第19話 開花する想像力

「悪いな、埋まるまで付き合わせて」

「いいのいいの、こっちは素材ももらえて大助かりだよ。現金換算したら大儲けだし、マサムネさんのフレンドで良かったと思ってるし」

「お前がそう思ってくれたんなら良かったよ」


 結局あれから数時間に及ぶ狩は、リネアのストレージがパンパンになるまで続けられた。

 単純に戦闘の事しか考えてないオレと、そこから先しか考えてない彼女。


 オレは気分良く戦えたらそのあとは別にどうでもいい。

 彼女の場合はもっと面倒だ。

 あれこれやりたいにもかかわらず、まず道具を揃える必要があるのだとか。

 そこにお金を投資してようやくスタート。

 そこでようやく素材が使えて形になるのだという。


 あれも欲しい、これも欲しい状態はオレも体験したからよく分かる。


「そういえばリネア」

「なぁに?」


 今までは素材を提供するだけが彼女の為になると思っていたが、もしかしたらまだオレが役に立てる可能性があるかもしれない。

 あの時の、ないない尽くしのオレが気付けた可能性。想像力による補正が、生産にだって力を与えると……思えて仕方がなかった。


「良かったらお前が生産してるところ見せてくれないか?」

「えっ」


 今まで何を作ろうかなーとニコニコしていたリネアだったが、近くで製作しているところを見たいと言ったら急に挙動不審になった。

 どうしたのだろうか?


「なんで……急にそんなこと言うの?」

「単純に興味本位でだ」

「あ、そうなんだ。でもなーどうしよっかなー」

「別に嫌だと言うのなら無理しなくていいぞ」

「無理とかじゃないよ、全然!」

「なら頼む」

「仕方ないなー。マサムネさんにはお世話になってるから。特別だよ!」

「ありがとう」

「どういたしまして」



 そんなやりとりを得て、彼女の貸し工房へとお邪魔する。


「散らかってるけど適当に腰掛けて」


 彼女の言う通り、本当に足の踏み場もない。

 でもそこかしこに試行錯誤の跡が見られて、彼女も彼女なりに苦労しているのだろうと感じる。


 彼女は小器用に鳥の羽を広げ、細かなパーツをつなげ合わせたり、ネジ穴を調整したりしている。

 細かな作業だ。あまり邪魔するのも悪いだろうと彼女が作業中、工房内をぶらつくことにした。


「あちゃ、また失敗。やっぱりあの機材がないから成功しないのかなー?」


 そんな言葉が作業机を挟んで聞こえてくる。

 腕は悪くないと思うのだが、彼女の中の思い込みがそうさせているのだろう。

 その機材とやらがあれば成功すると。

 だから今は失敗して当たり前。そんな風に思っているから失敗するのだと微塵も信じていない。いいや、信じられないのだろう。


「なに、なんか気になるのあった?」


 一つの作品を見ていると、休憩中のリネアが何事かと声をかけてくる。

 その場所にあったのは作りかけの刀だった。


「ああ、これがな。目の端についた」

「あちゃー、一番見られたくなかったやつだ」


 彼女は顔を赤らめて笑う。

 武器は専門外だったのだが、オレと行動を共にした後、作ってみたのだと。

 出来は散々だったが、それもまた機材が足りないからと笑ってごまかしていた。

 彼女の中でも理解しているのだろう、自分の未熟さを。だからこそ、オレが工房に行きたいと言い出した時、ちょっと挙動不審になったのだと、ここにきてようやく理解した。

 そして同時に、だからこそ救いの道を差し伸べたいと。


「別に出来の悪さで笑ったりはしないさ」

「でもどうしても比べちゃうんだよね。親方ってなんでも作れちゃうけど、こと武器においては右に出るものは居ないって言われてるからさ」

「そうか……ではオレの相棒を改めて紹介しておこうか」


 そう言ってオレは一振りの刀をストレージより取り出す。

 ガイアスをして出来損ないと呼ばれた刀を見せて、リネアの感想を聞いた。


「それがマサムネさんの相棒?」

「ああ……驚いたか?」

「これでウサギとカエルを討伐したってだけで驚かない人の方が少ないよ。だってこれ……言っちゃ悪いけどゴミじゃん」

「……ッ、そうだな」

「あ、ごめん。今のなし」


 自分の失言に気づいたのか、リネアはすぐに自分の発言を撤回した。


「いいんだ。逆にいえば、なんでこれで討伐できたと思う?」

「なんでって……リアル技能?」

「確かに……オレはリアルでは剣道の有段者だ」

「やっぱり……」

「でもそんなオレでも、最初の頃はウサギに手も足も出なかった」

「えっ……」


 リネアはその事実に驚きを隠せない。

 初めて出会った時のオレは、すでにその壁を克服していたからだ。

 だから彼女にとってはリアル技能がすごいだけの人という認識がある。

 その誤解をまず正す必要があると思った。


「オレがこのゲームで最初にやったこと。それはリアルの常識を捨てることだった」

「常識を捨てる……」

「そうだ。地の底の底に落ちて、プライドもズタズタにされて、最後に残ったのは子供の頃に願った夢だけ」

「夢……」

「それがオレの中ではサムライだった。あとは想像力を膨らませた。そうしたら、簡単にウサギを屠れた。あんまりにも簡単に討伐できてしまって、それこそ拍子抜けしてしまうくらいにな」

