【ボスとダイナマイト】

 次の日、朝走りに行ってシャワーを浴び、テレビを付けるととんでもないことになっていた。

 宇川とそのマネージャーが覚せい剤所持と使用で逮捕され、富谷が愛人と思われる女のマンションの駐車場で覚せい剤を大量に打って遺体となって発見されたと、大々的に報道されていたのだ。

 俺は飲んでいたミネラルウォーターを吹いた。

富谷に打った覚せい剤が多すぎたようだ。あのままショックで死んでしまったらしい。

報道によると、今の所警察は両方とも自分たちで打ったとの見解とのこと。富谷は愛人と会う前に、色んな意味で元気付けをしようと覚せい剤を打ったとのことだった。

 時間稼ぎがしたい俺としては、逆に都合がよく動いた。

この大騒ぎを見て俺は、村尾は襲わないことに決めた。これでもし、村尾も同じ覚せい剤で襲うと、さすがに警察も疑うだろうし日本の警察は優秀なので、あっという間に俺までたどり着くだろう。そうなると自分の目的が果たせないまま終わってしまう。

また、村尾みたいな業界のプロデューサーっていうのは柔軟というか、すぐに手のひらを返す奴が多いと聞く。宇川が捕まり村尾の立場も悪くなっているはずで、もしかすると、りんのこともすんなり受け入れてくれるかもしれないと思った。

ともあれ、これでりんの復讐が全て終わったことになる。

とりあえず、俺はスーパーに行って買い出しをし、一人パーティーをすることにした。

 朝ご飯を兼ねて飯を食っていると携帯が鳴った。りんだった。

「もしもしニュース見た?」

 出るなり、いきなり興奮した様子で聞いてきた。

「あぁ、見たよ。凄いことになってんね」

 俺も敢えてテンション高めに答えると、りんは急にテンション押えて言う。

「っていうかさ、これって・・・もしかして連の仕業?」

 俺は相も変わらず何ていう勘だと思ったが、ここは断じて真実は語れない。

「何をおっしゃる。あれだよ?二人とも覚せい剤って話よ?そんなん手に入る訳ないじゃん」

「そうだけどさ・・・」

 りんの疑いは、若干まだ晴れていないようだったので、俺はここで一気に畳みかける。

「っていうか、タイミングよくつけが回っただけだよ。それより結果オーライっていうかさ、まぁ村尾はあれだけど、宇川も多分復帰は無理だろうから、これを機に前に話していた芸能関係の味方になってくれる人に連絡してみなよ。もしかしたら色々助けてくれるかもしれないよ」

「え?何を言って・・・」

 りんにその先を言わさずに、構わず続ける。

「俺はさ、できればりんにも生きてもらって、好きな芸能の仕事に復帰して欲しいわけよ。りんだって、できればこんな復讐に付き合って死ぬより、好きな仕事して楽しく生きて行く方が良いでしょう?」

