自信を持ってください

 王国時代からの唯一の味方は、私を見放すことはなかったのです。

 たとえ結界のない過酷な環境に放り出されたとしても。

 レオナルドと一緒なら、これからは少しは前向きに生きていける気がします。 


(……って、いけない。

 私のせいで、彼の人生を奪っておいて――。

 それなのに護衛というのを利用して頼りきろうなんて――あまりにも身勝手な発想です)


「ミリアお嬢様。

 今『ぼくに頼っては身勝手だ』とか考えませんでした?」


「うそ。何で分かったんですか?」



 図星を突かれて目を瞬かせる私を見て、


「どれだけ一緒にいたと思ってるんですか……」


 レオナルドは、ジトっとした目をこちらに向けます。



「ぼくがここにいるのは、ミリアお嬢様のおかげです。

 王国の外では、一蓮托生ですからね。

 どうか余計な気は使わないでください」


 難しいことを言います。



「どうしてそこまで?」


 王国の外では、たしかに互いに力を合わせなければ生き残れません。

 そういった意味では、たしかに一蓮托生と言えるのでしょう。


 ですがレオナルドの発言は、そんな打算とは関係のない暖かなもの。

 私はただただ不思議でした。



「スラム街で野垂れ死ぬだけだった僕に、ミリアお嬢様は生きる意味を与えてくれました。

 僕がここまで頑張ってこられたのは――すべて、あなたのおかげなんですよ?」


 そんな風に思っていていたなんて、と私は驚きます。

 

 思い出すのは「立派な聖女になって認めさせてやる」という幼き日の誓い。

 レオナルドと出会った時、私は何も知りませんでした。

 平民蔑視の風潮が強いこの国でも、必死に努力していればいつかは認めてもらえると無邪気に夢を見ていました。


 その結果がこれです。



「でも結局は、私は――」


「ミリアお嬢様は、本当に頑張っておられました。

 どれだけ罵られても、誰よりも努力してきてきました。

 ずっと傍で見ていた僕が言うんですから――自信を持ってください」


 どうしてこれほどまでに。

 私が欲しかった言葉を与えてくれるのでしょう。




「辛うじて心が折れなかったのは。

 見てくれた人がいたから、レオナルドのおかげです」


(いつもそうでした)


 もうダメだと、心が折れそうになったとき。

 彼の細かな気遣いが、何度心を繋ぎ止めてくれたでしょう。

 彼の存在がなければ、あの日々を耐え抜くことは間違いなくできませんでした。



 ――なぜでしょう?


 そんなことを思い出すと、私はまともにレオナルドの顔を見れなくなりました。

 うつむく私を、やっぱりレオナルドは優しい眼差しで見守っているようで。

 

 車内は、ふたたび不思議な沈黙に包まれました。



(レオナルドの顔を見ていると、落ち着かない。

 今までは、こんなこと無かったのに――)


 どうしてしまったのでしょう。

 心臓が早鐘を打っているようにうるさいです。



(私はただの人形。

 命じられたことを、淡々とこなすだけのお人形)


 心をどうにか落ち着かせようと。

 私はいつもの呪文を心の中で唱えますが、いっこうに胸のドキドキは収まらず。



「大丈夫ですか、ミリアお嬢様?」


 突然俯いてしまった私を心配して、レオナルドがこちらを覗き込みます。

 至近距離で彼の藍色の瞳に見つめられ


「~~~っ!」



 私は思わず、思いっきり後ろにのけぞってしまいました。

 困ったような顔をするレオナルドに。

 申し訳なく思いつつも、フォローの言葉を発する余裕もなく。


 私が口をパクパクさせていると――



 

 ガタンッ


 と馬車が止まる音がしました。

 遅れてやって来る僅かな衝動。


(ナイスタイミングです!)



「国境線に着いたぞ。

 速やかに荷物をまとめて、出る準備をしろ」


「かしこまりました」



 馬車を開け放ち、早く外に出るよう催促する兵士たちを見て。

 私は「助かった」と思ってしまうのでした。


「レ、レオナルド。行きましょう?」


 これから国外追放されるとは思えないほどの勢いで。

 私は逃げるように馬車を飛び出すのでした。

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