第7話 フェルケイロン戦

 グッと振り上げられた右前脚が地面を抉るようにして振り抜かれる。


「ぐおっ!?」


 大量の泥や石がこちらへと遅いかかってくるのを盾で防ぐと、次いで逆脚からも同様に土砂の雨が横殴りに叩きつけられてきた。


 ガツゴツコツと様々な音を立てながら盾や鎧の表面を叩いていく土砂に気をつけながらも俺は自分が攻撃できる位置まで無理矢理に足を進めた。すでに、足首が埋まるほどに地面は柔らかく水を含んでぬかるんでいる。つまり、ここで足を止めて土砂に覆われるようなことになると身動きが取れなくなる可能性がある。


 だからこそ、俺は、ゆっくりと前に前に、足を進めて……頭上に影が出来たのに気が付いて、持てる限りの力を使って横っ飛びした。


 それでも、大亀―フェルケイロンの首は器用に軌道をかえてこちらへと向かって来た。


「ちいっ!!」


 その首を不安定な姿勢でも盾で受けきって、その盾を起点に身体を回旋、真横に移動した俺は剣で思いっきり首筋を斬り付ける。


 いい手ごたえで剣を引き抜くも首が太すぎてダメージとしては全然。それでも怯んでくれたのかフェルケイロンは首を思いっきり持ち上げて逃がした。


 ならば追撃、と前へ踏み込もうとしたところで大きな爪がこちらへと迫ってきた。


 もうこんな近くまで―さっきまで盾に隠れるようにして前進していたのと相手が大きすぎることもあっていまいち距離感が掴めていなかった俺は咄嗟に剣で弾こうと試みたが、体重差がありすぎていまいち効果がなかった。


 それでも、躱すには十分。


 スッと横にずれた俺は亀の手が地面に着くその直前に一番端の爪をその根元から斬り飛ばし……そのまますっ飛ばされた。大重量を支えている前脚が落ちてくるというのはものすごい衝撃で、落ちてくる途中の風圧だけでも転びそうになっていたのが着地の衝撃もプラスされて俺は避ける間もなく一メートルは吹っ飛ばされた。


 そこに、首が突っ込んでくる。


 それを転がるように回避したら勢いをつけて起き上がり、軌道を曲げて再度突撃してくるその口先に盾を合わせてカウンター気味に叩き込んだ。


 ガキンっと鈍い音がしてフェルケイロンの首が跳ね上がり、チャンスとばかりに剣を突き込む。


「ヴォォオオオ!!!!」


 これにはちょっとはダメージがあった様でフェルケイロンは遮二無二首を振り回して暴れまわり、俺は好機とばかりに距離を取って態勢を立て直す。


 だが、致命傷にはまだまだ遠かったようだ。フェルケイロンは随分と高い位置からこちらを見下すように見て、少しだけ、後ろに下がった。


 何かある、と感じた俺はすぐさま半身になって盾の内側に身体を隠してけんに徹した。


 直後、フェルケイロンはこちらの両脇から左右どっちもの前脚を突き出してその爪を檻の槍衾やりぶすまの様にこちらを切り裂きにきた。


 一瞬上空を見れば油断せず、今にもかみ砕いてきそうな大亀の視線がそこにある。


「って、ことは……」


 両前脚は牽制、というか布石、本命は頭を使った噛みつきだろうか。いや、もしかしたらそう考えることさせることが目的なのかもしれない。いずれにしても。


「全部対処すりゃ、問題ない」


 俺は構えを崩さずに、フェルケイロンの一撃を待った。ここで前に出たり、後ろに下がるのはアウト。後ろに下がれば首が伸びてくるだろうし、前に出たら巨体が地面に落ちる衝撃が襲ってくる。だからこそ足を止めて、まずは爪撃を崩す。


