第18話 祭りの喧騒

 フォルタビウスを倒して、俺は狼煙を上げてデヴォンから小人アルスク達の応援を待った。成人したアルスクが二十人ばかり何台もの荷車を持ってやって来て、その場でフォルタビウスを部位ごとに切断して荷車に載せる。さらにヤツが撃ち掛けてきた羽も目一杯集めて、最後は卵も回収して山を下りた。


 デヴォンに帰り着いたのは、日が暮れかけた頃だった。そこから庄は一気に活気に満ち溢れた。


 フォルタビウスはさらに素材として使えるようになるまで解体されて、各素材はより分けられて作るもの毎に纏められていく。


 夜を迎える少し前にゴアヴェラ商会の使者が庄に到着したのだが、幾ばくかの食料を手付と称して持ち込んで来ており、それをロバートさんに提供してすぐにすっ飛んで帰っていった。


 何でもフォルタビウスの卵を買い付けるには手持ちの金や準備が足りていないらしく、一度王都まで戻らないといけないとのことであった。


 食料が持ち込まれたことで庄は一気に祭りのようなムードに包まれた。広場では炊き出しが始まり誰も彼もが陽気に歌を歌いながら作業を始め、男も女も手に道具を持ってそれぞれに商品を作り出していく。


 数人で話をしながら羽ペンを作る年嵩の女たち。ラメラーパイソンの革でバックや財布を作る壮年の男たち。大所帯で羽毛を詰めて布団を作る若手たちに、オディゴの馬鎧を造る熟練した職人たち。矢羽根や箒なんかも作られている。


 そんな庄の興奮をよそに俺は早々に眠りについた。


 そして翌朝。庄ではまだまだ興奮冷めやらぬ様子で朝日が顔を出しているというのに誰も彼もが大騒ぎで食事を摂って、仕事をして、疲れた者は眠り、誰も彼もが楽し気に過ごしていた。


 俺はそんな輪の中に入って朝食を貰い、ボーっとそうやってはしゃぐデヴォンの風景を眺めていた。


 やがて太陽が完全に姿を現したころ、俺はロバートさんに一声かけてから庄を出た。その足で、地面に残る痕跡を辿りながらあるところまで向かう。山の斜面にぽっかりと空いた大きな穴。ギガスアントの巣穴だ。


 高さと幅がともに二メートルを超える大穴に近づくだけでワッとギガスアントが湧き出てくる。それを蹴飛ばし、踏み潰し、切り裂きながら奥へ奥へと進む。地面の中だけあって少し暑苦しい。それでもあちこちに換気孔を掘っているおかげか息苦しさは感じない。


 そうして百以上のギガスアントを打倒したところで、ようやくお目当てを見つけた。ひときわ大きな姿をした女王クイーンだ。威嚇してくるソイツの頭を斬り飛ばし、魔石を回収していたところで、入り口から声が聞こえてきた。


 デヴォンの自警団や猟師衆が手伝いに来てくれたのだ。彼らの到着は一足遅く、目標は撃破していたのだけれど、魔石と使える外殻や顎部分の回収を手伝ってもらえたのは非常に助かった。


 またも荷車一杯に戦利品を積み込んでデヴォンに帰ると、庄はすっかり静まり返っていた。さすがに昨日の夕方から騒ぎ続けていたのも限界だったのだろう。今は疲れ果てて寝てしまったのだとライラが教えてくれた。


 そして次の日、今度はゴブリン退治をしようとねぐらを探し当てたのだが、既にもぬけの殻だった。作りかけの粗雑な石斧や食べかけのギガスアント、どこかから奪ってきた鉄製の農具や錆びた剣など明らかに生活をしていた跡は残っている。


 だがどこにもゴブリンの姿はなかった。おそらく、フォルタビウスが山に来たことで女王とともにどこかへ逃げていったのだろう。


 仕方ないのでデヴォンに引き返すと、祭りの準備の真っ最中だった。どうやら昨日まで夜通しで作っていた商品の何割かを近くの街まで売りに行っているみたいで、帰りには食料を買って戻ってくる予定らしい。ということで、今ある食べ物を全て使い切るつもりで広場で準備を進めているんだとか。


 そんな準備の真っただ中でも職人連中は手を止めずに商品を造り続けているらしい。特にテレンスさんの働きは、よく分かっていない俺ですら凄まじいものだと感じられるほどだ。オディゴの鎧をメインで作りながら、他の職人から試作を持ってこられれば改善点を指摘し、ほんのちょっとの空き時間で売り物を作り上げる。武術で言えば達人の域に届いている。


