第17話 宵闇の襲撃者

 空からの有用性を説かれ、それでも地上戦にこだわる。

 というか、オレにはそれしかないわけだが。


 夜も更ければ羊達も眠っているだろう。そう思っていた時期がオレにもあった。


「まさか昼間より元気だとは……」


 そこでは月の光にさらされて、凶暴化した羊達がメェメェと暴れまわっていた。


 もしかして昼間の方が安全だった節すらある。

 だが有利なのはこちらも同じ。

 奇しくも目は良くないらしく、仲間を傷つける様に傷を作って……いや、それにしては動きが変だ。やけに見慣れたその風景に、誰かが戦っているんだと理解する。


 挑戦者が自分だけではないという歓喜。

 そしてあと一歩届かないところまで一緒となれば、助けるのもやぶさかではないと考える。


「敵意が向こうへ集中している隙に」


 オレは陰に潜って走った。

 陰の中は底がない。

 不思議な力で地上へと押し上げようとしてくるが、深く潜る方法ならある。

 あるというより手に入れた。

 目的の刀を抜き身で取り出し、そこへ『重』の属性玉をはめ込む。

 やがてオレの体は闇の、底の底へと流れ込んで行った。


 時間にして数秒。

 ギリギリ息が続く限界。

 そこで闇の底へと到達した。

 闇の中だというのに、そこでは何故か星空があり、まるでどこかへつながっている様だと思う。


(まさか……)


 瞬間思い浮かべたのは陰の中の移動法である。未だ理解は追いついていないままではあるが、これが確かなら画期的な事だ。

 思わず強張っていた表情が歓喜の笑みに震えていた。

 まさに瞬間移動といっても差し支えない能力。

 それが【陰】+『重』の使い方であった。


 出た先は目論見通り、暴れまわる羊達の中心地。そこでは先ほど別れた筈の鳥の獣人が徒手空拳で戦っていた。

 あれほど空からの襲撃が有用だといっていたのに、それが無駄であったと言わんばかりの悲壮感を出しながら戦っている。

 いいや、その瞳からはまだ諦めた様子は見られなかった。


「ケェエエエエエエ!」


 ハリアーと紹介された男は、羊達が突撃して来たほんの数秒の間に上空へと羽ばたき、夜空をバサバサと飛んでいた。

 彼はあと一歩が届かなかったんじゃない。

 んだ。


 身に覚えのある玉突き事故が真上で始まる。

 当然オレは安全圏へと脱出をしていた。


「いやーこの移動便利すぎだろう」


 思わずそんな所感が出てくるほど、使える能力。そして、


「ハリアーさん、あんたやっぱり最高だな」


 ライバル心をむき出しにする。

 彼の戦法は自身を囮にしてから突撃させ、その上で上空に逃げ出すというものだった。


 羽ばたき続ければSTはすぐに切れてしまうだろうが、滑る様に滑空すれば、STは減らず、上空に居続けることができる。

 高度が下がれば羽ばたき、その場をぐるぐると回って、敵視を奪った羊達を自滅させたのだ。


 戦闘終了後の剥ぎ取りをしている場面で、オレは彼に拍手を送った。

 そこではいぶかしむ様にオレの顔を覗き込むハリアーさん。


「お前は、確かルドの紹介していた……」

「マサムネです」

「ああ、もしかして今のを見ていたのか?」

「ええ、こんなやり方もあるんだなと」

「そうか。真似しようなどとは思うなよ?」

「やりたくてもできませんよ。オレには羽がない」

「くくく。それが分かっているんなら充分だ。だがここは我らの狩場よ。消して安くない命を積み上げ、ようやく成し遂げた。挑戦するのは勝手だが、ただの暴力が通じる相手だと思うなよ?」


 ハリアーさんの目から威圧じみた凄みを感じ取る。決してこの場を荒らすなとでも言いたげだ。だがオレは引き下がらない。引き下がれない。

 睨み返す様に目に力を込める。


「ハッ、この程度では引き下がらんか。ならば、やれるものならやってみろ。

 ここの羊達を今までの雑魚と同等に扱う様では程度が知れているがな」


 どうやら試されていた様だ。

 オレは無言で頷き、準備を始める。

 全快のENにより、回復しきったMPとSTを見据え、仕掛ける。

 目的地は、羊が一心不乱に暴れまわる中心地。そこへ瞬時に移動し、そして敵視を奪うべく攻撃する。


「初お披露目と行こうか!」


 たったの数時間。積み上げたとは言い切れない時間で編み出した剣技を、ぶっつけ本番で『技』へと昇華する。


「イメージしろ、勝利を!」


 ストレージから二つの柄を出現させ、抜刀する。一本は使い慣れた相棒。もう一本は新装備。

 それを番え、刃の音を鳴り散らす。

 シャリィイン。澄んだ鉄の音が周囲に響き、我を失った羊達の敵視を奪った。

 一心不乱にこちらめがけて突っ込んでくる羊達に向けて、構える。


「闇夜ならばどこに居たって不意打ち扱い。ならばこういうことだって可能だ。秘技──」


 肺の中へ溜め込んだ空気を、ゆっくり吐き出す様に脱力させる。

 突撃してくる羊達鼻先めがけ、オレは地を蹴り回転を経て、竹蜻蛉の様に上空へと至る。


「──流転・飛翔!

 切りつけながら上空へと至る手段だが、ぶっつけ本番。なんとかなったな」


 緩やかな上昇が終われば、あとは地に引っ張られるのみ。


「誰がこれだけで終わるといった? お楽しみはこれからよ!」


 相棒をストレージへとしまい込み、


「ぶっつけ本番、第二号!」


 陰の中を移動した様に、その刀は羊達の中心地へと光の速さで到達した。

 敵視は上空。足で空を【払】いながら滞空し、更に第二射を準備する。


「知っていたか、夜でも影ができることを?」


 満月を背に、地上では月明かりによって明るく照らされている。底に落ちた影は当然オレの支配下にある。ならば当然とばかりにオレは落ちていった筈の刀をストレージより取り出した。


「さぁおかわりはたんとあるぞ。

 一つ残さず食らっていけ」


 上空に敵視は残ったままで視界の悪い闇の中、地上では羊達がお互いの頭をぶつけ合う玉突き事故が大量発生中。

 さっきからストレージに大量に「ぼろぼろの皮」が入り込んできている。


「さて、持久戦と行こうか!」


 夜に真価を発揮する宵闇の着流しをはためかせ、オレは第三射を地上に投擲した。

 ただ落としたと言って差し支えないが、狙いは一番重要だからな。狙って投げるんだから投擲で間違いない。










 とまぁ、途中までは良かったんだが、最後の最後でストレージが満タンになったのか、アイテムを弾いてしまい刀を回収できなくなった。

 それを取りに行った所で轢き殺されたので痛み分けということにしておこう。


 教会のベッドからムクリと起き上がったオレはわずかに上がったレベルに満足げに頷き、悪いことだけでもなかったなとそのままログアウトした。




 そのあと掲示板では謎の落雷現象について盛り上がった。


 場所はエリア3。時間帯は夜。

 雲ひとつない満月の夜空に、突如中数本の落雷が、狂乱する羊の群れを襲ったと報じられる。


 しかし虚言にあふれた掲示板では「嘘乙」として処理されたとかなんとか。





「冗談だろう?

 ルド……お前の推しは一体何者なんだ」


 エリア3で一人佇むハリアーは、悪い夢でも見ていたかの様に、白んでいく空をいつまでも見続けていた。

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