第39話 まさか・・・ 11

 「いなくなるとホントに困る」という本気の言葉は、嬉しさとともに酷く申し訳ないことをしてしまったという不安となって、私の中を冷たい電流みたいに駆け抜けた。


 怒涛の如く押し寄せた不安の塊はあまりにも大きく、凍えるほどに冷え切っていて。


 それを何かで包んで溶かしてしまいたくて、私は無意識のうちに、連れに思わず手を伸ばしていた。


 けれど、前にも話した通り、この連れときたら、私に触れられるのを凄く嫌がるんだ。


 「嫌な予感がするんだ。カッコつけないで・・・もっと私を可愛がってやって」


 なんて、ストレートに伝えてみたけれど、心というのは本人の思い通りになるものばかりではないんだろうね。


 そんな要望を連れが突然受け入れられるわけはなかった。


 私の手はやっぱり今まで通りに何度も何度も振り払われ続けて・・・・・・。


 不安を抱えつつ娘を連れて畑を片付け始めてから3日目。

 私の壊れかけの心臓ときたら、やはり怠け癖を出してきた。


 洗濯物を干そうと立ち上がろうとした瞬間。

 顎のあたりがこわばり、胸がつって一気に息がつまった。


 「ヤバい」と思ったけれど、こんな時に限って誰も周りにいなかったりするもので。


 ニトロペン(心臓発作時の薬)を飲んじゃうわけにはいかないし、それに、いつもよりだいぶ症状も軽い。


 落ち着いて(大真面目ですよ 笑)例の推しグッズを引っ張り出し、福山潤さんの三郎ボイスを聞きながら、どうにかそっちに気持ちを逸らしていくと、心臓の奴は徐々に動きを取り戻してくれた。


 けれど、このピンチを乗り越えることができたのは、大好きな推しキャラの力だけじゃなかったんだよね。


 かけがえのない大きな犠牲があったんだ。

 これ以上ないほど最低なことに、私はこの凄まじい不安の塊を、小さな命に引き受けさせてしまってた。


 私の嫌な予感は外れた事がない。


 あんなに一生懸命動いてくれていた、ちっちゃなちっちゃな心臓は、検診の日。

 もう、動かなくなっちゃってたんだ。


 病院のベンチで、ただただ哀しくて。

 だけど、悲しむ資格なんて私にあるはずもない。


 守れなかった。

 守ってあげられなかった。

 私しかいなかったのに。

 私だけがこの子を守れたはずなのに。


 心臓が止まっちゃう時の凄まじい痛みを、私は誰より知っているのに。


 胸が弾け飛んでしまいそうなくらいドロドロした熱の塊がそこで渦巻いているのに、身体は凍えてみっともない震えが収まらない。


 もう戻ってこない・・・小さな家族の成長を楽しみにしながら、跳ねるように学校へ行った子供たちの姿が頭をよぎる。


 どうして!

 どうして私はこんなに、弱い。


 最高に嫌気がさして、湧き出してくるうっとおしい涙を力任せにこすったけど、汚れきった醜い雫は吐き気がするくらい後から後から溢れてきて、どうしたって止められなかった。


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