【光の中へ】

 いよいよ運命の日というか、俺の人生が終わる日。

俺は体力温存のため、朝のトレーニングを控えて軽く食事を済ませ、ちょっとソファで横になった。

出発は十時と決めていた。決行は十一時頃と決め、ここから赤坂見附経由で国会議事堂駅まで早くても一時間かかる計算だからだ。

なぜ十一時決行かというと、昼ごはんまであと少しの時間帯は、人は気持ちに若干の油断が生まれると考えたからだ。

少しウトウトとして起き、時計を見ると九時十五分。準備を済ませて予定通り十時きっかりに家を出た。

 全ての荷物を詰み終わり、エンジンを掛けてシートベルトを締め、いざ車を走らせようとすると目の前にりんの姿があった。

俺は始め目を疑い、幻でも見ているのかと思ったが、間違いなくりんだった。

 りんはすぐに車の助手席に乗り込んできた。

「おっす!っていうかどこ行くの?私も連れて行ってよ!」

 俺は何が起こったかと混乱し一瞬言葉も出なかったが、すぐに状況を捉える。

「お前何やってるんだよ!降りろよ!」

 りんは今まで見せたこともない俺の態度に、若干怯んだようにも見えたが引かない。

「やだよ!じゃとりあえず車出しなよ!」

 俺は黙って車を出した。しばらく沈黙が続く。車が十二号線から井の頭街道へ出る頃にりんがつぶやくように言った。

「どこ行くの?連・・・」

「・・・あれだよ。ハローワーク」

 俺が瞬時に考えた嘘。すぐに見破られる。りんが後ろの広げられたダイナマイトスーツを指す。

「じゃあれは何?っていうかダイナマイトじゃん・・・」

「すまん・・・俺はやっぱり生きるのは無理だ」

 りんはすごい大きいため息をついた後に言った。

「やっぱり・・・昨日電話出ないからおかしいと思ったんだよ」

「すまん・・・あれ?今日仕事は?」

「今日は行かないよ・・・」

 今度は俺が大きいため息をつく。

「ダメだって。せっかく掴んだから。近くまで送るよ」

 りんが急にいきり立った。

「あんたが死ぬのに行くわけないでしょうが!だったら私も一緒に死ぬよ!」

 俺が黙っていると、りんが今度はとんでもなく優しい声で言った。

「ねぇ、もう復讐とか辞めてさ、私と一緒に生きようよ・・・連は自分のペースでゆっくり生きればいいからさ。私が全部面倒みるから・・・」

 俺はその言葉を聞き涙がこぼれそうになったが、すぐに今までの自分の行いが早送りのように思い出された。俺はすでに引き返せないとこまで来ている。

「すまん・・・俺はもう普通に生きることは無理なんだよ・・・」

「・・・シャチを殺しているから?」

 俺は驚くどころか背筋に冷たい物を感じ、言葉が出ず運転中だと言うことすら忘れそうになってりんを見た。そして車線をはみ出し、隣の車のクラクションで我に返って、再び前を向き運転を続けた。

 その一連の動きを見て、りんは言った。

「やっぱりね・・・大丈夫だよ。私は連がこれからどうなっても、いつまでも待ってるから・・・」

 俺の目から涙がこぼれた。それはおそらくシャチを殺してから今までの行いの後悔だと言われてもしょうがないが、シャチを殺さなければりんがこのセリフを吐くことはなかった。だからこの涙はりんに対する感謝の涙だと無理に思い込む。

「ありがとう・・・」

 俺はそれだけ言い、後は何も言わなかった。車は井の頭街道から首都高四号新宿線を抜け、外苑で降り国道四一四号から外苑東通りを走っていた。

「っていうか、どこに行くの?」

 りんが聞いてきたが、俺はそれには答えなかった。

そして青山通りから国道四十五号線に入った所でもう一度、りんがどこに行くのか聞いてきたため、俺は「買い物」と一言だけ言った。

そして、予定より三十分くらい遅れた十一時五分に赤坂見附のビルの駐車場に到着。

 りんが「何買うの?」と聞いてきた瞬間に、俺はスタンガンをりんの胸に当てた。筋肉が硬直してりんが悶絶した所で、りんの口に軽くガムテープを当てる。

 りんを車に残して行くと後々巻き込んでしまうと思い、りんの手を縛るのはやめた。そして急いで着替えて準備をした。

準備が終わり、渡せてなかった五百万入った封筒を置き、まだ体の自由がきかないりんに「動けるようなったら、すぐにここから離れろよ。ごめん・・・これで幸せに生きるんだよ」と言って出発した。

りんはずっと「うーうー」と唸り、その目からは涙がこぼれていた。

 地下鉄丸の内線で一つ先の国会議事堂前駅に向かう途中、俺はずっと泣いていた。りんが愛おしくてしょうがなかったのだ。

 正直俺だってできればずっとりんと一緒に居たい。でも俺がりんと一緒に居ることを選んでも、俺は刑務所だ。下手すれば死刑。

自分の運命を嘆いたが、電車が議事堂前駅のホームに着く頃には、どうあがいても自分は人を殺さなければりんとの関係は築けず、元々一般的な幸せを掴むこともできず、今この選択こそが俺の理想の人生だったんだと、心から思うことができた。

 国会議事堂前駅で降り二番出口を上がりきり、時計を見ると十一時三十分丁度。出口前でしゃがみ込み、ちらっと外を見ると人影はなく、通りの向かいに警察の護送車が一台あった。

俺は深い深呼吸を三回して心の中で大きく『行くぞ!』と言って長いコートを脱ぎ捨て、ダイナマイト一本に火を付けて素早く護送車に向かって投げた。

もの凄い爆発音と共に煙が立ちこめる。サイレンが鳴り響き、警官が一気に流れ込んだ。

警官全てが護送車の方に気を取られている隙に、俺は小走りで衆議院南出口に向かう。

一人の警官が燃えた護送車に向かう途中に俺に気づいた。俺はうんも言わせず警官の額に向かって発砲。警官は即死。三人の警官が門の付近に居たので、すぐに三人にも発砲。見事に三人とも倒れた。

そして、門を抜けて一本のダイナマイトに火を付けて後ろを振り向いて投げ、前を向いて衆議院本会議場へと全力で走った。

 背後で聞こえる爆音を背に全力で駆け抜けるなか、俺は顔や全身に心地よい風を受けていた。

 前からものすごい数の警官やら警備員が出て来て、こちらに向かってくる。

色々な表情が視界に飛び込んでくる。狩りをする獣のような顔。俺の体に巻きついたダイナマイトに気づいて目を見開いて驚く顔。自分が死ぬんじゃないかと怯え切った顔。

 多くの様々な顔が飛び交うなかで、俺は体全身に感じる風が中二の頃に受けたあの爽快な風と似ているなと思った。

『やっと全てが終わる。やっと死ねる。最高の気分だ』

 そして、テンションが最高潮まで上がり、俺は飛び跳ねんばかりの勢いで、死という光の中へと飛び込んで行った。

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光の中へ 池口聖也 @seiyaikeguchi

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