第14話 デヴォン
ルロイの言う通り、アルスクの庄であるデヴォンには昼をやや過ぎたころに到着した。
休憩なしで急いだので本来ならもう少し早く昼前には着くかと予想していたが、思わぬ邪魔が入ったのだ。
結構な大きさのヘビだ。全長で言うと大体八メートルはあるだろうか。
人種でさえも丸呑みに出来るほどのヘビではあるが、この世界のヘビはこれくらいが普通の大きさだというのだから笑えない。
令和の日本では、動物園でもお目にかかれない。いや世界全体で見てもここまでのデカさのヘビは数年に一度クラス、いやギネスにだって載れるかもしれないサイズかもしれないのに、この世界ではありふれたサイズなのだ。
ほんの少し前、街道から外れてもうすぐデヴォンに着くといったところに、このヘビは草むらの中に潜んでいた。俺は全く気が付かなかったがオディゴがヘビを見つけて足を止めてくれたのだ。
ルロイ曰く、ヘビの皮はその特徴的な鱗模様が貴族の、特に女性の間で人気で財布や鞄として加工できるらしい。
そんなことを聞いてしまったら、狩らないわけにはいかなかった。
オディゴから降りてヘビに近づいたところ、どうにも動きが鈍かった。よくよく見ると胴の真ん中あたりが大きく膨らんでいて、食後の休憩中だったようだ。
こちらを威嚇するように牙をむけるヘビに対して、俺はその目の前で盾をチラつかせるとヘビは上手いように挑発に乗って盾に噛みついた。その瞬間に剣を振るって首を落とし、呆気なく狩りは終わった。
しかし、ヘビを回収して馬車の上に引っかけるのに少し手間取って結果としてデヴォンに着くのが遅れたのだ。
デヴォンに住むアルスクの反応はそれは大きなものだった。庄の周りは遮るものの無い草原だ。向かってくる馬車はよく見えたのだろう。到着したときには庄のあちらこちらから小さな人影が顔を出してはこちらを見つめ、まるでこの間のフェルケイロンを討伐した後の凱旋通りのような光景がここにはあった。
「
その中で白いひげを蓄えたアルスクが一人こちらに歩み寄ってきた。
「はい!! お土産も!! たんまりとあります!!」
ひげの声に応えるように俺の横、馬車に乗った
ん、ちょっと待て? なんでルロイはライラって呼ばれて返事をしたんだ? ルロイはルロイだろう?
混乱した俺が軽く首を振って考えていると何かを察したルロイがこちらを見た。
「あ、え~と、すいません。ルロイは行商人として舐められないように男の名前を名乗っているだけで、ぼくの本名はライラって言います」
ルロイは本当はライラで、ライラは女の子の名前で……つまりルロイは女の子だってことか!?
本気で驚くと同時に心底から湧き上がる罪悪感に、俺は慌ててオディゴから降りた。
「ごめん!! 全然気づかなくてごめん!!」
深く深く頭を下げて謝るとルロイ、もといライラはからからと楽し気に笑いながら。
「いえいえ、むしろ気づかれないようにしていたので!! むしろ、今まで気づかれなかった方が嬉しいです」
むん、と自慢げに胸を張った。
「して、ライラこちらの御方は……?」
その言葉にライラは胸を張ったまま得意げな顔で。
「こちらにおられますのが西方の大亀魔獣フェルケイロンを討伐された張本人にして、これよりあの御山に住み着いた怪鳥を討伐してくださる御方、黒騎士様です!!」
おおっ、と周囲からざわめきが広がっていき、集まってきた人の目がどんどんと期待の色に染まっていく。
そんな光景の真っただ中にいる俺は、何故こんな辱めを受けなければならないのかを真剣に考えている。半分以上は自業自得だし、自分からやっていることではあるが、これには到底慣れることはないんじゃないかと思えてしまう。
しかし、ただ一人、白ひげのアルスクだけは真っ青な顔になっている。
「ライラ、お前、そんな金がどこに……」
わなわなと震えて今にも泣きだしそうなその男に俺はゆっくりと声をかける。
「気にしないでくれ、俺が名誉を求めてルロイ、いやライラを道案内に雇ったんだ。討伐を終えた後で金を請求したりはしない。むしろこちらが報酬として素材を引き渡す方だ」
