第11話 後払い

 結局、何も妙案は思いつかないままゴブリンの処理が終わってしまった。いや、なにもしなかったわけではないのだ。


 ルロイと一緒にゴブリンの死骸から角と魔石を回収していた時だって、こう世間話と言うかそれとなく話を聞き出そうとしていたのだし、それ以外の死骸を焼却炉まで捨てに来た今までだって、ルロイと楽しく話をしていた。


 なんでもアルスクの民と言うのは、ドワーフから金や銀といった金属や宝石類を、エルフからは木材や染料を、人間からは食料や綿花を仕入れて、装飾品や家具、織物や衣服に小物、さらには酒といった幅広い工芸品や加工品を造っては売りさばく生活をしているらしく、今回ルロイは俺が倒した小さい亀の甲羅を買い付けにやって来たとのこと。


 ルロイが俺のことを王都で話題になっていると知ったのも、この甲羅の件で情報を仕入れていたからという理由があってのことだという。


 しかし、そこまでは話をしてくれても、肝心要かんじんかなめの部分、つまり“俺に言いたいこと”を何時まで経っても口にしてくれないのだ。


 さっきまでの会話でも意を決して口を開こうとして、すぐに閉じてしまった。


「あ、あの黒騎士様……」


 ちょうど今みたいな感じだ。こうして俺の名前を呼んではくれるのだけどそこからが続かない。


「どうかされたか?」


「あ、いえ、その……特に何でもないんですが、」


 ほら、まただ。こうしてこっちから促してもルロイは口をつぐんでしまう。


 もういっそシンプルにこっちから話題を切り出そうか? いや待て、もうすこし時間をかけた方がいいか?


「く、黒騎士様にお助けいただこうと思えば、その、どれほどおつつみしたらよろしいのでしょうか……」


 おつつみ? どういうことだろう? 助けてほしいというのに関係するのだろうか? ということは報酬のことか?


「それは、報酬として、ということでよろしいか?」


 なんとなく聞き返したところで、ルロイの顔が真っ青になった。


「いえ、これは、その、あの、決してですね黒騎士様のことをお金で動くと思っているわけでも、侮っているわけでもなくてですね、その純粋な興味と言いましょうかなんと言いますか……」


 これでようやく合点がいった。どうやらルロイは俺に何かをしてほしいが、その対価にお金を渡すということを一部の騎士が毛嫌いするのを知っていて、上手く切り出せなかっただけの様だ


「別に俺は金銭で動くことを汚らしいとは思っていない。それよりも、何か事情があるのだろう? まずはソッチを教えてくれないか?」


 目線を合わせて、というよりもこっちが一方的にルロイの目を見て言うと、ルロイはなんとも晴れやかな表情になった。


「く、黒騎士さまぁ……」


 いや、パッと嬉しそうな表情になってくれたのは俺としてもありがたいというか喜ばしいのだが、なんでそこで半泣きの表情になる。


「じ、実を言うとですね。ぼくの庄、あ、えっと、つまり、ぼく住んでいるところはですね、王都から南にいった平野にあるんです。その近くの山にですね、最近、ゴブリンの群れが住み着きまして」


 ふむ、ここまでは良くある話だ。多女王制のゴブリンの群れの中で新しい女王が生まれると、その女王が群れから何匹かを引き連れて旅に出て新たな巣を作るか、別の群れに合流するという。今回は、ルロイの庄の近くに営巣したのだろう。


「そしたら、元々その山にいたギガスアントと縄張り争いをするようになりまして」


 ああ、たしかにギガスアントはどこにでもいるからなぁ。


「その両方を食べに他の魔物が集まって来てですね」


 あるあるだな。だから村や街近くの魔物の巣は見つけ次第に潰し出さないと。


「最終的に、山に大きな鳥の魔獣が巣を作りだしてしまったんです」


 あれ、もしかして最近魔物が活発化してるのって、これが原因なんじゃないだろうか?


「ちなみに、その庄はここから遠いのか?」


 俺の問いに、ルロイは考えるまでもなく。


「いえ、馬車で三日程の距離なのでそう遠くはないはずです」


 馬車の一日の平均移動距離は確か大体五十キロメートルくらいだ。これは人間と荷物も込みだからやや遅いと考えて、荷物も何も持たない魔物の足なら一日もあれば王都までたどり着けるかもしれない。


 ということはこれはほぼ間違いない。今回の騒動はそのゴブリンとギガスアントの縄張り争いに端を発した一連の動きが原因だ。


 思わず頭を抱えそうになった俺を見て、ルロイが少しだけ不安そうな顔をした


「す、すいません、こんなことをお話して」


「ああいや、いい。いいんだが……もう魔物への対処は始めているのか?」


「は、はい! 庄の代表がお金を出して冒険者ギルドに依頼したので解決するのも時間の問題だと!」


 ふむ、それならいい……はずなんだが、どうしてルロイは俺を動かそうとしていたんだろう?


