第38話 まさか・・・ 10

 言伝を頼まれた先生は困り果てた様子でしょげかえっている。


 「僕からさ、『手術や子供の入院なんかがずっと続いちゃってたんだよ。冬の間になんとかしようとしてるみたいだから、そんな冷たいこと言わないでやってくれ』って何度も言ったんだけど。あの頑固親父、全く聞く耳持たないんだ。もしかしたら、いい売却相手が見つかったのかもしれないね。とにかくすぐ完全撤去しろってうるさく言ってきててさ」


 嫌な役を買って出て、知らないうちに守ってくれていた先生・・・ありがた過ぎるでしょう。

 こんな優しい人を困らせるなんて最低だよね。


 私は先生に謝って礼を言った。


 「ありがとうございます。農家の人が畑を荒らされて怒るのは当然だし、よくわかるんで」


 「役に立てなくて悪いね」


 「先生が謝ることなんてないですよ。私ができなかったのが悪いんだから。ホント、すんません」


 私自身、農家を10年以上やっていたから、地主さんの怒りは誰よりもよくわかる。


 例え手放すことが決まっている畑だとしても、たくさんの思い出や、先祖代々守ってきた、形になれない大切なものが詰まってる。

 それをめちゃくちゃにされるのは、酷く傷つくことに決まっているんだから。


 私の頭の中は申し訳なさと、すぐにでもなんとかしなければという恐怖でいっぱいになった。


 とはいえ、4カ月ほど時間をかけてゆっくり戻そうと思っていたなかなかの広さのある畑だ。

 それに、私たちの前にそこを使っていた人が残して行った資材なんかもかなりあるから、即日どうこうというわけにはいかない。


 悩みをスッキリ解決してくれるデカいポッケのついたネコ型のロボットがいてくれたらいいんだけど、非常に残念なことに私の身近には見当たらない。


 この畑の悩みは、かなり深かった。

 あまりの不安から立派な不眠症になって、ちっとも寝ていられなくなってしまったんだ。


 私は自分勝手な人間だから、それまでは結構気を付けてゆるりと動いていたんだけど、とてもじっとなんてしていられなくて。

 それから数日間、激しく身体を動かしてしまったんだよね。


 流産の恐怖に畑の不安と重労働。

 さらには仕事の不安までもがこの時重なった。


 仕事中に何事かあって迷惑をかけることになるやもと何人かの仕事仲間に妊娠にいついて伝えたんだけれど。


 ありがたいことに、私が抜けることに酷く不安を感じてくれた人が、店長を含め数人いてくれた。


 正直言って、私は全く大した戦力になっていないと思ってる。

 だって、握力も身長も小学校中学年なみなんだから、力仕事じゃ役に立たない。


 私のしていることと言ったら、お客さんと楽しくしゃべったり、店のみんなを笑わせたり、手の回っていないところを拾い上げてこそこそフォローしているくらい。


 あとは下手くそで難解なPOPの絵やなんかを描いてお客さんや仕事仲間の首を傾げさせることくらいなんだから、むしろよくクビにならないもんだと思うくらいだ。

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