第16話 フォルタビウス戦1

 翌朝、太陽がまだ顔を出していない時間帯に俺たちはデヴォンを出発した。前を行くのはライラの父、タイラーさんだ。未だ寝ている人の多い、デヴォンの庄を静かに音を立てないようにと街の出口へと向かう。


 庄の出入り口の近くまできたところで、嘶きが聞こえる。その声が聞こえた方に顔を向けると、オディゴがジッとこちらを見つめていた。どうやら起こしてしまったみたいだ。


「今日は山での討伐だから、お留守番だ」


 顔を撫でながらなだめてやると、不承不承とでも言いたそうにため息をついてから納得してくれて、そのまま二度寝体勢に移行した。その様子が人間染みていて何だか可笑しくて、俺はもう一度オディゴの頭を撫でてから庄を出た。


 ふり返ってオディゴを見ると、上体を起こしてこちらを見送ってくれている。それがなんでかとてもかわいくて、帰ってきたらしっかりと構ってあげようと思えた。


「なんっつーかその……余裕ですね」


 庄を出て、山へ行く道すがら、感心したような困惑したような顔でタイラーさんがこっちを見ている。


「そうか? 至って普通なんだが……」


「いや、あの、戦いの前に普通なのが凄いんじゃないですか?」


「そうだろうか? 俺としたらこう上手いこと気持ちを高ぶらせて、敵に力も技も心もぶつけてぶっ倒したり、気持ちで実力以上のナニかを引き出して格上を倒すジャイアントキル方がもっとすごいと思うんだが」


「そ、そんなことが出来る方もおられるのですか……」


 タイラーさんが驚いたように目を丸くした。その顔つきはライラそっくりで、親子なんだなと実感できる。


「まあ結局、俺には戦うことくらいしか人より優れた部分がないからな」


 前世の知識で内政チートとか技術チートに挑戦したけど全部に失敗したし。


「いやぁ、そんなことはありませんって」


 カラカラとタイラーさんが笑う。


「黒騎士様ほど勇敢で、お優しくて、その上礼儀正しい御方なんざぁ、探すのも難しいと思いますぜ」


「そんなものかな」


「そんなもんでさ」


 話をしているうちに、山の麓についた。空は段々と黒が薄れて紫に、地平線の向こうは白く輝き始めて、もう間もなく夜が明けるのだと思わされる。山からは鳥のさえずりが響き渡り、もう森の中では生き物が起き始めているのだと察せられる。


「ここからは俺が前に行く。タイラーさんは後ろから行き先を指示してくれ」


「わ、わかりました」


 タイラーさんの指示に従って俺は山の中に分け入った。行く道は狭い獣道だ。剣を抜いてなた代わりに藪を断ち切り、盾で広げて無理矢理に押しとおっていく。ふと気になって後ろを振り返ってみるとタイラーさんは余裕を持って歩けている。


 そこでようやく、この道もアルスクサイズなのだと気がついた。


「人類に色んな種族があるってのもちょっと考えものだな」


 この世界でユニバーサルデザインを考えるには、まずサイズの違いをどう克服するかが壁になりそうだ。


 そんなことを考えながら歩いていると、山のてっぺんが見えてきた。


「もう少しで、やつの巣が見えてくるはずです」


 タイラーさんがそう言った、まさにその時だった。


「ケェエエエ!!!」


 ひときわ大きな鳴き声が響き渡る。同時、バッサバッサと大きな羽音が上空を近づいてくるのが聞こえた。


「ひやっ!?」


 タイラーさんが縮こまってその場に伏せるのが見えて、俺はその近くまで下がり空を見上げた。


 頭上には木々が枝を張り巡らせていて空の割合は少ない。その少ない空を大きな影が覆っている。


「……あれ? 思っていたよりでかいな」


 上空を飛んでいるというのに、そのシルエットは半端なくデカい。両翼を拡げれば十メートルは優にあるんじゃなかろうか。それに足も太い。片足で人一人は持ち上げて空を飛べそうな印象がある。


「ケェエエエエエ!!!」


「ひいいっ」


 フォルタビウスは大きな声で鳴きながらこちらの頭上をくるくると回っている。これ以上、巣に近づかないように威嚇しているのだろうか? それならば、やることは一つに絞られるので大層ありがたいのだが。


「とりあえず、確かめてみるか。タイラーさん!!」


「はい!? 何でしょう?」


「ここから巣までの道順を教えてくれ!! こっちから仕掛ける!!」


「へ、へい!! このまままっすぐに進むと大岩が見えてきます。その大岩から右に行くと斜面が緩やかになるところがありまさぁ。やつの巣はそこにあります!!」


「ありがとう!!」


 俺は、一気に駆け出した。


「フォルタビウスが俺を追って離れたら、そのまま下山して逃げてくれ!!」

 

 返事は、聞かなかった。なぜなら、狙い通りにフォルタビウスがコチラを追ってきてくれたからだ。


「クケェエエエエエ!!!」


 威嚇しているにも関わらずさらに近づいてきた俺に怒っているのだろう、今まで以上にけたたましいフォルタビウスの鳴き声がしたかと思うと、羽音が、消えた。


 マズい!!