 そう疑問が浮かぶということは、きっとルロイは何かを隠している。


「それだけか?」


「え、ええ、その時に冒険者ギルドへの依頼の相場ってやつを勉強しまして、それで、その黒騎士様ほどの実力者ならどんだけお金を積まなきゃいけないんだろうってつい、好奇心で……」


 あはは、と申し訳なさそうにルロイが笑ってごまかそうとしていた。でも、俺が質問したときビクッとルロイの肩が跳ねたのを見逃さなかった。


 だから俺は片膝をつき、目線の高さをルロイに合わせてもう一度聞いてみた。


「本当にそれだけか? 本当に俺に何か頼みたいことはないのか?」


 ぼろぼろと、ルロイの目から大粒の涙がこぼれた。


「あの、その、実は……」


 ルロイが泣き止んで話し始めるのを俺はジッと待った。


「去年の秋、ぼく達の庄では大不作で食べるものがほとんど取れなくて、冬越えの為に庄のみんなでお金を出し合って食料を買い集めたんです。そして冬の間、ぼく達は寝る間も惜しんで商品を作って、それをようやく売り始めてお金が手に入って、またみんなが食べるものを買い集めようとしていたんです。でも……」


「今回の騒動が起きた、と」


 こくんとルロイが頷いた。


「それでまたみんなでお金を出しあって冒険者に依頼をだそうと思ったけど、鳥の魔物を倒す依頼はとてもじゃないけど依頼料が高すぎて、ギガスアントとゴブリンの巣を駆除する依頼はなんとかお金が足りたから依頼したんですけど、鳥の魔物がいなくなるまで受けてくれる冒険者はいないだろうって言われて……」


 ずびっとルロイが鼻をすする音が聞こえた。


「仕方がないからみんなひもじいのを我慢して、もっとたくさん商品を作ってお金を稼いで、鳥の魔物をやっつけてもらおうって……」


 ルロイがまっすぐに俺を見た。


「そんなときに王都の近くでフェルケイロンっていう大きな魔物とたくさんの亀の魔物やっつけたって、小さい甲羅なら安い値段でも買い付けられるって聞いて、みんなの家の中にある金目のものを集めて売って、それでまた装飾品を作って売ればって」


 ルロイの目からまた涙が流れた。


「そのときに、黒騎士様のお話を聞いて、それで、黒騎士様なら、あの鳥に勝てるんじゃないかって、でも……」


「俺を雇うのに金が無くて、それで言い出せなかった、と」


 こくりと頷いたまま、ルロイは下を向いて震えながら泣き続けた。


「ルロイ、少し聞きたいんだがいいか?」


 声をかけてもルロイは顔を上げなかった。いや、上げれないのだろう。


「もしもその鳥の魔物を倒したら、その羽根は装飾に使ったりできるのか?」


 震えが、止まる。


「いや、俺が覚えてるだけでも矢羽根に使えるし、羽ペンなんてのもあったな。あとは服や寝袋、布団なんかにも使えていたか?」


 バッとルロイが顔を上げた。


「く、黒騎士様、いったいなにを……」


「いや、なに、俺はちょうど手柄を欲していたところなんだ。最近ではこの王都近辺で魔物が活発化していたのをどうにか解決したいと思っていた」


 大嘘である。今、適当に考えている。


「な、なるほど。いや、しかしそれが……」


 不思議そうにルロイが首を傾げているのを見て、俺はさてここからどう話を繋げようかと頭をフル回転させる。


「ここ最近でよく見かけるのはギガスアント、それからルロイを追っていたゴブリン。こいつらの巣が王都の近くで見つかったという話は聞こえてこない。ならば、どこか遠くの巣から流れてきていると思っているんだけど……おや? どうにもその二種が住み着いている山が王都から馬車で三日ほどの距離にあるとさっき話できいたような?」


 その声に、ルロイの目になみなみと涙が集まってきた。どうやら俺が言いたいことに気が付いたらしい。


「ぼく達の庄の近くです」


 ルロイの肩が先ほどよりも大きく震え始める。


「おお! そうか! ではルロイ、その山まで案内をしてもらえないだろうか? 俺が君を雇うとしよう」


 そう言うとルロイは涙を堪えるかのように上を向いた。


「報酬は……そうだなぁ、俺もそうそう金を持っていないから、代わりと言ってはなんだが」


 俺はそっとルロイの頭を撫でながら商談を持ちかけた。


「後払いになってしまうが、鳥の魔物の死骸を丸々でどうだ? 羽なんかはアルスクの民には良い素材になるんじゃないかと思うんだが?」


 握手を求めるように右手を差し出すとルロイの両手がギュッとキツく握りしめてくる。


「はい!! ありがとうございます!!」


 ルロイはもう、泣かなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る