第17話 フォルタビウス戦2

 フォルタビウスが回復した翼で大きく羽ばたき始めたのを見て、俺は正面を避けて、大周りをしながらヤツに近づくことにした。


 あの羽ばたきで足止めされてからの突進攻撃のコンボは喰らいたくなかったからだ。


 それをフォルタビウスも気が付いているのか、こちらに羽ばたきながら器用にこちらへと正面を合わせてこようとする。ならばと、俺は稲妻の様にランダムに進む先を変えながらフォルタビウスに近づく。


 しかし、あと少しで、踏み込めば剣が届くという距離まで詰めたところで、フォルタビウスはふわりと浮かび上がると、そのままこちらに跳び蹴りを放ってきた。


 突然の攻撃に意表を突かれてしまい、盾で受けるのには間に合わなかった。だが、俺はそれを逆手に取った。フォルタビウスの爪が眼前に迫ったそのときに、下から盾でカチ上げたのだ。


 兜の端をこすりながらかぎ爪が上空へと通り抜け、無防備な尻と背中が露わになる。そこをすかさず斬り付けた。


 が、致命傷には至らない。


 剣よりも一瞬早く、フォルタビウスが空に舞い上がったのだ。


 俺の一撃は、尾羽と背面の羽を散らすことしか出来なかった。


 それでも効果はあったようだ。飛び上がったフォルタビウスはフラフラと宙を彷徨い、こちらに狙いが付けられないでいる。


 ジッと、空から忌々しそうにこちらを睨みつけるフォルタビウスを前にして、さてどうしたものかと、俺は考え込む。遠距離攻撃の手段が無いのだ。弓は持ってきていないし、魔法を使う魔導具もない。もっとも、持ってきていたからと言って俺はその両方が苦手だからあまり意味はないのだが。


 仕方なしにその辺の石を投げつけてやろうかとも思うが、剣や盾を手放した隙を狙われるかもしれないというのも、怖いところだ。


 つまり、現状、打つ手が……あった。


 俺は上空を気にしながらもあるものを探した。この辺に必ずあって、フォルタビウスが絶対に守らなければならないもの。


 巣の中にある卵だ。


「クケェエエエエエ!!!」


 俺の視線の意味に気が付いたのか、フォルタビウスが警告するように雄叫びをあげる。が、一足遅かった。俺は目の先に、見つけた。山の中には似つかわしくない木と石を組み合わされた堅牢な城壁。人間が造るものとそん色ないほどに築き上げられたフォルタビウスの巣に違いない。


「クケェエエエエ!!!!」


 再度の雄叫びと共に羽音が鳴り響く。同時、空からまた矢のように羽根が突き立てられてくる。


 俺は盾で羽の雨を防ぎながら、フォルタビウスの姿を見つめていた。羽ばたきの度に姿勢が定まらなくなっていき、フラフラとしはじめながらも攻撃を続けている。そして、徐々に徐々に高度を落としている。

 

 さきほどもそうだった。フォルタビウスは羽ばたきで羽を射ちとその分だけ高く飛べなくなっている。おそらくは、羽の量や面積が減ることで風を上手くとらえられなくなっていくのだろう。


 つまり、このまま耐えていれば、そのうちにフォルタビウスは地上に降りてくる他なくなるのだ。俺は、その機会を待つことにした。


 盾の後ろで、耐えて、耐えて、耐えた。


 そうして、ある程度の高さまで降りてきたフォルタビウスが降下攻撃を仕掛けてきた。さっきのかぎ爪での攻撃で失敗したからか、今度は羽を畳んで全速力でくちばしから突っ込んできた。


 避ける、というのも一つの選択肢だ。運が良ければそのまま地面に突っ込んで自爆してくれるかもしれない。だが、そうじゃなければ。フォルタビウスはまた別の攻撃方法を編み出してくるかもしれないし、最悪、逃げられることだってありうる。


 ならばここでやるべきなのは、確実に迎え撃つこと。


 覚悟を決めた俺は、盾で身体を隠しながら剣を構えた。フォルタビウスの姿が段々段々と大きくなり、その嘴の付け根から目元までの羽の生え方までが見えるほどの距離まで引き付けた。


 もう間もなく激突する寸前、盾を振るった。


 サイドステップでギリギリのところで躱しつつ、フォルタビウスの横っ面に渾身のシールドスマッシュを叩き込んだのだ!!