「そんな……だって手も足も出なかったんでしょ!? なのに考え方を変えたぐらいで倒せるの!? そんな、アニメやゲームじゃあるまいし!」


 そう、この理不尽なまでの環境において、プレイヤーはリアルを重視したゲームだとしまう。

 だからオレはこう付け足す。


「これはゲームだぞ、リネア」

「でも、でも! ここはすごく理不尽で、やけに専門知識を求められるから、そう言う世界だって!」

「誰がそんなこと言ったんだ?」

「誰も言ってない、けど……」


 リネアはぐすぐすと泣き出してしまった。

 まずいな、泣かせるつもりはなかったのに。

 もしかして顔が怖かっただろうか?

 オレはなるべく目に力を込めずにゆったりとした表情で諭す。


「だろう? もっと自由でいいんだ。あれもこれも、全部欲張った望みを求めろ。ここではその願望が強ければ強いほど、自分の力になる。オレがそのお手本だ」

「そんな……急にそんなこと言われたって、あたし……どうしていいかわかんないよ」

「まずは自分を信じてみろ。数をこなせ。素材が足りなきゃオレにいえ。また付き合ってやるから」

「なんで、出会ったばかりのあたしにそこまでしてくれるの?」

「お前が始めた時のオレと同じだったから、見てられなくなった。と言う理由じゃダメか?」


 オレは優しくリネアに問いかけた。

 だけど余計に泣いてしまったのは気のせいだろうか?


「そんな、あたしは全然……強くもないし、卑怯だし、嘘だってつくし……」

「オレだって強くはないぞ?」

「嘘だー」

「そういった嘘をつく辺りもそっくりだろう?」

「なんかずるい」

「ずるくていいんだ。生きる為にそれが必要なら、オレは幾らでもズルくなるぞ」

「マサムネさんらしくないー」

「オレらしいってなんだよ」

「自信家で、なんでもできちゃう」

「なんでもは出来ない。素材集めなんて絶望的だぞ?」

「それはそうだけど、強いモンスターだって簡単に倒せちゃうじゃん!」

「別にオレじゃなくても倒せるだろう?」

「あとは……あとは……少し抜けてるところ?」


 ……ユッキーにも指摘されたが、自分ではわからない。オレは一歩踏み出して聞いてみた。


「どんなところが?」

「素材の情報とか基本集めてないよね? 普通あんな値段でふっかけられて、疑いもなくポンと渡したりしないよ。どんだけお人好しなのこの人って、呆れを通り越して心配しちゃったもん」

「実際、武器を頼む時以外に金を使わないからな。そして初めてのマップの死亡率は50%だ。持っててもすぐに尽きるし、金は無駄に持ち歩かないことにしている」

「それ以前の問題っていうか、もうこの話題辞めない?」

「そうだな、そうしよう」



 閑話休題お互い痛い



「で、だ。今までは素材があっても機材がないから出来ないと思い込んでいたよな?」

「思い込んでたっていうか、NPCがそう勧めてきたんだけどね」

「まずはその常識を壊すところから始めようか」

「横暴ー」

「いいからいいから。もう一回さっきまでのやってみてくれ」

「はいはい。無理だと思うけどねー」


 彼女は仕方なく付き合ってやるかという顔で、素材を繋ぎ合わせる。

 そしてそこから先の成功率が限りなく低いのだという。


「まずはどういう風になれば成功するか、その完成形を思い浮かべるんだ」

「うん」

「絶対に成功するって想像しながら打ち込め」

「うん」

「行け!」


 ッスコーン!


 リネアは勢いよくその出来かけの防具にハンマーを叩きつけた。

 まず最初に感じ取った違和感は澄んだ音色であったこと。いつもなら『ガキン』とか『ゴキン』とか失敗を想定させる鈍い音。

 なのに今手元で響いた音に自分でも理解できないような表情を浮かべる。その音色の示す意味をよく知っているリネアは、驚きに目を見開いた。


「うそ……成功してる。あれだけ失敗してたのに、なんで!?」

「これがこのゲームの隠されたシステムだ。まずは常識を捨てて、自分ならできるって思い込むこと。そこからようやくスタート出来る」

「そんな単純なことだったんだ……よし、もう一度。成功……成功……これも成功。うへへへへ……こんな簡単に出来ちゃうなんて夢見たい。あれ、これ夢!? ……いでっ夢じゃない、夢じゃないんだ!」


 その後リネアは成功品を作り続ける。

 オレがこの世界のシステムを知った時と同じ顔をしている。

 オレが必殺技を考えている時と同じように、彼女は今、物を作るのが楽しくて仕方がないといった感じだ。


 こういう時は一人の方がいいだろう。

 オレはログアウトすることだけを告げて、あれこれ挑戦し出したリネアを置いて一人工房を後にした。

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