第10話 小人族《アルスク》の行商人

 火が消えかけて匂いが薄くなった頃合いを見計らって俺は穴を埋め戻すことにした。待っている間に拾い集めた小石を穴の中にばらまいて水をかけたうえで、その辺にあった木の棒でかき混ぜる。その上に土をかぶせてもう一度水をかける。


 これが故郷でのやり方だった。


 俺はしばらく待っても穴のあったところから煙が漏れ出てこないことを確認してから、オディゴに跨り王都へと戻ることにした。


 思わぬホームシックで俺の心が弱っているのに気が付いたのか、それとも待っている間が退屈だったのだろうか、オディゴがやたらと走りたがってチラチラとこちらを窺いながらもステップを踏む。


 その様子に少しだけ元気をもらった俺はオディゴの首筋をポンと軽く叩いた。


「……行こうか!」


 言葉と同時オディゴが駆け出し、俺は手綱を振るった。風を切って走るオディゴの背の上にいると悲しさも苦しさも怒りも全てが一気に流れ落ちるような気がして、残ったのは暖かな思い出と懐かしさ、そして何が何でも家族の下に帰りたいという決意だけだ。


 そこまでを思っているとフッと笑いが込み上げてきた。だけ、だなんて言いながらもなんと多くの物が残っているんだろうか。


「ふっ……ははは」


 オディゴの背で笑うと、また一つオディゴが速度を上げた。それがオディゴなりの慰めなんだと思って、俺はオディゴに合わせるようにその背を押していく。


 気が付いた時には、もう王都を囲う城壁が見えてきた。


 あっと、思い俺がゆっくりと手綱を緩めたところで、ぐいぐいとオディゴが手綱を引っ張った。


「なんだよ? まだ走り足りないのか?」


 オディゴに語り掛けると、違うとでも言うように嘶いてオディゴは少しだけ進路を右へ右へとずらしていく。


 視界の中に駆け込んできたのは、ナニかに追い立てられるかのように全速で走る馬車だ。


「……オディゴ!!」


 ゴメンという気持ちと、頼むという願いを込めて名を呼ぶと、オディゴがそれに応えてさらに速度を上げてくれる。


 風が痛いほどに鎧の表面をなぞり、兜が無ければ目も開けてられないほどの強風が吹いてくる。


 狭まった視野の奥の方、走り逃げる馬車の向こうに見えたのは、粗末な武器を持った小鬼たち。


「ゴブリン!!」


 粗末な石製の武器と襤褸ぼろのような毛皮の鎧を身にまとい、暗緑色の肌をしていて額に角を生やしている、子供くらいの背丈の小さな鬼だ。前世に見たファンタジー作品で出てくるのと驚くほどに合致しているその姿はこちらの世界でもポピュラーなものだ。


 コチラの世界でも鬼種の魔物の中では最弱の存在、ではあるものの変成して様々な上位種へと進化していくうえに、どんな環境でも適応して人類の敵となるため最悪の鬼と呼ばれることもある。


 特に面倒なのがその繁殖力の高さだ。こいつらは蟻や蜂と同じで女王が子供を産んで増えていくタイプなのだが、この女王が複数いる多女王制と呼ばれる社会を構成しているらしい。女王が多いということはそれだけ増えるのが早く、餌が多いなどの理由で繁殖が上手くいくと蟻よりも早く数が多くなると言われている。


 が、いかんせん弱っちいので他の魔獣のエサになることも多い。


 ということは、ゴブリンをほったらかしにしておくとゴブリンをエサにしようと他の魔獣まで集まってきてしまうということで、本当に人類にとって厄介極まりない存在なのだ。


 なのでゴブリンは見つけたら殺す。それくらいの気持ちでいかなければ後々に大変な思いをすることになる、と俺は小さなころから散々言い聞かせられてきた。


 馬車が目の前を横切って逃げていき、俺とオディゴはその後ろで大きく方向転換してゴブリンの群れへと突っ込んだ。


 何匹かのゴブリンが足を止めて武器を弓に持ち替えると、前衛役のゴブリンがけたたましく喚きながらその手に持った武器を掲げて突撃してくる。


 俺はオディゴの手綱を握ると軽く腰を浮かせて立ち乗りの姿勢になる。オディゴもそれでこちらの意図を察してくれたのか、自分でタイミングを計ってくれる。


 そして、跳び越えた。


 前列のゴブリンたちは大きく武器を振り回したがオディゴには傷一つ付いていない。俺は、というと、オディゴがジャンプするのに合わせて体重移動をするのに精一杯になっていた。


 そのままオディゴは華麗に着地を決めると、すぐ目の前で矢を番えていたゴブリンを吹っ飛ばした。


 俺はオディゴの負担にならないように上手く体勢を整えた後でオディゴから飛び降りて剣を抜いた。


 慌ててこちらへと矢を向けたゴブリンを斜めに斬り落とし、続けざまにオディゴへと狙いをつけている一匹を下から斬り上げた。もう一匹の弓持ちはその頭蓋をオディゴが踏みつぶして倒した。


 残っているのは前列のゴブリンたちだけだ。


 大急ぎでコチラへと引き返したゴブリンたちの真正面で俺は盾を構えた。オディゴは走り続けたままゴブリンたちの後ろへと回り込もうとしている。


 その動きにゴブリンたちの反応が分かれた。俺から目を離さないやつとオディゴへと目移りしたやつにだ。


 俺は一気に距離をつめて一番手近にいたゴブリンを切って捨てるとオディゴに気を取られていたやつがコチラへと視線を戻した。ソイツの腹に盾を叩きこんでやって隣のやつにぶつけてやる。すると周りの何匹かをまきこんで盛大にスっ転んでしまい、その上をオディゴが踏み抜けた。