周囲にいたアルスク達は思いっきり盛り上がってまさしく狂喜乱舞といったありささまになった。あちらこちらで若いものから老いたものまで踊りだし、歌いだし、ついには家まで酒を取りに行った者までいた。
「静まらんかぁ!!!」
だがそんな狂騒も、白ひげの男の一言でピタリと静まった。というかこんな小さな身体のどこからあそこまでのバカでかい声が出たんだろう。兜ごしだというのに耳がキーンって鳴っている。
「コホン、失礼いたしました。騎士様」
咳ばらいを一つしてこちらをしげしげと眺めてくる。
「私はこの庄を取りまとめていますロバートと申します」
胸に手を当てて貴族式の礼をしてくるロバートさんに合わせて、俺もつられて貴族式で返した。
「おお、ずいぶんと堂に入ったご様子で」
俺の礼の仕方を一つ見て、というより装備品なんかも見ていたんだろうけれど、ロバートさんは何かを感じ取ったのか、それ以上は何も聞かずに馬車の上へと視線を映してくれた。
「つかぬことをお伺いいたしますが、あのラメラーパイソンを仕留められたのは?」
「俺だ。当座の宿代と魔物討伐の間オディゴを預かってもらう手間賃代わりに狩ってきた」
という建前にしておいた方が、ロバートさん達も受け取りやすいだろう。
「なるほど、そういうことであれば」
深く頷いたロバートさんが何人かの名前を呼んでラメラ―パイソンと呼ばれたヘビを馬車から降ろしていく。
「ラメラーパイソンの鱗に皮、肉といった素材はありがたく頂戴します。しかし、魔石にあってはお帰りの際にお持ち帰りくださいませ。当方には過ぎた品で御座いますので」
ああ、あのヘビは魔物だったのか。どうにも地球にいた生き物に似ていると魔物か普通の動物か、いまいち見分けがつかなくて困る。フェルケイロンくらい信じられない大きさになると一応分かるんだけれど、今回のラメラーパイソンは頑張れば地球にもいそうな大きさなのがいけない。
「わかった、それで頼む」
ちょっと余計なことを考えてから返事をしたのがよかったのだろうか、ロバートさんは満足したように頷いてくれた。
すると、ロバートさんはすっと息を吸って真剣な表情に戻してからライラの方を見た。
「それでライラ、頼んでいた素材の件はどうなった?」
ライラはちらっとこちらを見てから
「えっと、素材を取り扱っているゴアヴェラ商会から取引を持ちかけられちゃいまして、ぼくには判断できないことなので一度持ち帰って検討すると伝えています」
その言葉を聞いて、ロバートさんは白いひげをいじくりながらに少し考えていた。
「わかった、その話は職工たちを集めてから改めて聞かせてもらおう」
そう言ってロバートさんはライラからこちらへと視線を移してきた。
「このようなところでの長話、大変失礼を致しました。ライラ」
「はい」
「黒騎士様を北の
「はい! あっ、馬車の中の食糧は黒騎士様ので、素材については色々あるので使わずにお願い」
「……わかったから早くしなさい」
ロバートさんがやや頭を抱えるようにしてライラを促していた。
「それでは黒騎士様、こちらです」
俺はオディゴを降りたまま手綱を持ってライラの後に続いた。
アルスクの街は何もかもが小さなサイズで一階建ての屋敷なんかは俺の背丈とそう変わらない高さしかないし、二階建ての建物もジャンプすれば屋根に届きそうなほど。まさしく“こびとのくに”に迷い込んだような気分だ。
そんな小さな世界の中にあからさまな異物が一つ。北にデンと構える大きな建物群だ。あれが、ロバートさんの言っていた客館なのだろう。
「ああ、やっぱりあれ、目立ちますよね」
見上げていると、ライラがこちらに気づいたのか小さく笑っていた。
「この庄にも夏ごろには
なるほど、と俺は思わず感心した。あれだけのサイズ感が違う建物を街中に建ててしまうとどうしても日の当たらないところが多く出来てしまう。それを防ぐための工夫だったのか。
「では、こちらにどうぞ」
ライラが館の扉を開けてくれたので、俺はその中に入って、兜を脱いだ。
「あっ……」
小さくこぼれたその声に、俺は取り返しのつかないことをしてしまったことに気が付いた。
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