第13話 商談

 翌朝、宿には一週間分の食糧がそれも二人分、さらには干し草やリンゴまでもが届けられた。おそらく、閣下が気を利かせてくれてルロイやオディゴの分まで用意してくれたのだろう。


「く、黒騎士様、これは!?」


 宿に迎えに来てくれたルロイが目を剥いて驚いていたので一旦落ち着かせて。


「昨日の話をさる御方にしてみたら、魔物を討伐するまでの間の食糧について用意してくれたんだ。気にせずに食べてくれて構わないと仰っていたからありがたく頂こう」


 俺が馬車の荷台、その奥の方に食料だなんだを放り込んでいくと、ルロイが慌てて手伝ってくれる。小さな身体で力強いわけでもないというのに一生懸命に働いているその姿はどこか微笑ましい。二人で力を合わせれば、荷物を積み込むのはわずかな時間で済んだ。


 そこからはまずゴアヴェラ商会へと向かった。ルロイの本来の目的である、金目のものを売って、亀の素材を手に入れるためだ。


 だがここで予想外のことが起きた。ゴアヴェラ商会の頭目オム・ゴアヴェラその人が俺たちを待ち受けていたのだ。それも開口一番に「子亀の素材であれば、これこの通りご準備していました。こちらには売りようが無かった端材の数々、そしてこちらにはいくらか融通が利きます素材を幾つかご用意させていただいています」と向こうから申し出てきたのだ。


「あ、あの、こんなにたくさあっても、そのお支払いすることが……」


 驚くを通り越してパニックになったルロイが何度も頭を下げてゴアヴェラさんに謝っている。だが、ゴアヴェラさんの方はと言うと余計に笑みを強くしながらルロイと視線を合わせるように膝をついた。


「いえ、こちらも黒騎士様のお知り合いの方から事情についてはお伺いしております」


 百パーセント閣下の事だろう。というかあの人以外にいない。


「なんでも、南にあるアルスクの庄では食べるものにも事欠き、資金についても充分ではないとのこと、ですので今回はお代は頂きません」


「ダメです!! そういうわけにはいきません!! 代金もなしに商品を受け取るなんて絶対に出来ません!!」


 お代は頂かないというゴアヴェラさんの言葉に、ルロイは大きく首を横に振りながら拒否の言葉を叫んだ。


「いえいえ、何もこちらは無償で譲ると申し上げているつもりは御座いません。お代、つまりお金は頂きませんが、ちとお願いしたいことがございます。今回の素材はその先渡し、いや、依頼料と思っていただけませんか?」


 ピタリとルロイの動きが止まった。それを交渉の開始だと受け取ったのか、ゴアヴェラさんは一つ咳ばらいをした。


「我らゴアヴェラ商会は魔物の素材をもっぱらに扱っておりますが、それだけのもの。加工品を造る工房や組合に伝手が無く大量の素材を持て余すこともありまして、そこで大口の取引先を探していたのです。そこに、あなた様が現れた」


「ぼく達の庄をその取引先にしたいと言うことですか」


 真剣なまなざしになったルロイにゴアヴェラさんが「左様にございます」と頷いた。


「アルスクの手で作られる様々な装飾、木工、織物に革製品、どれも精巧で非の打ちどころのない製品と聞き及んでおります。その技術を出来ればわたくしどもに貸していただきたい。これはそのための付け届けというものでございます」


「残念ですが、ぼくにはそんな大きな話を纏める権限がありません」


 危険、と判断したのだろうか、ルロイは鋭い目つきで言い放った。


「なるほどそれは確かに、あなた様は商人。こと技術に関するお話となるとそれこそ庄の代表者とせねばなるまいかと」


 しかし、ゴアヴェラさんはというとにこやかな笑顔を崩すことなく話を続ける。


「故に、ここから数日の後、我らもアルスクの庄へと赴き、直接交渉させていただければ、というのが私からのお願いでございます。その際にも何かしらの手土産をお持ちしますので、今日のところはこちらを受け取っていただければ、と」


 むむむ、と唸るようにルロイは悩んでいる。こういう交渉事と言うのは俺にはよくわからないが、相手の思惑や、お金の話、それに今後の交渉についてなんかを考えると、簡単に受け取ったりしてはいけないものなんだろう。


「なあルロイ、受け取ってもいいんじゃないか?」


「おお黒騎士様」


「し、しかし黒騎士様」


 ゴアヴェラさんが嬉しそうに、ルロイが困ったように声を挙げたのを聞いて、俺はとりあえず思いついたことを言ってみた。


「とりあえず受け取って、そのあとの庄での交渉が上手くいかなかったらお返しして、持って帰ってもらったらどうだ?」


「く、黒騎士様?」


「そ、それは……」


 今度はゴアヴェラさんも困ったような声で俺の名前を呼んだ。ルロイはまだ何かを考えているようだ。


「あとはそうだな……そのまま返すのがダメでいくらか上乗せしなくちゃいけないって話なら端材の方を加工して、何かの商品として作り上げて渡せば手間賃分で相殺できるんじゃないかと思うんだが……」


「「……」」


 一瞬、場に沈黙が満ちた。


 門外漢の俺にはその辺の商慣習について疎いので本当にただ思いついたままの提案をしてみたのだが、これはもしかすると失敗だったか?


