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 話を聞かなきゃ。

「まったく……君はまだ埒も無く『父上の肉を食べてしまったのではないか』と考えているのではないか? 『その可能性は無い』と何度も否定してみせただろう?」

「でも、理屈じゃないんだ。どうしてもそう感じちゃうんだよ……」

「もう一度言うが、血抜きの間に合っていない肉は食えない」

 キツイ口調だったけれど、月ヶ瀬さんは僕の手をぎゅっと握ってくれた。

 少し落ち着く。

 月ヶ瀬さんは相変わらず容赦が無いけれど、下手に誤魔化されるより、剥き出しで突き付けられたほうが良い。もう逃げたくないから……

「話を進めるぞ」

 お願いします、と頭を下げる。

「祐樹さんは海で死んだ、と水森蛍がああも主張する以上、そして、残念ながら事故とは思えない以上、もう《1》《2》《4》の可能性は無いと片付けて良いと思う。『《3》アリスが殺して、海に遺体を捨てた』の場合、水森蛍が保身を図る必要は無い。だから《3》の可能性も無い。よって、『《5》アリスが殺して、遺体を持ち帰り、蛍は遺体の処理を手伝った』が依然有力だ。感情的には水森蛍を主犯に据えたいのだが、殺害の実行犯は君の母上で、水森蛍は従犯、犯した罪は遺体損壊と遺体遺棄だと思う」

 うん、と頷く。

「もしも、祐樹さんが殺されていたと仮定して、遺体の遺棄はここなら簡単だ。解体し、肉と骨と内臓をばらし、猪や鹿の不可食部と共に処分してしまえばいい。つまり、可燃ごみとして捨てるという事だ。猟師が骨を捨てても、誰も疑わない。骨などの不可食部は市の焼却施設で灰になって消える」

 もう一度、うん、と首肯。

「そして、あの家のガレージには肉専用の冷凍庫がある。ならば、ゴミとして捨てるには不自然な可食部も、腐敗のスピードに急き立てられる事もなく、少しずつ土に埋めて処理できる。これも微生物に分解されて消える」

 料理して食べた――という選択肢を月ヶ瀬さんはさりげなく避けた。

「殺人の証拠も遺体損壊の証拠も残ってないって事か……」

 映画やドラマで見るように、警察が科学的な捜査をしてくれれば、もしかしたら何か証拠が見つかるのかも知れないけれど、そもそも殺人事件が起きたのだと証明できるモノが無ければ、警察は捜査をしてくれない。七年前、蛍さんが「小日向祐樹が海に落ちた」と伝えても警察が動いてくれなかったのと同じことだ。彼女は迫真の演技で警察に訴えたはずだ。自分の犯罪を隠す為の嘘を――

「最悪だ。証拠隠滅は完璧だよ」

「いや、そうではない。処分できないモノもある」

「え……?」

 咄嗟に見当が付かなくて素っ頓狂な声を出してしまう。

「あるだろう? 素人が見ても一目瞭然で人骨だと分かるパーツがひとつ」

 あ、と理解が閃いた。

「頭蓋骨……」

 あれだけは、獣の骨と誤魔化せない。

「正解。まあ、正確には頭蓋骨はひとつのパーツではないがな。人間の成人の頭蓋骨は通常二十八個の骨から構成されている。下顎の骨と、頭蓋骨には含めない舌骨を除くほとんどのパーツは連結しているから、見た目的には『ふたつのパーツ』と言ってしまって良いかな。まあ、とにかく、ひとつではなかった。誤謬があったな」

「どうでもいいよ、そんなこと」

「そうか、父上の頭蓋骨がどこかその辺りにあるかも知れない、という重大な事案がどうでもいいとは驚いた」

「違う、そうじゃなくて、言い間違いとかどうでもいいって意味で……」

 ふふ、と月ヶ瀬さんは喉の奥で笑った。どうやら揶揄われていたみたいだ。

「要するに、月ヶ瀬さんが言いたいのは、頭蓋骨だけは捨てられない。まだ遺体をバラバラにして捨てた犯人が持っている可能性が高いってことだろ」

「その通り。モノがモノだけに、人目に付く場所には置いておけない。だけど、完全に目を離してしまうのも怖いんじゃないかな。いつでも見張っておける場所に隠したい。それが普通の人間の心理だと思うぞ」

 普通の人間――普通の人間なのだろうか、遺体をバラバラに出来る人が……

「身元不明の頭蓋骨がひとつ見付かれば、君の父上は誰かに殺された、ということが証明される。この際、その頭蓋骨の鑑定までは待たなくても良いのではないか。身元不明の人間の頭蓋骨なんかが、滅多にその辺に転がっているわけはないからな。とにかく、水森蛍は疑わしい。灰色どころか真っ黒だ。やったに違いない。きっと、君の父上の頭蓋骨を自宅のどこかに隠し持っているはずだ」

 月ヶ瀬さんは、じっと僕の目を覗き込んできた。

「君はどうしたい?」

 どうしたいと問われて、僕は戸惑う。どうしたいのだろう。自分がどうしたいのかなんて、今まであまり考えたことがない。でも、これは僕が決めなきゃいけない事だ。僕の問題なのだから……

 ゆっくり、慎重に考えながら言葉を選ぶ。僕の気持ち――

「もし……もし、本当に父さんの骨が残っているなら、見付けてあげたい。うん、見付けてあげたいよ。父さんはずっと行方不明扱いだったから、お葬式もしてないし、母さんと違ってお墓も無いんだ。罪状とか刑罰とか分からないし、正直、蛍さんを罰して欲しいのかもよく分からない。でも、もしもあるなら、父さんの骨は返して欲しいな」

 うん、と月ヶ瀬さんは頷いた。

「そうだな、返して貰おう」

「どうするの?」

「決まってるじゃないか。水森蛍の家に行く。捜索を強行させて貰う」

 さて、と月ヶ瀬さんは立ち上がった。

「まあ、とにかく明日だ。今夜は眠らなければいけない。君も私も疲れている。一晩ゆっくり寝て、精神と肉体を回復させよう。睡眠不足はあらゆる生産的活動の敵だ」


†††

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