 左側の爪へと盾を前面に押し出して仕掛けると相手の勢いを殺すことなく、逆に利用してやって地面を飛び立ち、そのまま左手の上へと着地してやる。


 そこを目掛けて亀の噛みつきが襲いかかってくるのを見て、俺は、その場で盾を構えた。


 次の瞬間、足下が、いや、大地そのものが鳴動する。フェルケイロンの巨体全てが地面に叩きつけられたのだ。


 着地の衝撃で腕そのものが揺れ、ついでやってくる地面からの反発で揺れがさらに複雑かつ強力なモノになっていく。


 それを両脚を亀の肉に食い込ませるほどに踏み締めて堪えて、やってきた嘴に剣を振り切った。


「ヴォ!?」


 先ほども盾を叩きつけたその場所に今度は真っ向、上段からの斬り落としを喰らったフェルケイロンの嘴が割れて欠け落ちた。


 が、しかし相手の勢いを殺すことはできなかった。


 思いっきり頭突きをもらう形になった俺はかろうじて盾で受け止めたが、そのまま後方に吹っ飛ばされていく。


 体勢を整えることもできずに背中から落ちてしまうが、地面が泥だらけで柔らかくなっていることから衝撃はそこまででもない。


 視界に捉え続けているフェルケイロンはクチバシを破られたことに困惑しているのか、こちらに追撃をかけてくる様子はない。


 俺はその場で起き上がると軽く飛び跳ねて泥を払い、大きく息を吸って全身に意識を張り巡らせた。


 かなり良い一撃を貰ってしまったが、大きな怪我はなく、痛む部分はあっても動かない部分はないし、血が流れる不快な感じもしない。ならば、まだ戦える。


 だが、それにしても……


「普通、こういう門出の一発目の敵って楽勝できるような雑魚なんじゃないの?」


 そう、前世に見ていたアニメやマンガならあんなカメ如きズバッと一刀両断で斬り伏せてお仕舞いだったはずだ。序盤の敵に苦戦するなんてのは……いや、意外とあったかもしれない。


 まあいい、現状で言うと俺は大の苦戦中。手傷は負わせても打開策はなし。


 それでも。


 いつ以来だろうか、こんなにも何も考えず戦いに集中できるのは。


 いつ以来だろうか、手加減だなんて考えず全力で戦えるのは。


 いつ以来だろうか、こんなにも自由なのは。


 眼前のフェルケイロンは散々カウンターで痛めつけられたのにちょっとは懲りたのか手を出すのを警戒していて動きが無い。


 ならば、今度は


「こちらから!!!!」


 仕掛ける番だ。


 奮い立つ気持ちを抑えきれず、思わず叫んで俺は盾を正面に、剣を下段に構えて一挙に駆け出した。


 それを見たフェルケイロンの目が弓の形にしなって見えたような気がした。直後、眼前では先ほどまで上に持ち上げていた右の前脚を横からサイドスローの様に薙ぎ払いを放ってくる。


 フェルケイロンのやつも爪というでの攻撃ではなく、腕と言う面を使った範囲攻撃の方が効果的だと悟ったのだろう。加えて、自分が散々やられたカウンターでの迎撃とはちょっとは頭が回るみたいだ。


 だが、これくらいなら問題はない。


 デカブツとやりあうとき、大振りの攻撃に対してどうするかなど古今東西で変わることなど無い。


 それすなわち、飛び込み回避!!


 一度軽くしゃがんでから、全身を一直線に伸ばしての低空飛行で、地面と太腕の間を潜り抜けたところで、一回転して体勢を立て直す。


 フェルケイロンも一瞬コチラを見失ったのか、気づいていないように腕を振るった方へと視線が流れている。


 その隙を文字通りに突き込んでやった。


 振り切り、伸び切ったその前脚の根元に思いっきり剣を突き込んでかき回してやり、引き抜いてから今度は別の場所を深く何度も切りつけてやる。


「ヴォ!???」


 激痛でこっちの居場所に気が付いたフェルケイロンが睨みつけてくるも、右腕はもう動かすことは出来なくなっていた。


 まあ軽く考えればわかることだ。あれだけ馬鹿でかい腕を柔軟に動かそうと思えばかなりの力が必要になる。その根元部分で思いっきり筋肉や神経をひっかきまわしてやったのだから、いくら何でもいままでの様に動かすことが出来ようはずもない。


 そして、右前脚が動か無くなればフェルケイロンはもう体勢を支えることは難しい。現に左前脚だけで身体を支えることが出来ずに、身体の前半分を地面に崩れ落としていた。


 それでも、目には敵意の炎が燃えている。


 フェルケイロンは高く持ち上げた首をそのまま鞭のようにしならせてこちらに叩きつけようとしてきた。


 最後の足掻きとでもとれるようなその攻撃を、俺は盾で弾き、剣で切りつけるも、フェルケイロンは攻撃を止めない。


 おそらく、フェルケイロンの方も敗北を悟っているのだろう。それでもせめて一矢報いてやろうとしているのか、それともただただ憤怒に身を任せているのか。


 だから俺はフェルケイロンの攻撃を防ぎながら一歩一歩着実に進み、そして、その首筋に剣を突き立てた。


「ヴィイイイィィッ……」


 声を発した後で、首は力を失って地面へと墜落した。フェルケイロンの目にもはや光は無かった。


 枯れ沢だったほうを見れば、戦っている間にはもう流れが戻っていたのだろう。水が滔々とうとうと流れており、若干土や泥で濁ってはいるもののやがて元の姿を取り戻すだろう。つまり。


「俺の、勝ちだ!!」


 俺以外誰もいない水辺で、バカみたいな大声で勝ち鬨を挙げた。

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