 俺は直感にしたがって足を止めて、盾を頭上に構えた。見上げれば、大きな影が俺を目掛けて突っ込んできている。


 フォルタビウスが上空から急降下攻撃を仕掛けてきたのだ。


 鋭く大きなかぎ爪が盾をわし掴みにしようとかかってくる。俺は咄嗟に盾を滑らせるようにフォルタビウスの後ろ向きについた指を打撃して逃れると、フォルタビウスはそのまま羽ばたいて急上昇していった。


 さっきまでは大きな羽音がしたというのに、仕掛けてくるときも上空に逃れられる時も、一切の羽音が聞こえなくなった。


「さっきまでバサバサと羽音をたててたのも威嚇の一環だったわけか」


 羽音と鳴き声で縄張りをアピールして、こちらを遠ざけようとしていたのだろう。


 だが、今は一切の鳴き声も羽音もさせていない。


「つまり、こっちを狩る気でいるってことか」


 ならば作戦は成功。このまま巣へと向かい、まずはタイラーさんが無事に下山できるようにフォルタビウスを引き付けなければならない。


 だから、走った。走って、走って、後方から奇襲を喰らいかけてスっ転んで回避した。立ち上がって、走って、大岩を右に曲がって、頭上から攻撃してきたので盾でぶん殴った。そこからまた走って、走って、走った。


 すると、斜面が急に緩やかになった。高原とまではいかないけれど広く、平らで戦うには丁度いい舞台だ。


「ここなら!!」


 思う存分に戦える。そう思った瞬間、前方にフォルタビウスが急降下して姿を現した。


「何だ!?」


 爪やくちばしを使ってこちらに直接的に攻撃を仕掛けてこずに、わざわざ目の真に現れたことに不気味さを感じて、俺は咄嗟に盾の影に隠れた。


 フォルタビウスは大きく翼を広げてそして、羽ばたいた。


「うぉっ!?」


 空気が一塊の砲弾になって飛んできたような圧力が盾を襲い、ついで木々の枝がこちらへと吹き飛んでくる。


 ばさ、バサ、バサっ、バサッ、と羽ばたきの音が徐々に強く、速く響くようになると、俺はもう、吹き飛ばされないように踏ん張ることしか出来なくなる。


 そして一瞬の無音と共に、フォルタビウスが矢のようにこちらへと飛来してきた。さっきまでの羽ばたきで得た力を一気に使ってこちらへと飛び込んできたフォルタビウスを俺はそのまま盾で受けた。


 盾の表面を斜めに撃ち当てて、槍を逸らすときの要領でそのまま、フォルタビウスを空へと無理矢理打ち上げる。


「なんて破壊力だ」


 盾の表面がひどく抉られて大きな傷になっている。それに盾を持っていた左腕も痺れて力が入りつらい。


 さて、どうしたもんかとフォルタビウスを見上げていると、また何度も羽ばたき始めている。しかし先ほどと違って、こっちに風圧が来ていない。


 ならば、新しい攻撃かもしれない。


 俺は一気に足に力を溜めて後ろに跳び退るとそこに、トスっと軽い音をさせながら何かが突き立てられた。


 羽根だ。鋭い羽軸を持った羽根がこちらを狙って雨のように降ってきた。


「チィッ!!」


 羽根は俺を追いすがるように次々に地面へと射ち込まれていく。足を止めるとそれに射抜かれてしまうので、俺は逃げ回りながら左腕の回復に努めた。


 盾を持つ握力は最低限に、腕の力は完全に脱力させて、俺は左腕の痺れが取れる時間を足で稼いだ。


 その間にもフォルタビウスは徐々に高度を下げながらこちらを狙ってくる。


 それでも一向にあたらないことに痺れを切らしたのか、フォルタビウスが大きく翼を開いて上昇するとこちらへと急降下してきた。 


 両肢のかぎ爪を開いてこちらを引き裂こうとする一撃。


 対して俺は、それを迎え撃つべく足を止めた。左腕はまだ使い物にならない。盾を掲げるならば出来るけれど、それで上手く防げるかは別問題。だからこそ、俺は剣に賭けた。


 上空から飛び掛かってくるフォルタビウスを前に、俺は呼吸を整えた。ゆっくりとタイミングを計って、そして、飛び込んだ。


 狙いは、尾羽だ。両のかぎ爪が背中を掠る。それでもその下を潜り抜けて、俺は剣を振り、尾羽を斜めに斬りつけた。


 すると、フォルタビウスは見事にバランスを崩してしまい、近くの木々にその身を打ち付けた。


「ざまぁみろ、だ」


 ようやく一矢報いてやったことにスカッとした俺は、一度身体の具合を確認していく。左腕はもうそろそろ回復しそうだし、さっき背中を掠ったのも皮膚には届いていなさそうだ。


 見ればフォルタビウスも大したダメージが無いように起き上がった。


「クケェエエ!!!!」


 翼を広げてこちらを威嚇してくる。が、どうやら羽根を飛ばしすぎでもしたのか随分と後ろが透けて見える。どうやら、フォルタビウスも結構無茶をしながら攻撃を仕掛けてきていたらしい。


「クケェエエエエエ!!!」


 再度の吠え声と共に、フォルタビウスの身体が光り始めて、そして。


 羽根が綺麗に生え換わった。古い羽根はその場で全て抜け落ちて、新しい羽根が翼には揃っている。尾羽もそうだ。折角傷を付けたというのに、もう新しいものになっている。


「マジかよ……」


 俺は愚痴を垂れながらもしっかりと盾を構えた。

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