距離

…あれから数日が経ち、僕は星川を徹底して避け続けていた。


学校でも帰り道でも逃げるように星川から距離を取り、遊びの誘いも泊まりも全て半ば無理矢理に断ったが、それでも星川は毎日懲りずに話し掛けてくる。


しかし僕が星川の家に呼ばれる事はなかった。必ず僕の家に来れるかどうかの確認を毎回する。

…彼女に会いたいのだろう。


「月くん、今日は泊まりに行ってもいい?」


「…ごめん、用事あるから」


「そっか。ざんねん」

そう言いながらも余裕そうな顔で星川はにっこり僕に笑いかける。


そろそろ奈津さんと合わせたくなくて誘いを断っているのがバレてしまっているかもしれない。

…星川の事だ。僕が避けている事に勘づいているばすだ。


あの夜、見たくもない光景を目撃した僕は息を殺しながら自室に閉じ籠った。

2階の部屋からでも聞こえてくるわざとらしい喘ぎ声は何度も星川の名前を呼んでいた…



「…きもち、わるい」


不意に言葉が口に出る。

どうして、こんなに胸が痛むのか分からない。





僕が学校から家に帰ると奈津さんは必ず出迎えるようになった。

それは今日も同じだ。

露出の高い服に厚い化粧を塗りたくった顔。


「は?今日も翠くん来ないの?翠くんだって私に会いたいに決まってるのに。喧嘩でもしたんじゃないでしょうね?」


「…」


「無視するんじゃないわよっ!!」


バチンッ!!

叩かれるのと同時に彼女の長い爪が僕の頬を引っ掻いた。


「だいたい、あんたみたいなクズに翠くんみたいな子が友達になってくれるわけないでしょう?!…きっとどこかで私に一目惚れしてあんたに近づいたんだわ。いい?明日は翠くんを連れて来なさい!」


…っ。


おかしい。なにもかも。

もうこの状況に耐えきれず家を飛び出した。


父さんの事はもうどうでもいいのか…?

見る目ないな、父さんも…星川を信じていた僕も。


家を出て行く宛のないままふらついていると目の前にここにいるはずのない星川が現れた。


なんでこんな所に…。

もしかしてあの人に会いに来たのか?


僕が断ったのを無視してまで…

そんなに好きなのか…?


「月くん、ごめんね来ちゃった。

…その傷、どう、したの…?」


「…」


「ねぇ、誰にそんな事されたの?」


いまはそんなのどうでも良かった。

とにかく星川と距離をおかないとこの意味のわからない胸の痛みで心が壊れそうだった。


「…ごめん、星川。

しばらく1人にさせてほしいんだ。

だからもう僕には近づかないで」


「…っ」


それだけをしっかり伝えると星川の返事も聞かず逃げるように走った。


「月くん。待っ…」

後ろから僕を呼び止める星川の声が聞こえたが聞こえないふりをする。


僕が走り去る時、一瞬星川の焦ったような顔が見えた気がした。



「はぁっ、はあ…」


走って星川が見えなくなるところまで来た。

…さすがにここまでは追いかけて来ないか。


すると勝を見つけた。


気にせず通り過ぎろうとしたが…

何か思い詰めたような顔をしている。



「勝…?」


そう声をかけると勝の体は怯えたようにビクッと跳ね上がる。

「…!!っ、月…」


「大丈夫か?」


「…」


なにかおかしい。

勝は正気を失ったように挙動不審だった。

どうしたっていうんだ?

勝はあたりを見渡すと僕に


「…いいか、よく聞け。お前、星川 翠からいますぐ離れろ。なんなら今日から俺の家に来い。あいつはほんとやば…」


「谷川くん?」


そこには星川が立っていた。


「何の話してるの?」


僕は必死に走って来たはずなのにまったく息が乱れておらず少し恐怖を感じた。




「もしかして、月くんに余計な事言った?」


いつも笑顔を浮かべる星川の顔に表情はなかった。

ただひたすら真顔で勝に詰め寄る。


「っ!!な、何も言ってないっ…!」


そう言って勝はまた逃げて行った。


星川から逃げろ…どういう意図だ?


普段なら気にしない。だが、今は状況が状況だ。

…この場から逃げられるならそうしたい。

逃げ去った勝に見向きもせず、星川は僕に向き合った。



「…月くん。お願い、少し話そう?」

話したくない、その場から逃げ出したい、そう思ったが今にも泣き出しそうな目の前の顔を見てどうしても嫌とは言えず、うなずいた。

仮にも今まで友達でいてくれた奴だ何も理由を告げずに避け続けるなんて良くない気がする。これで最後になったとしてもちゃんと…話そう。


「じゃあ遅くなりそうだから今から…」


「僕の家は駄目」


「…わかった」


そして、僕達は星川の家に向いだした。



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