四 輝く月

 橘の話では、反目する追手のせめぎぎ合いにより、ほぼ接触せずに石の砦に到着できたらしい。

 三人が砦を出て四日目。森まであと一日の日暮れ前に、両勢力の挟撃に遭う。男集団は三〇人、狼は五〇匹ほどか。橘からの武器は刃渡り一〇センチの登山ナイフ一本のみ。

「俺が狼を相手にする」と行哉。

「できるのか?」

「佐助は苦手だろ?」

「ふ」と佐助が笑う。

「わたしは?」

「森の熊に窮地を伝えてくれ」

「了解」

 未遠が独行どっこうすると、行哉が策を思いつく。

「言葉で狼を騙して男たちと戦わせる」

「奴ら米国アメリカ由来だから英語しか話さんぞ」

「マジ?」

 恐怖を隠してナイフを光らせた行哉が牙を剝く狼の群れに立ち向かう。英語で思念を送る。

”真の敵は向こうの人間ども。この男は巻物に興味はない。敵を倒してからだ!”

 思念には指向性がない。見上げて天からの声を装う。

 狼の群れも上を見回し、ボス狼が”まずは奴らだ!”と吠える。

 逃げれば追われる。佐助と共に戦いの様子を伺う。木刀や槍を持つ人間側が優勢だ。


 陽も落ちたころ、残ったのは手強そうな人間三人と狼二匹のみ。

 ふと、行哉に視線が集まる。

「バレたか」

 その時、「行哉!」と声が届く。

 未遠を乗せた熊が来る。

「頼む」

 未遠に巻物を渡す。

「任せろ」

 熊が力強く頷く。

「必ず山の大師だいしに届ける。世界は変わる」

 熊が山奥の坊さんに届けてくれるのか、と行哉は知る。

 残党どもが熊を追おうとする。

 佐助が狼に食らいつく。二匹相手では勝ち目がない。喉をやられる。

 突如現れた毛色の違う狼が二匹を倒し、悠然と去る。

 一方行哉は、熊を狙う槍の男の背にナイフを突き立て、弱った一人の首を切りつけ、最後の男の槍と刺し違える。

 灰の積もった大地に倒れ、仰向あおむく。

 空に月が輝く。

 熊との合言葉が浮かぶ。

「月を見て……ルナは月って意味だったな」

 行哉が呟く。

 遠ざかる意識で彼女を想う。


 行哉の頬に温かな雨粒が落ちた。


 (了)

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石の砦と荒野の輝く月 百一 里優 @Momoi_Riyu

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