 その仕事ぶりを眺めているところで、ロバートさんに出会った。ゴブリンの巣が既に放棄されていると伝えたところ、大層驚いた様子で、若い者に何か指示をして早馬を出していた。


 どうやら近くの街に、ゴブリン退治の依頼を取り下げに行かせたみたいだ。ギガスアント退治の依頼は商品を売りに行った行商人に任せていたみたいだが、まさか、俺が昨日の今日でゴブリン退治にまで手を出すとは思っていなかったらしく、ちょっと慌てていた。


 「しかし、まあ、その……何ですな、黒騎士殿は戦うのがお好きなので?」と人の頭の中を蛮族かのように心配していたのできっちりと否定しておいた。が、納得いかないようにしているのはどうしてだろうか。


 そんな話をしているところで、庄に王都からの早馬が着いた。どうやらゴアヴェラ商会の主、オム・ゴアヴェラ本人がフォルタビウスの卵の鑑定と買い取りのため、直接飛竜艇でやってくるらしい。


 そこからはもう大忙しだった。


 飛竜艇から降りてきたゴアヴェラさんが商会の魔導師とともに卵を鑑定したところ生きているのが分かり、買い取りから報酬の取り分だとかの話になって俺まで話に巻き込まれてへとへとになった。


 そうこうしているうちにオディゴの鎧が完成したとテレンスさんに言われて見に行ってみれば、頭には甲羅素材を使った兜、胴体には蛇皮の小札こざねと羽を重ねた軽くて動きやすそうな鎧を身に纏ったオディゴの姿があった。


 馬鎧はオディゴの青毛とそっくりに黒く塗られており、遠目で見るとオディゴが大きくなったようにも見える。


 オディゴに近づくと、どうやら不満が溜まっていたらしく、“走らせろ”とばかりに俺に催促してきた。仕方ないので、そのまま庄の周りをぐるっと走りながらギガスアントの生き残りを処理して、オディゴの気が済むまで付き合うことになった。


 庄に戻ってきたときには既に大宴会が始まっていた。オムさん達―ゴアヴェラさんから直接呼び方を訂正された―もすでにアルスクの輪に交じって酒を酌み交わしている。


 俺のところにも色んなアルスクの人が礼を言いながら酒を注ぎにきた。中には作った羽ペンや布団、甲羅で出来たインク入れや蛇皮の財布や道具袋を持ってきてくれる人もいて、俺としてはありがたい反面、ちょっと申し訳ない気持ちになる。


 そんな中で最後にやって来たのが、ライラだ。


「どうしました黒騎士様? なにやらお困りのご様子ですが……」


「よく鎧兜越しにそこまでわかるな」


「いえ、まぁ、何となく。黒騎士様ってすごくこう、動きに感情が出ますから」


「そんなにわかりやすいか、俺?」


「まあ、そうですねぇ」


 にへらっと、崩れた笑い方。どうやらライラも相当に酔っているらしい。


「そうだなぁ、困っているのは困っている。が、困っていないんだ」


 きょとん、と首を傾げた姿が何だか可愛らしい。


「こうやってたくさんの贈り物を貰えたんだ。これで困るということはない。ないんだが……果たして俺はそれに見合うだけの働きをしたのか、と困惑している」


 ああ、とライラが納得したように声を挙げて、そして。


「そんなの、考えたって意味ないですよ」


 ズバッと悩みをぶった切られた。


「贈り主のみんなも、『この程度のもので黒騎士様へのお礼になるのか』って悩んでたくらいなんですから。だから、黒騎士様は喜んで受け取ってください。あ、足りないって言うなら話は別ですよ?」


 そんな風に言われると、俺からは何も言えなくなってしまう。


「黒騎士様がそれでも悩むというならぼくが保証します。黒騎士様はここにある贈り物にふさわしい働きをしてくださいました! いや、むしろ贈り物の方が足りないくらいです」


「だが……」


「私たちが“足りない”と思っている気持ちと、黒騎士様が貰いすぎだと困惑している分、それを相殺して今回の分はこれでつり合いが取れたってことで、納得してもらえませんか?」


 そこまで言われると、ストンと折り合いがついた。まだ貰いすぎかもしれないという思いはある。それでも。


「そういうことならしょうがないか」


「ええ、しょうがないです」


 俺は手にしていた杯をライラの方へ向けると、ライラも察したのか自分の杯を手に取った。


「「乾杯」」

 

 何に対してかは分からない。それでも俺とライラは杯を合わせて、余計なことを考えずに祭りの喧騒を楽しむことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る