これからは自由に生きられるんです

「行きましょう」


「はい、ミリアお嬢様。

 どこまでもお供します」


 レオナルドは私の横に控え、恭しく頭を下げる。


 聖女の役割は国を守護する結界を張ること。

 国の外は結界がないと生きていくことすら難しい危険な場所。

 何が待っていてもレオナルドと乗り越えてみせる。



 覚悟を決めて踏み出した私が最初に感じたのは、頬を撫でる爽やかな風でした。


「――風が、気持ちいい」


 あたりを見渡すと一面に緑の草木が広がっていました。

 風に運ばれてくるのは、結界内では感じられなかった特有の匂い。 

 結界内のように整えられた清い空気ではありません。

 それでもあるべきものがそのまま残った光景は、たしかな生命力を感じさせます。


「ミリアお嬢様、思ったよりも良い場所でしょう?」

「到底、人が住める環境ではないと聞いていました。

 こんな景色が広がっているとは予想外です」



 結界を維持せねば国が滅んでしまう。

 疑うこともなく信じていたからこそ、私は必死の思いで結界を維持してきました。


 結界の外に出るときは死をも覚悟しました。

 どうせ死ぬのだとしても、レオナルドと精一杯抗って胸を張って死のう。

 そんな覚悟すら決めていたというのに――



「外は恐ろしい場所だって、ずっと教えられてきた。

 結界を失ったら生きてはいけない――ずっと、そう思い込まされてきたんだよ」


 レオナルドは吐き捨てるように言いました。


 私だけではありません。

 結界の中で住む人々は、誰もがそう信じていました。



「教会の発表は嘘だったとでも言うのですか?」


 私は呆然とレオナルドに尋ねます。


 結界の外の恐ろしさを強く印象付けたのは、教会の存在でした。

 聖女の力を研究し、結界の原理を解き明かした国を安全に導いた立役者。

 国でも大きな権力を持つ教会は、結界が無くなった場合の王国滅亡のシナリオも頻繁に語っていました。



「結界が無ければ国が滅ぶと信じさせることに意味があったんだろうね。

 聖女が国に必要な存在である限り、教会も立場を約束されるから」


 これまで人生を賭けて国を守護してきた自負がありました。

 それが教会の権力を維持するためのペテンだったというのなら。

 私は何のために人生を捧げたというのか。


「結界なんて無くても生きていけるというのなら。

 私のしてきたことは、無駄だったんですか……?」


 思わず口から出た言葉を



「それは違います!」


 レオナルドは強い口調で否定します。



「ミリアお嬢様は、間違いなくあの国を守っていました。

 魔物と真っ向から戦ったら、死者が出ることは避けられません。

 そうしたらあの国はもっと殺伐としていたはずで――ミリアお嬢様はたしかに平和を守ったんですよ」



 自らの事のように誇らしげに。

 レオナルドは私の功績を語ります。



「もう――あんな国のことはも忘れましょう」

  


 そう言って、レオナルドは笑ってみせました。


「国で貴族に嫌みを言われる心配もない。

 魔力を提供させられることも、儀式を強要されることもありません。

 ミリアお嬢様、これからは自由に生きられるんです」


 レオナルドは、清々しい笑みを浮かべます。



「こうしてミリアお嬢様と、結界の外に出られる日が来るなんて。

 まるで夢みたいだ……」


 

 思えばレオナルドに結界の外を恐れる様子は、最初からありませんでした。


「レオナルドは、結界の外に出たことがあったんですか?」


「出たことがある、というか元々は旅商人だったんだよ。

 それが奴隷商人に捕まって――結界内に売られたんだ」


 私の質問に飄々ひょうひょうと答えるレオナルド。


 結界の外の住人だった。

 そして奴隷商人に捕まってこの国に売られた。

 サラッと口にしましたが、それは壮絶な過去でした。


(興味本位で聞いて良いことではなかった……)



「ごっ、ごめんなさい」


 嫌なことを思い出させてしまった。

 後悔の念に駆られて、私は思わずレオナルドを見ましたが、


「そのお陰でミリアお嬢様と出会えたんです。

 奴隷商人に感謝――はさすがに出来ませんが、今は本当に幸せなんですよ?」



 優しい微笑みを浮かべながら。

 慈しむような目線をこちらに向けてきます。

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