第9話 まさかのホームシック
フェルケイロン討伐から数日の間、俺はと言うと随分とノンビリした時間を過ごすことが出来ていた。と、いうのも王都に来てから今までが忙しすぎたのだ。
バカ王子の護衛から始まり、決闘騒動、謹慎期間は暇を持て余していたがこのときは心休まるときはなかったので除外。それから王城に連れていかれた日に、その後の一週間では、引っ越し、身分はく奪刑に関する宣誓書の署名、新生活の準備等で目まぐるしく動き続けなければならなかった。
しかし、今はそうではない。
辺境伯閣下との約定のもと、俺は王都に慰留されていることになったので、住まいは辺境伯閣下が領から連れてきた部下を泊まらせるのに使う高級な宿を用意してくれているし、すぐに取り掛からなければならない仕事もない。
唯一問題なのは人前に出るときには顔を隠さないといけないことぐらいだ。
おかげで外食にも行けないし、買い食いも出来ないし、ぶらっと街歩きすることも出来ない。
それでも、今の俺には楽しみがあった。乗馬だ。
俺の初めての愛馬、オディゴはとてもよく訓練された軍馬でかなりの体力を持ち合わせているようだった。大亀を討伐して王都に帰還した翌日、一日中ずっと宿の厩舎にいたところ、暇を持て余し、運動が出来ずにストレスを溜めたのか馬房の柵を蹴り飛ばして破壊してしまったのだからかなりのやんちゃでもある。
それでもこうして一日に一回、王都の外まで出て軽く走ると満足するようなので、俺は周辺の魔物討伐も兼ねて午前か午後のどちらかはこうして乗馬に勤しむことにしている。
これが、たまらなく楽しいのだ。
最初の頃はただただオディゴにお願いして乗せてもらっているだけだったのが、徐々にお互いがお互いのことを分かってきて息を合わせることができると最高の
気分になれる。今もそうだ。
ぐんぐんと手綱を押すように手を動かしてやるとオディゴの身体が前へ前へと走りだし、風がすごい音を立てながら通り抜け、景色があっという間に移り変わり、そして世界が広く、それなのに近く、まるでどこまでだって行けそうな気分だ。
やがて、思うがままにオディゴを駆けさせたところですっと手綱を押す手を緩めるとオディゴもゆっくりと速度を落としていき、やがて止まった。
俺がサッとオディゴの背から降りると、オディゴはこちらに向き直って顔を軽く引っ付けて甘えてくる。上手く走れた時は大体こんな感じだ。そんなときに頭を撫でてやったり、ブラッシングをしてやると気分が良くなるのか帰りの時も気分よく戻ってくれる。
が、上手く走れないと、「もう一本」とばかりに帰るのを拒み、走りたがるのだから困ったところもある。
今日は会心の走りが出来たことでオディゴの気分もかなり良い。こういう日には魔物退治が
オディゴに跨った俺は街道沿いを中心に広い範囲を探していく。どういうわけかここ最近、王都周辺で魔物が活発化していて特に街道近くでの目撃情報が多々あるからだ。
そんな中でもよくよく見かけるのが。
「見つけた、ギガスアント」
名前の通り、巨大なアリだ。大きさは大体三十センチメートルくらいで外皮は黒く硬く、軽い。獰猛な性格の上に、雑食性なので家畜から畑から荒らしまわってくれるうえに、人間まで襲うのだからたまったもんじゃない。さらに数が多く、群れで動き、素早く、完全な駆除がしづらいという人類への嫌がらせのような存在だ。
「行くぞ!! オディゴ!!」
手綱を振るえば、オディゴが一気に駆け出した。
オディゴは軍馬として訓練を受けていて魔物に怯むことはない。全速でギガスアントの群れを一直線に突っ切って行き、道中のギガスアントを文字通りに踏みつぶして蹴散らした。
いかに大きいと言えどアリはアリだ。全速で走る軍馬に踏みつけられ、蹴飛ばされればそれだけで致命傷になる。
がそれでも片付けることが出来たのは群れの中でも一部だけ。未だ多くのギガスアントは健在で、その大多数が逃走を始めている。
その中でも残って
俺とオディゴは大周りで反転すると兵隊ギガスアントがこちらに攻撃を仕掛けようと向かってきていた。
バッとオディゴから飛び降りた俺はちょうどオディゴに跳び掛かろうと肢を止めた先頭のギガスアントを踏みつぶし、そのままもう一度跳んで後ろのやつの頭を縦に切断する。
すると残ったやつらもオディゴではなく俺に標的を定めて一斉に跳びかかってきたので、迷うことなく一番近くにいた奴の懐に飛び込んで下から串刺しにする。
串刺しになったやつの身体を切り裂くように剣を引き抜く途中に襲ってきたやつは盾で殴り殺し、足下を狙ってきたやつは下顎を思いっきり蹴りぬいてやる。ついで後ろから首筋を狙ってきたやつを引き抜いた剣で切りつけて、まだ生きていた足元のギガスアントを刺し貫いて殺す。
そこまでを終えてあたりを見回したところで、オディゴの近くに三匹のギガスアントの死骸が転がっていた。どれにもきっかりと蹄のあとが残されていることからオディゴが戦って踏み殺したか蹴り殺したのだろう。
かっぽかっぽとご機嫌にこちらへ向かって歩いてくるものだから俺からも歩み寄ってギュッとオディゴの首筋を抱きしめた。オディゴもそれを拒まず寄り添うようにおとなしくしている。
「よしよし、良い子だ。後でリンゴを買ってやるからな」
そう誉めながら撫でてやると、リンゴと言う言葉に反応したのかやたら嬉しそうに前脚を動かすものだからなんだか少し面白くなって俺は少しだけ笑った。
「おっと、ほのぼのしている場合じゃない。ギガスアントの後始末を急がないと」
放置しているとこの死体を狙ってさらに大きい昆虫型の魔物や肉食の魔物が現れることが多い。だからこそこういった街道近くで魔物を倒したときはすぐに処理するか、匂い消しや魔物避けを使って大急ぎで王都まで持ち帰らなくてはいけない。
俺はそこらに散らばったギガスアントの死体を一カ所に集めるとすぐさまその外皮をひっぺがし、胴体の中央に収まっている魔石を取り出した。
魔石は手のひらサイズの小さなものなのでそのまま鎧の中にしまい込む。外皮は持ってきていたロープでくくるとオディゴの背中に引っかけて持ち帰ることにした。残った部分は軽く地面に穴を掘った上でそこに入れて、焼いた。
異臭があたりに立ち込め始めると同時、オディゴがサッと風上の方へと走っていく。俺も我慢できずにオディゴの方へと逃げ出した。
もうもうと黒い煙が空へ上るのを見ながら、俺はなんとなく故郷のことを思い出していた。
開拓村ではギガスアントの群れはしょっちゅう、というよりも毎日のように見かけるもので、慣れた大人たちがあっという間に蹴散らしては村の外れでこうして使わない部分を焼いていた。
特に収穫前の時期はギガスアントが村の畑を狙って襲撃を繰り返してくる。それこそ朝から晩までこの煙が村の風下で立ち昇り、臭さに我慢できずに潜んでいた魔物が逃げ出すからそれを狙って狩りをしたり、とそんな光景があったのだ。
「ああ、帰りたいな」
思わず、言葉がこぼれ出た。
今の今までホームシックに成ったりしなかったのにまさかこんなことでなるなんて、本当に自分でも訳が分からない。それでも。
「いつか、絶対に」
帰るんだ。故郷に。家族の下に。
誓いを新たに俺はグッと拳を握った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます