第8話 凱旋通り

 大亀を殺してから二日後、俺はと言うと王都の正門前にいた。


「では、黒騎士殿! 先頭を歩きその武勇をお示しくださるようお願いいたします!!」


 揉み手でこちらにそう強制おねがいしてくるのは、辺境伯閣下が手配してくれた商会の長だ、名前はオム・ゴアヴェラさん。


 俺はその言葉に諦めたように頷きだけを返して、正門から王都の中へと足を踏み入れた。


 オディゴに乗って常歩なみあしでゆっくりと正門から大広場へとつながる凱旋がいせん通りを進むと、街並みのあちらこちらから人がやってきては俺と、その後ろを進んでいく大亀の死骸を見て、大きな歓声を挙げている。


 何故、今、俺がこんな目立ってしょうがない真似をしているか、その原因はちょっとしたお節介だった。


 二日前、フェルケイロンを殺して小川の流れが元通りになったのを見届けた俺は通信魔道具で閣下に連絡を送ったところ、荷馬車を引き連れた一団が一時間ほどでこちらに到着したのだ。


 この集団を率いていたのがゴアヴェラさんだ。


 ゴアヴェラさんは辺境伯閣下から依頼を受けてこのフェルケイロンの素材の回収に来たらしく、「後のことはお任せください」などと言ってくれた。俺からすれば大亀や中小の亀達の素材のことなどはどうでも良かったので「頼む」とだけ言ってすべて丸投げした。


 一番の気がかりはオディゴがどうしているか、だ。頭がいい馬だから逃げて野生に帰ったりはしていないと思うのだが、果たして無事だろうか。そんなことを思っていたところで、視界の向こうから影がこちらに向かって走ってきた。太陽の光にきらめきながらなお黒いその影は近づくにつれて馬の形をとっていく。


「オディゴ!!」


 名を呼べば軽く嘶きを挙げてこちらへとやって来て嬉しそうに頭をこちらに引っ付けてきた。


 安心した俺はオディゴに構いながら素材の回収を待ち、ゴアヴェラさんたちと共に王都へ帰還した。


 その途中で気が付くべきだったのだ。西門ではなく正門に向かっているその理由に。


 正門に着いたところ、ゴアヴェラさんが俺に「それでは支度を整えてきますので」と言ったところでようやく俺は不思議に思い、こう聞いたのだ「いったい何のだ?」と。


 するとゴアヴェラさんはわかっていますよ、とばかりに手の平を向けてこう言った。「いやなに、黒騎士殿は遍歴の身とお伺いしました。斯様に名と身分をお隠しになるお方のお求めになるのは名誉かと……」そこまでを聞いたところで俺の脳内では警報が鳴り始めた。嫌な予感がしていた。


 俺が「ちょっと待ってくれ」と言った言葉を聞かず、ゴアヴェラさんはサッと正門を護る衛兵たちへと話をしに行き、その結果がコレ。


 大物殺しとその遺骸を引き連れての凱旋はこの世界では一つの娯楽扱いだ。


 平和な街中では決して見ることの無い魔物、それもデカいとなれば人々は興味本位でそれを身に集まってきて、しばらくは話題の種になる。


 そのうえで、安全のアピールにもなるのだ。『これだけの化け物が現れたとしてもそれに打ち勝つことが出来るのだ』と。


 同時に騎士や冒険者にとっては自分の実力を喧伝する場にもなる。だからこそ大物狩りを果たしたならば自身の戦果を後ろに従えて凱旋通りを練り歩き、己の実力をアピールするのだ。


 本来なら先頭を歩く俺は兜を脱ぎ、大勢の前で手を振ったりしながら名を売るべきなのだが、身分と名を隠し遍歴を続けている、という建前で遠慮させてもらった。


 裏向きの理由で言えば、顔と名前を知られてしまえば俺が貴族身分を取り戻し、家族の下に帰れなくなってしまうから。


 そして本音を言えば、こんな目立つ格好で顔をさらけ出しながら衆目の目に晒されるのは死んでも勘弁願いたいからだ。


 やがて大広場に着くと、そこにはぽっかりと空いた空間があった。そこに、大亀を載せた八頭引きの大型荷馬車とその他大勢の亀を載せた荷馬車が収まる。


 始まったのは、解体ショーだ。


 まずは中小の亀達が職人たちの手であっという間にバラされていき素材へと様変わりしていく。甲殻、皮、肉、そして魔石。


 意外と血なまぐさく、内臓だなんだが見えるスプラッタな光景だというのにここにいる人々は誰一人堪えることなく楽しそうに声を挙げながら見ている。


 ……マグロの解体ショーみたいなものか?とも思うけれどあれはここまで血みどろではなかったな、と思い直す。


 中小の亀が全て終わったならば、いよいよメインのフェルケイロンの解体だ。


 職人たちが大亀の甲羅と腹甲の間にくさびを打ち込み亀裂を入れていき、やがてバキリと音がして割れたところで、甲羅を木製のクレーンを使って引き上げていく。


 溢れてくる生臭い匂いに顔をしかめる人が出始めたが、会場は大盛り上がりだ。


 なにせ、甲羅を外したところに、ドデカい魔石が鎮座していたのだから。


 すぐさま、職人が大勢集まってきて中に詰まっている肉や内臓を素早くそれでいて丁寧にかき出していくと魔石にクレーンの縄を巻き付けていく。


 そして、大きな魔石が吊り上げられてその全貌を表わしたところで会場のボルテージは最高潮へと達した。


 ゆっくりと魔石が専用のクッションの上に降ろされたところで、俺の手をゴアヴェラさんが引っ張った。咄嗟のことで反応できなかった俺はそのままその魔石の真ん前に連れ出されてしまい。


