三 石の砦

 空腹にさいなまれる中、二日歩き、石の砦に到着した。

 花崗岩が隆起したようなそれは、姫野ルナと来る筈だった、角川武蔵野ミュージアムの建造物のようだった。だが感傷に浸る余裕はない。

 要塞の入口を佐助が探り当てる。

 隠しボタンを押す。

 ――合言葉を。

 咄嗟とっさに出てこない行哉に「いかでわれ」と佐助が助け舟を出す。

 歌を詠むと岩の扉が開く。

 が素早く中に入ると、灰色の服をまとった中年の男が迎える。

「よく来たな。未遠も一緒か!」

 未遠がはにかむ。

「仲間だったのかよ。道中、彼女に助けられました」

「うん。円如えんにょ阿闍梨あじゃりは達者か?」

「円如さんは亡くなりました」

 杖を見せる。

「そうか。でも間に合ってよかった。俺はたちばな隼成しゅんせい。ここはを取り戻すための拠点のひとつだ」

「俺は西野行哉です。この時代の人間ではないですが」

「転生者か?」

「円如さんはそうでないかと」

何時いつから来た?」

「死んだのは二〇二一年十月です」

「それは興味深い。現状の発端ほったんからか……」

「発端?」

「国政選挙はなかったか?」

「ああ、衆院選。国会解散までしか知らないけど」

「その選挙で、この国の行方が決まり、神の怒りを買ったと伝えられている」

「神? 俺たちはそういうの、信じてなかったけど」

「だろうな」

「それより、武蔵野の森の熊は?」

「飯を食いながら話そう」

 野菜とわずかな肉を挟んだ小麦を薄く焼いたものと木の子のスープを出してくれる。

「熊というのはヒグマ並みに大きいツキノワグマだ。君は動物と話せるんだろ?」

「佐助とは。他はわからない」

「それで大丈夫だ。西に八〇キロの森に行け。すぐに迎えに出てくる」

「熊はどうして分かるんだ?」

「彼らには人間には計り知れない能力がある。君らの時代は動物が人間より劣った存在と考えていたらしいがな」

「人間は知的生物で、動物は多少の知性はあっても子供並み?」

「俺はお前より優秀で勇敢だ。狼は苦手だが」と床でくつろぐ佐助が言う。

「そうだな」と行哉が思念を送り返す。

 思念は聞こえないはずの橘も気で察したのか笑っている。

 橘が屋上に案内してくれる。屋上は畑だ。

「後ろを見てみろ」と橘が言う。

 行哉が振り向くと、明るく大きな満月が東の空に微笑む。

 思わず行哉の瞳から涙がこぼれ出る。

 橘が三人に熊との合言葉を伝える。


 月を見ていづれの年の秋までかこの世にわれがちぎりあるらん



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