「そりゃまぁ・・・でも連は?」

「俺は・・・っていうか俺にだって、何か良いことが起こって楽しく生きる選択肢ができるかもしれないしさ」

 それは絶対にないと思いながら、どうしてもりんには生きて行って欲しいとの思いを込めて言った。

「そうか・・・そうだよね。うん。わかった。とりあえずできることをしてみる」

「おうよ。それがいい。それでさ、前に話したお金を渡したいからさ、予定通り明後日一度こっちに来てよ」

 りんはお金は受け取らない主義だからいらないとの一点張りだったが、とりあえずは顔を出すことに関しては喜んで了承してくれた。

 りんが受け取らない主義ならば、俺も絶対に渡す主義なので何とか金は渡そうと思いながら電話を切る。

するとすぐにまた携帯が鳴った。今度は神島からだった。

 出ると神島は珍しく興奮したようすだった。

「もしもし。宇川と富谷の件、お前の仕業なのか?」

 俺は『何だよいきなり・・・』と思いながら言う。

「そうだけど。何で?」

「そうか・・・実はお前に会いたがっている人が居るんだが・・・」

 俺はそれを聞いて、期待した。

「え?何?もしかしてダイナマイト売ってくれる人?」

「ダイナマイトに限らず気に入ってもらえれば、何でも売ってくれるよ」

 それを聞いた瞬間、俺のテンションが物凄い上がる。

「マジで?!会います!いつ?今日?」

「あぁ。今日でも大丈夫か?」

「全然大丈夫!もういつでも大丈夫!今からでもどこにでも行くよ!」

 俺のそのテンションを聞き、神島が呆れたように言った。

「ちょっと待て。お前は本当に・・・」

「何?」

「いや、とりあえずまた電話する」

 神島の電話が切れて俺は思わず「よっしゃ!」と叫んだ。

と言うのも、やはり現実にダイナマイトなんて本当に手に入るのか疑問だったし、手に入らなかったらどうしようかと本気で考え始めていたところだった。それがまさに現実に手に入りそうなのだ。

しかし、神島に紹介される人物に気に入られなければならない。どんな人間なのだろうかと考えたが、おヤクザさんの幹部には間違いないだろうということしかわからず、どうやったら気に入られるのかわからなかった。

 俺はしばらく色々考えてみたが、結局答えは見つからず、素のまま行くしかないと思った。

『それでだめなら、その場で脅かして力ずくで話をつけさせればいい。何せ俺には元々生きるという本能が欠けているし、もう何も縛られるものもないから何をやっても関係ない。だからヤクザだろうが殺し屋だろうが、ビビる必要はない。でも、俺は自分の目的以外では絶対に死なない。死ぬはずがない』

 この最後の自分の目的以外では死ぬはずがないという根拠なき自信は、小学生の時に感じた雷が鳴っても俺だけは死なないというあの時の確信と似ているものがあった。

 しばらくすると再び神島から電話があり、今日の午後三時に新宿の歌舞伎町に来いとのことだった。歌舞伎町のどこだと聞くと、とりあえずその近辺になったら連絡くれとのこと。そして、最後に車では来るなと言われた。俺はそれを聞き、何だか怖いなと思ったので色々と準備をした。

 まず服装はいつもの最高に動きやすい、特殊部隊の黒い軍服の上下にタクティカルブーツ。たくさんあるポケットに警棒やスタンガン、ナイフを仕込んだ。そして久々の電車で、このままの格好だと若干違和感があるので、普通のリュックにキャップを被ろうと決めた。

財布には身分がわかる物は一切入れずに金だけいれて、スマホはパスワードを六桁に設定した。

そして、午後二時過ぎに出発。家から駅まで徒歩で十五分かかるが、準備運動も兼ねて歩いて田無駅に向かった。

電車に乗って田無駅から西武新宿線に乗って約二十分で西武新宿駅に到着。

 改札を出てちょっと歩くと歌舞伎町の中に行けるので、とりあえず改札を出た所で、すぐに神島に連絡し駅を出た所に居ることを伝えた。

「そこで待て」と一言だけ言われて電話を切られ、少々嫌な気分で待っているとフルスモークで運転手がパンチパーマにサングラスと、いかにもという車が目の前に停まり後部座席から神島が出て来た。

俺は車に乗せられ、すぐにアイマスクとイヤーマフを付けさせられた。これから行く場所は知られたくないらしい。

 俺はとりあえず指示には従ったが、視覚と聴覚以外の五感を研ぎ澄ました。ちょっとでも何か変なことされたら、全力で抵抗しようとも決めていた。

 自分の腹時計で三十分くらい経った頃だろうか。いきなりイヤーマフを外されて神島に「俺がサポートするからアイマスクは付けて一緒に歩いてくれ」と言われた。

俺は何か話そうとしたが、それよりも視力以外の五感を研ぎ澄ますことに集中した。

一瞬外に出て何歩か歩かされて階段を下りる。そして一瞬埃のようなにおいがして、ドアが開き部屋に入った。その後、フカフカのソファらしき所に座らされてアイマスクを取られた。

 ゆっくり目を開けると、そこはどこかの事務所みたいなところで、座っているソファをはじめ全ての物が最高級品だと素人目にもわかる部屋。俺の左側に神島が立ち、目の前には白髪でオールバック、髭が渋くてストライプ入りの黒いスーツを着た四十代後半と思われる男が座っていた。

