥品と呼ばれ続けた私。

 それでもその努力を見てくれた人がいるから。

 自信を持って、と言ってくれた人がいるから。


 自身に言い聞かせて殺してきた心に、暖かな光が灯ります。

 これからはそれを大切にしていきたい。



 私は伸びてきた手をパシリと払いのけると、


「国外追放は納得の上です。

 この国にはもう何の未練もありませんから」


 そう言い切りました。



「な、生意気な。

 隊長の好意を踏みにじろうというのか!?」


 どこが好意ですか。

 これ以上ないほどの侮辱でしょうに。


 何を言われても淡々と受け流してきた人形聖女が見せた反抗の意志。 

 一気に殺気立った兵士たちに降り注いだのは



「これ以上、この国に失望させないで欲しい」


 聞くものを凍りつかせるような絶対零度の声でした。


 こちらに向かってくるのはレオナルド。

 淡々とした言葉に込められたのは隠し切れない怒気。

 彼を止めようとする兵はおらず、それどころか恐れるように道を開ける始末。

 彼はあっさりと私の隣まで辿り着きました。



「ミリアお嬢様、あまり離れては危険です」

「レ、レオナルドが変なことを言うからじゃないですか」


 馬車の中でも見たような暖かな眼差し。

 安堵する私の口から出たのは、そんな拗ねたような言葉。



(こうして結局は彼の手を煩わせてしまう)

 

 あの言葉を呑むことは出来ませんでした。

 私を認めてくれたレオナルドを、一緒に侮辱されたような気がしましたから。



「奴隷上がりのエセ騎士が何の用だ?」


 隊長、と呼ばれた兵士が静かに問いかけます。



「僕が聖女様の護衛ですので。

 自らの任務を全うしているだけですよ?」


 剣を手にしたレオナルドから強烈な殺気が放たれます。


「これだけの人数を相手に一戦交えるつもりか?」

「必要とあらば。

 もっとも隊長がそのような愚かな判断をされるとは思いませんが?」


 レオナルドの実力を高く評価する者は多い。

 彼の主人への忠誠は、兵たちの間でも有名なもので。


 これだけの人数差をものともせず。

 戦うことになったら、ただでは済まないと思わせる鬼気迫るものがありました。



「クソッ」


 気まぐれに権力を振るい、相手を屈服させてきた隊長に。

 信じるものを守るため、己の全てを賭して挑むレオナルドと向き合う覚悟はなく。

 あっさりと剣を収めると、



「さっさと魔物の餌にでもなってしまえ」


 そんな捨て台詞を吐き、立ち去っていくのでした。




「すいません、ミリアお嬢様。

 最後の最後まで、この国の汚点を……」


 騎士団員が立ち去るのを憎々しげに睨みつけていましたが。

 やがては頭を下げてくるレオナルド。


「どうしてレオナルドが謝るんですか?」

「国を守る誇り高い集団のはずなのに。

 これまで国を守って下さったミリアお嬢様を労うどころか、あんな侮辱を……」


 レオナルドも騎士団に所属する身。

 思うところがあるのでしょう。

 何も気にする必要なんてないのに。



「良いんです、慣れてますから」

「ミリアお嬢様……」


 伊達に人形聖女などとは呼ばれていません。

 今更あれぐらいで傷つく心は、持ち合わせていないです。

 複雑そうな表情でこちらを見るレオナルド。



(本当に、そんな表情をする必要はないのに……)


「それに――そんなどうでも良い人からの言葉より。

 大切な人からの言葉の方が、はるかに大事です」


 思わず言ってしまった言葉の効果は劇的。

 最初はポカンと口を開けていましたが、やがては柔らかい笑みを浮かべ、



「ありがとうございます」


 告げられたのは感謝の言葉。



「な、何でレオナルドがお礼を言うんですか?」

「そうしたい気分だったんですよ」


 レオナルドはいつもの優しい眼差しで、こちらを覗き込みます。

 

 いつからでしょう、こうして藍色の瞳に覗き込まれるだけで落ち着かない気持ちになるのは。

 ふわふわしながらも、決して不快ではない暖かな感情。


(前はそんなことなかったのに)



 私は結界の外に視線を向けます。

 これから大切な従者と向かう新天地。 


「行きましょう」

「はい、ミリアお嬢様。

 どこまでもお供します」


 レオナルドは私の横に控え、恭しく頭を下げました。



 そうして私は結界の外へと踏み出します――

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