「そう、ですね」


 一番最初に口火を切ったのはルロイだ。


「ここで長々とお話をしても結論はでませんので、今回はサンプルということでそちらの素材をお預かりさせていただきます」


「おお! では!!」


「ですが!! こと商談に関しては先程も申し上げました通りぼくでは何も決められません!! なので、ぼく達の庄にお話をしに来ていただきたく思います」


「ええ、ええ、かしこまりました。それでは、今日のところはそういう形で」


 ゴアヴェラさんが差し出した手をルロイが取って、ここに一つの約束が生まれた。


「じゃあ、素材を積んで出発しようか」


 早速、素材を荷台に積み込もうとしたところで、ゴアヴェラさんとルロイの二人から止められてしまい。荷物はその間に、ゴアヴェラ商会の人たちが手早く積み込んでしまった。


 それからようやく、俺たちはアルスクの庄を目掛けて出発した。


 正門から南へと延びるピウス街道をルロイの乗る馬車を先頭にひたすらに進んでいる。オディゴも今回の旅程が普段の散歩とは違うことを感じ取っているのか、むやみに走りたがったりはしていない。


 どうやら、馬車と共に行くことが長旅になると理解しているようで水辺の近くにくると足を止めてこちらに休憩を促してくれるのだから、本当に頭がいい馬だ。もしかしたら単に自分が休憩したかっただけなのかもしれないが。


 それでも、馬車を牽く馬が水を飲み終えるまで自分は立って待っているし、水を飲む時も一気にガブガブと飲むんじゃなくて、時折首を上げてちゃんと辺りを警戒しながら飲んでいるのだから、色々と考えてはいるんだろう。


 ルロイはというと、はやる気持ちを必死に抑えているようだった。


 おそらくは一刻も早く庄に戻りたいのだろう。気が付けば手綱を動かして馬を先へ先へと進ませようとしていた。そのせいで最初の休憩までの間に馬がだいぶ疲れてしまっていたようで、その後は無意識に手綱を動かそうとした瞬間に気が付いて手を止めていたのだけれど、ずいぶんとため息をついていた。


 俺はと言うと通常運行だ。道中にギガスアントやゴブリンが見えれば狩って魔石や使えそうな素材をはぎ取ってしまい、残った部分については放置した。


 本来なら焼くなり埋めるなり処分するのだが、今は旅の途中、街道から離れた場所まで縄でくくってオディゴに引っ張てもらい、適当な林を見つけてはその中に放り込んでおいた。


 こうしておけば、他の魔物が街道沿いに出てくることを少しは押さえてくれるだろう。


 そうして二日を野営で過ごした朝方に、ようやく俺たちはアルスクの庄があるアッピア平野へと到達した。


 街道沿いでよく見かけていた林はもはや彼方にしか見えなくなり、あるのは見渡す限り一面の草原だ。


「ぼく達の庄はあそこ、ここから南に見える山の少し手前にあります」


「つまり、あの山に鳥の魔物が巣くっているわけか……随分と庄に近いな」


 遠くに見えているせいかもしれないが、山の手前というよりも麓と言った方が表現的には正しいような気がする。


「ああっとぅ、ぼく達アルスクからするとそこそこ距離はあると思うんですが、黒騎士様のような、その、汎人フムス森精人エルフの方からすると近いのかもしれません」


「なるほど」


 しまった、ついつい俺の基準で考えてしまったが、そもそもアルスクとオレ達では背の高さが違うから、距離の感覚が違うのか。そこまでは考えていなかった。


「このままいけば今日の昼過ぎには庄に着くと思います。頑張りましょう!!」


 その声は俺に向けての言葉でもあり、馬車を牽く馬に向けての声でもあったようだ。現にほら、ルロイの馬が気合を入れたように嘶いている。


「こっちも頼むよ、オディゴ」


 首筋を撫でながら声をかけると、任せろとばかりにオディゴがこちらを見た。


「そういえばルロイ、庄の名前は何というんだ?」


 今更になって聞いていなかったことを思い出した俺が聞くと、ルロイは満面の笑みで。


「デヴォンです!!」

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