 俺と目が合うと同時に、その男から話しかけてきた。

「あんたがあの宇川と富谷をやった人かい?」

 その声は低く凄みを感じ、俺は普通にひるんだ。

「あっ、はい。国定連と言います。よろしくお願いします」

 俺は緊張のあまりよくわからない挨拶をすると、その男は笑いながら言った。

「まぁそう、しゃっちょこばんなや。リラックスしてくれていい。つっても目隠しと耳栓までして連れてこられたら、しゃっちょこばるか!」

 男がそう言って笑い、神島も笑ったが俺は口角を全力であげるのが精一杯だった。

「俺は伏見だ。ちょっと事情があって初めて会う人間には、この場所は知られたらいかんので勘弁してほしい」

「あっいや全然大丈夫です。はい」

 相変わらず俺の緊張は取れない。

「ところでなぜあの二人をあんな目に遭わしたか聞かせてくれるか?」

 それを聞き宇川と富谷のことを思い出したら、若干緊張が和らいだ。

「あいつらは僕の大事な人間を理不尽に芸能界から追い出したんです。だから僕もあいつらを追い出した。それだけです。あっでも富谷は死なせるつもりはなかったんですけど、量を間違えたのか死んじゃって。まぁちょっとだけ申し訳ないとは思っています」

 それを聞き、伏見はまた笑う。

「そうか。ちょっとだけか。面白いな・・・」

 伏見が若干の間を持ったので、俺はある疑問を正直にぶつけてみた。

「もしかして、あれですか?宇川か富谷があなたと繋がりがあって、僕があいつらをやったことが、まずかったですか?」

「いや、全く関係ない。あの二人がどうなろうが知っちゃこっちゃないよ」

 安心した俺は、一気に踏み込むことを決意した。

「あの、伏見さん。折り入ってお願いしたいことがあるんですが・・・」

「ダイナマイトの件か?神島からちょっと聞いているよ」

 伏見の目が鋭くなってきた。

「そうなんです。もちろん迷惑がかかるので足が付く代物だったら要りません。どこでどう使っても、足が付かないものが欲しいんです」

「うちが用意するのは、足は付かないよ。それよりそれを自分にできるだけ縛って、どこかに突っ込むって聞いたが?」

 この時には伏見の目は完全に暴力団の目になっていた。俺はその目に圧倒されそうになったが、ここでも国会議事堂に突っ込むことを話すのは、やめようと固く決意した。

 なぜなら政治家が暴力団と裏で繋がっているって話はよく聞く話で、俺の計画を知ったら事前に計画自体を潰されかねないと思ったからだ。

「あぁはい。あっでも突っ込む場所は言えないんです。これは僕の命を掛けた最後の戦いで、絶対に誰にも邪魔はされたくないので・・・」

 俺はそう言って伏見の目をまっすぐに見た。『そんな脅しの怖い目には負けないぞ』と言わんばかりに・・・すると伏見は一つため息をついて言った。

「神島から聞いたが、何やらそちらさんがこっちにとって都合が悪いことになったら・・・」

 俺は全部を言わせなかった。

「もちろん、僕を殺してもらって構わないです。どうにでもしてくれて構わない。でもそれが理不尽な理由だったら、僕も全力で抵抗はさせていただきます。誰か一人くらいは道ずれにはできますから」

 いつしか俺も鋭い視線を伏見に送っていた。と思う。伏見はにやりとして言った。

「いい根性してるな。最近では珍しい・・・」

「俺、いや僕はもう命を捨ててますから・・・それだけです」

 伏見はフフフと笑った。

「それで?五十本くらいでいいかな?それ以上は体に括りつけるのは難しいだろう?」

 俺は純粋に喜んだ。

「え?じゃ売っていただけるんですか?」

「あぁ。一本十万。締めて五百万だが」

「全然構いません。僕の気持ちを含めて一千万円払わせていただきます。一千万ならすぐにキャッシュで用意できますので。どうか納めてください」

 伏見は一瞬驚いた表情になった。

「そうか。すまないな・・・じゃあすぐに用意させるから後は全て神島と連絡を取り合ってくれ」

「ありがとうございます。あっそうだ、あと全部をつなげられる長い導火線とかも、お願いしていいですか?」

「わかった。体に巻きつける道具も全てつけよう」

「助かります。ありがとうございます」

 俺は深々と頭を下げた。そして、俺はアイマスクとイヤーマフを付けようとすると伏見が遮った。

「俺はあんたを気に入ったし、信頼した。帰りは付ける必要はない。神島、駅まで送って差しあげろ」

 神島は若干の笑みを浮かべて「はい」とだけ言った。

そして、俺と神島は部屋を出た。

 地下からの階段を上がる際、俺はここはどこだと一瞬興味を持ったが、すぐにその詮索はやめた。それが伏見の厚意に対しての敬意だと思ったからだ。って言っても階段を上がり外へ出ると、そこがどこなのか大体の見当はついた。

