第40話 まさか・・・ 12

 病院の裏側に回り込み、私は薄暗い壁に寄りかかって携帯を開いた。


 これが夢へ変わってくれるなら、一生悪夢しか見れなくなったってかまわないのに。


 そんな意味のない考えをうすぼんやりと巡らせながら、発信ボタンを押した。


 「もしもし?」


 電話ごしに聞こえる連れの声は、いつもと変わらず静かだ。


 「今、大丈夫?」


 「・・・何があった」


 なるべく普段通りの調子で話したつもりだったけど、きっと声の震えが隠しきれていなかったんだろう。


 連れの声は張り詰めたものに一瞬で変わってしまった。


 「心臓がさ、止まっちゃってた。・・・赤ちゃん」


 「・・・・・・」


 喉を揺らしながらぐりぐり塞いでいる石みたいな塊をギュッと飲み込み、不謹慎に小さくへへっと笑って、強引に言葉を押し出す。


 「私じゃダメだった」


 「・・・・・・」


 「・・・ごめん」


 「いいから。身体は大丈夫なの?・・・・・・その診断はもう、変わらないの?」


 「・・・うん」


 「運転できる?迎え、行く」


 「大丈夫。一人で」


 「うん。・・・わかったから。早く帰っておいで」


 自分を思いっきり張り倒してやりたい衝動と、込み上げてくる苛立たしい涙を無理矢理抑え込みながら、私は大きく息を吐いた。


 「2週間後に取り出すための手術をするんだって。麻酔使うんだ。今から心臓の検査とかいろいろあるみたいでさ。それが済んだら、すぐ帰るよ」


 先生の言ってたことをつまみ出すようにして思い出しながら伝えると、電話を切った。


 よほどぼんやりしていたんだろうね。

 ハッキリ何かを考えられるようになり始めた時には、すでに検査を終えてしまっていた。


 家に帰ると、私は、間を空けず帰宅してきた子供たちに哀しい知らせを告げた。


 「ごめん。みんな、楽しみにしてくれてたのにさ」


 短い沈黙の後。

 私の膝の上に下の娘が乗ってきた。

 いきなり体重をかけたりしないように、これ以上ないほど、そっと。


 「えへへ。・・・また、抱っこしてもらえるね」


 めちゃめちゃ泣きながら一生懸命笑顔を作ってそんなことを言ってくる。

 すでに4年生になっているこの娘が私の膝に座ることなんて、実はもうかなり前からなくなっていたのにね。


 言っていることとは裏腹にお腹に乗っからないよう気をつけながら、娘はそっと振り返った。


 「大丈夫。赤ちゃんきっと、忘れ物を取りに戻っただけ。またすぐに戻ってくるよ。だってお母さんのこと、大好きなんだから」


 「・・・ははっ。そうだといいな」


 彼女の長い髪をなでながら、私は上を向いた。


 「・・・ありがと」


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