 急降下の勢いとシールドスマッシュの打撃力で吹っ飛んでいったフォルタビウスは地面を数度バウンドして、木々にぶつかってその動きを止めた。


 それでも、まだ生きていた。


 翼が動き、足が地面に立った。そこまでを見て、俺は一気に動き始めた。この好機を逃がすつもりはなかった。


「ク、ケ、ケェェ」


 フォルタビウスもむざむざとやられる気はないようだ。さっきまでのように翼を大きく広げた。


「回復か!?」


 それをされると厄介だ。ここまで痛めつけたのが完全に復活するとは思わないが、逃げられる程度に回復されると最悪だ。


 俺は構えを解いて、まっすぐに走り始めた。


「うわっ!!」


 途端、風が撃ちつけてきた。


 見ればフォルタビウスは、ボロボロの身体のくせにドンドンと羽ばたきを強く、速くしていく。ばさ、ばさっ、バサっ、バサッ、と羽が空気を打つごとに、こちらに風の塊が撃ち込んでこられる。


 俺は完全に風に捉えられてしまって、一歩も動けない状態になっていた。かろうじて盾を構えて、風に巻き込まれて飛んでくる枝葉や石ころからは身を守れているが、それでも絶好の好機は逃がしてしまった。


 それでも、フォルタビウスはここで確実に仕留める。奴だって、いつまでも、それこそ体力が尽きるまでこうしていることは出来ないだろうし、あのボロボロの身体で遠くに逃げることもできないだろう。


 最後の勝負は、この風が止んだ時に始まる。


 それを確信した俺は、しっかりと大地に足を踏ん張った。そしていつでも動き出せるように機会を待ち、呼吸を整える。


 そして、風が、止んだ。


 俺が駆け出すと同時、フォルタビウスも大きく翼を打ってこちらに飛び込んできた。

 

 俺は今までと違い、止まることなくフォルタビウスとの距離を縮める。そして向こうも加速しながらこちらに突っ込んでくる。


「オオォォオオオオオオ!!!!」


「ク、ケエエェエエエエ!!!!」


 激突の瞬間、俺は盾で嘴を受け止めた。そして同時にヤツの左目から剣を頭のど真ん中まで突き入れてやる。


 盾の軋む嫌な音と共に左腕は弾きあげられ、フォルタビウスの身体がぶつかってくる。俺は力をふり絞って、眼窩から脳髄に叩き込んだ剣でフォルタビウスの頭を切り裂いた。


 そしてそのまま盛大に吹っ飛ばされた。


「げっほっ、あ、は、ぁ……」


 森の中を何度もバウンドして木の幹にぶつかってようやく体が止る。その衝撃で肺の中からすべての空気が放り出されていき、俺は無様な声を出して、ほんの少しの間、息を吸い込めずにいた。


「アァ!!」


 それでも、気合と共にみぞおち付近を鎧の上からぶん殴った。無理やり腹筋を動かすと新鮮な空気が取り込まれる。


「スゥー、ハァー、スゥウー、ハァアー」


 ゆっくりと深呼吸すれば、呼吸はやがて落ち着きを取り戻し、楽に息が出来るようになっていく。


 ぶっ倒れたまま視線をあたりに彷徨わせれば、同じように木々にぶつかったまま動かないフォルタビウスがいる。



「ったく、手間かけさせやがって」


 痛む身体で起き上がってみれば、フォルタビウスは左目から血をまき散らせてこと切れていた。


「まあ、でもこれで」


 俺は右手を天に突き上げながら。


「俺の、勝ちだ」


 静かに、勝利を宣言した。

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