 再び車に乗り、走り出す。行きの時とは比べものにならないほど清々しい気分だった。

車中神島と軽くこれからの打ち合わせをし、神島に伏見の前での態度を褒められ、気分良くしながら駅に到着。そして俺は再び西武新宿線に乗り、西東京市へ向かった。

 電車に揺られながら、神島との打ち合わせの内容を復習。おそらくブツは明日の午後には用意できると思うので、それまでに金を用意しておいて欲しいとのこと。受け渡し場所は覚せい剤の時と同様ホームセンターの駐車場。何かあったら遠慮なく連絡をくれとのことだった。

 そして、俺はふと伏見にダイナマイトの他に、導火線やら頼んだ時の伏見の返事が気になった。

『伏見は確か「体に巻きつける道具も全てつけよう」と言った。ということは、体に巻きつける道具ってものが、ドラマや映画の世界だけでなく実際にあるってことで、実際に巻きつけた人間が居たということになる・・・』

 この件について、もう考えるのはよそうと思った。なぜなら、自分から喜んでダイナマイトを大量に体に巻きつける奴は、俺以外に居ないと思ったからだ。

そうこうしていると電車が田無駅に着いた。夕食の弁当と酒を買って帰宅。普通にテレビを見ながら夕食を取り、晩酌を楽しんで寝た。

 次の日は朝一でマラソンと体幹を鍛え、朝食を取ったあと金庫を確認。ダイナマイト代は余裕でありそうだが、一応駅前に行き、降ろせるだけ金を降ろした。

その後、ダイナマイトを括りつけるための服を探そうとタンスを探り、都合よく軍用のメッシュベストを発見。これにダイナマイトをできるだけつけようと思い、その上に着るいつもの特殊部隊のジャケットの裏地にもできるだけ付けて行こうと決めた。

そして、パソコンを起動させて検索サイトで「ダイナマイト 見分け方」と打ち検索。あの二人を疑っているわけではないが、もし偽物で爆発しなかったら全ては水の泡となる。

しかし、調べようと思ってもなかなか確信を得るサイトが見つからない。小一時間粘っていると、あるサイトにダイナマイトの原料であるニトロは砂糖のように甘いということが載っていた。

これだけで本物だとわかるだろうかと考えていると、携帯が鳴った。

 神島からでダイナマイトが用意できたとのこと。午後の二時に環八のホームセンターの駐車場に来いとのことで、俺は昼食を取って現金をアタッシュケースに入れ、午後一時には出発した。

車中本当にダイナマイトという物が自分の手に入るのだろうかという一抹の不安を感じたり、もし手に入れることができたら、その後どうするかなどを考えたりしていた。

そして、一時五十分頃、駐車場に到着。

この前と同じ場所に停めて待っていると、二時きっかりにまたあの軽自動車が入ってきて今度は俺の車の隣に停車した。

携帯が鳴り素早く交換する旨を伝えられ、俺はアタッシュケースを持って軽自動車に乗り込み、神島がそれを数えている間に俺は後部座席にあった段ボールを自分の車に積み替えた。

 俺はすぐに中を確認し、一本だけ持って再び神島の車に戻る。

「確かに間違いなく一千万円受け取った」

「こっちも確かにって、これってさ本物だよね?色々調べたけど本物かどうかの判断基準がわからなくてさ。とりあえず原料のニトロが砂糖みたいに甘いことはわかって、確かに若干砂糖のような匂いがするけど・・・」

 神島は、若干プライドを傷つけられたように言う。

「おいおい、これだけの金を受け取って偽物渡したんじゃ、俺たちのメンツが丸つぶれだよ。それにもし偽物だったら、アジトに乗込んで来ればいい。復讐はお得意だろ?お前はアジトの場所を、もう知っているんだからな」

「そりゃそうだ」

 こうして俺は神島と別れ、西東京市に戻った。

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