 残った四匹はその光景と悲鳴に気を取られてしまったのか、こちらから目を離してくれたのでその隙に全員を切り伏せた。


「意外と呆気なかったな」


 全部で十匹を越える程度の小規模な群れだったとはいえ少しは手こずるかと思ったのだが、どうやら杞憂だったようだ。


「これもお前のおかげだよ、ありがとうオディゴ」


 こちらに近づいてきたオディゴを撫でてやりながらそういうと、オディゴの目がそれだけでは足りないとばかりに俺の目を見つめてきた。


「わかったわかった、しばらくは食事にリンゴと、あとはニンジンもつけようじゃないか」


 そこまで言うとようやく満足したのかオディゴは嬉しそうにステップを踏んで王都へと向き直った。


 そちらからやって来たのは先程まで逃げていた馬車だ。荷台には衛兵が何人か乗っていてその後方から騎馬隊も追いかけてきている。


 やがて馬車を追い抜いてかけてきた騎馬の男がこちらを見て戦いが終わったのを察したのかゆっくりと速度を落として近づいてきた。


「やはり、黒騎士殿であったか」


 すっと、こちらがお辞儀をすると部隊長らしき男が敬礼をしてくれる。それにもう一度頭を下げることで答礼の代わりにすると、向こうは笑って。


「名や身分を隠すのはわかるが、まさか顔まで徹底して隠すとはな、余程探られたくない何かがあると見える」


 いえ、こんな目立つ格好で黒騎士だなんて呼ばれるのは素面じゃ出来ないだけなんです。


 そんな本心を正直に言うことは出来ず、俺は困ったように俯いた。


「はっはっは、別に咎めているわけではないさ。黒騎士殿はここ最近、街道に出る魔物を退治してくれていると聞く。それほどまでの腕を持つ男がどうしてこれまで無名だったのかと色々考えられて楽しいくらいだ」


 からからと機嫌よさそうに笑う部隊長はサッと馬首を王都へと向けると。


「とりあえず、我々騎馬隊はこのまま王都へと戻るよ。ゴブリンの死骸については後からくる馬車に頼んで乗せてもらうといい」


 そう言ってこちらに手を振ると、騎馬隊は息の揃った動きで一斉に王都へと向かって行った。その姿で何かを察したのだろう。馬車に乗っていた衛兵たちもさっと荷台から飛び降りて城壁へと歩いて戻っていく。


 そして騎馬隊が歩いて帰っている衛兵と合流したところで、一瞬、馬の速度を緩めると、衛兵がサッとその後ろへと飛び乗って二人乗りで帰っていくのだ。


「おお! 格好いい!!」


 人馬一体というよりも、まるであの部隊が一つの生き物の様に歯車がかみ合っている。ああいうのを見ると自分も部隊を率いてみたいと思うようになる。


 とはいっても、現在の俺はただの無職なのだが。


「あ、あの!!」


 現実に黄昏ていたところで、近くまで来ていた馬車から声が響いた。御者台にいたのは未だ子供にしか見えない小柄な人物だ。


「あの、その、あの、あ、ありがとうごじゃいます!!」


 思いっきり噛んだな、今。現に、目の前の子は顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。


「す、すいません」


「いえ、おかまいなく」


「その、黒騎士様ですよね!! 今、王都で話題の!!」


 今度はこっちが真っ赤になる番だ。本当に顔を兜で隠していてよかった。


「ぼ、ぼくは小人族アルスクのルロイと申します」


 アルスク! と聞いてようやく俺は目の前の子が小さなことに合点がいった。アルスクは背丈が小さく力が弱い代わりに手先が器用なことで有名な人類種の一つだ。アルスクの多くは金細工作りや機織りなどでその器用さを活かしているが、中にはそうして作られた製品を売り歩く行商人もいると聞く。


「故あって名は明かせません、申し訳ない」


 非礼を詫びると、ルロイは大きく手を振りながら。


「いえ、そんな気にしないでください。何か事情がおありなのだろうと察せますし……」


 ルロイの視線がちらちらと盾の表面と剣の柄を行ったり来たりしている。うん、気になるよね。こんなにわかりやすく紋章を削り取って黒塗りしてたり、装飾削ってたりしたらそりゃね。俺でも気になるもん。


「と、とりあえず、ウチの馬車にゴブリンの死骸を積み込みましょう」


「かたじけない」


 厚意に甘えて、俺はゴブリンの死骸をルロイの馬車に積み込ませてもらうことにした。馬車の中には半分ほどしか荷物が積んでおらず、かなりガラガラだ。その半分にルロイが大きな茣蓙ござを敷き、そこに死骸を重ねて茣蓙で包んだ。


「そ、それでは行きましょうか」


 馬車の準備を終えたルロイが御者台に戻って馬車を走らせる。俺はオディゴに乗って馬車に合わせるように歩いていく。


 すると、御者台にいるルロイが何度も何度もこちらを見ては口を開こうとし、それを途中でやめて、またこちらを見て、と繰り返している。


 ああこれは何かあるな、そう気づいたけれどもここで聞きだすのもどうだろうか。ひとまずは王都へ入り、ゴブリンの遺骸を処理してから夕食に誘って……いや俺、顔出せないから外食できないんだった。


 はあ、と一つため息をつくとルロイがこちらから顔を逸らした。


 さてどうやって話を聞きだしたものか。

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