「このフェルケイロンなる魔獣こそは西を流れる川を堰き止めていた元凶でありました。そして、この魔獣を討伐してくれたのがこの御方、身分を隠し、名を隠し、旅を続けておられる」


 一拍置いて。


「黒騎士殿です!!」


 ワッと会場全体から大きな音が轟いた。それは拍手の音であり、それは足踏みの音であり、それは口笛の音であり、それは囃し立てる声であり、それは栄誉を称える詩であり、それは武勇を敬する鬨であり、それは感謝を伝える言葉だった。


 その数々の言葉に応えるべく俺は軽く手を振り、今日一番の喝采が大広場の全体から巻き起こった。



♦♦♦



「よくぞフェルケイロンを討伐してくれたね。黒騎士殿。貴殿のおかげで、多くの者が救われた。その献身と武勇に感謝を」


 大広場での解体ショーで賞賛を浴びた俺はそのままゴアヴェラ商会の応接室へとやってきた。


 待ち受けていたのは辺境伯閣下だ。閣下は折り目正しく貴族式に礼をするとこれまた礼儀正しく謝辞を述べた。


 それを受けて俺もついつい癖で右手を胸に当て左手は体側に付けて、それで軽く右足を引いた上で深く腰を折り。


「ありがとうございます、閣下。しかし、此度の一件は閣下からのご協力があっての結果であります。閣下の御慈悲がなければこのような誉を得ることはなかったでしょう」


 まるで下級貴族がそうするように返礼をしてしまった。


 まずいと思った時にはもう遅い。


「おお! 一介の傭兵風情とは違うとは思っておりましたが、これ程に洗練された礼儀作法を……」


 閣下と俺の様子を見ていたオムがおべっかなのか本心なのか感嘆した様子をみせている。


「ゴアヴェラ殿、黒騎士殿は諸事情がある身、詮索は無しに頼むよ」


「は……ははっ!」


 すっと膝をついて頭を下げるゴアヴェラさんに俺も心の中で思いっきり頭を下げながら。


「いえ、こちらこそ場を混乱させるようなことをしてしまい、誠に申し訳ない」


 この場にいる二人に謝った。


「貴殿は生真面目だな」


 ふっ、と一瞬だけ笑った閣下はすぐに表情を切り替える。そしてゴアヴェラさんの方をむいて一礼してからソファへと腰掛けると、こちらに向かって座るように手で促す。


 本来なら部屋の主人あるじであるゴアヴェラさんがすべきことなのだが、いかんせん身分差がある。だからといって勝手なこともできないので軽く一礼してから主人の顔を立ててのち上位として振る舞う閣下は、やはり貴族としてかなり素晴らしいお方だ。


「さて、もう時間も遅くなってきているので単刀直入に話を進めようか。ゴアヴェラ殿、今回のフェルケイロンとその配下の素材、どう値をつけるかね?」


「はっ、小さな亀の腹甲や甲羅は装飾品の素材として使えますし、中位のものからあのフェルケイロンの甲羅や皮は武器防具に、肉は食用には向きませんが脂が多いので乾燥させて薪材の代わりとできましょう。これに魔石の分も加えますと……」


 ゴアヴェラさんが脳内で算盤をハジくようにしばらく考えると。


「安く見積もりましても、王都に家を建てられる額にはなるかと」


 思わず表情が歪んだ。兜を被りっぱなしでよかった。もしなければ相当に無様を晒していただろう。


「ふむ、足りぬな」


「いえ、たしかに安くは見積もっておりますが……」


「いや、そうではない」


 閣下が、弁明を始めるゴアヴェラさんを制しながらコチラをじっと見つめてくる。


「オディゴを譲り渡すには少し足りないと思ったのだ」


 明らかに俺に向けられたその言葉に俺はここ一年で一番歓喜した。出来ることなら「マジですか!?」と大声で叫んで今にも閣下に詰め寄って確認したいところだ。


「黒騎士殿、提案なのだが……今日持ち帰った素材についてはこちらのゴアヴェラ商会に売上の二割を手数料として一任、その残りを私が受け取ることとして、代わりにオディゴを貴殿に譲り渡す」


 どうだね? と問いかけてくる閣下に俺は全力で頷いた。声を出せば、思わず嬉しくて叫び出してしまうからだ。


「あい分かった。しかしそれでもオディゴの額には少し足りない。故に、仕事を頼みたいのだが適当なものを探していてね。悪いが、今後しばらくは王都に滞在してもらえないか、勿論費用はこちらで持とう」


 願ってもない条件だ。俺はもう一度頷くと閣下が笑い、ゴアヴェラさんが慌ただしく契約書の作成を始めて、正式にオディゴが俺の愛馬になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る