第15話 ★★★草原エリア3:群れをなす巨羊

 学校から帰って早速ログインしてエリア3に向かったオレは……



「いやー、負けた負けた」


 速攻教会のベッドで身を起こし、今回の死因を持ち帰っていた。


 まず、死因その1。

 それが感知精度の高さにある。

 多分だけど、エリアに入った瞬間に捕捉されたぞ、アレ。


 その2。それは初速の速さだ。

 体感では速度の乗ったウサギの突進と変わらないが、サイズがサイズだからな。


 締めにその3。それは言うに及ばずサイズである。カエルと同じぐらいのサイズで、飛びこそしないもののカエルの重鈍さが初心者向けであったかのような生ぬるく感じる速度で押し迫ってくる。


 結果オレは轢き殺されたって訳だ。

 エリアに入った途端に死んで、なんだアレってテンションのまま説明したけど、時間が経つ度に頭が冷えてくる。


「……アレ卑怯だろ」


 それがエリア3にただ一種のみ存在するエリアMob。チャージシープに対する総評だった。


 それはさておき、ただ負けっぱなしというのも芸がない。

 ないなら作れるのがこのゲームの利点。

 オレは早速想像力を膨らませて、自分が優位に立てるビジョンを見据えた。


「まずは轢き殺されないように回避して……」


 回避……回避なぁ。

 まるでバスかダンプカーに足が生えて機敏な動きで迫ってきたとする。当然生き物だから思考もするし、ただまっすぐに走ってくるだけではない。

 そんなモンスター相手に逃げが最善手か?

 そんなもん考えるだけ無駄。結果は火を見るより明らかである……が、


「いや……あるぞ。今のままでも回避できる方法が!」


 突然のひらめきが舞い降りる。

 そうだよ、どうしてオレは思いつかなかったんだ。

 それは【陰】。あんなにでかいんだからさぞかし濃い陰が出来るだろう。

 だから影の中に逃げ込めば良いんだ。

 思いついたら即行動。

 それがオレの唯一にして最高の取り柄だ。

 満面の笑みの神父に見送られ、オレは早速エリア3に向かった。










「くそー、ミスった!」


 再び教会のベッドでガバリと起き上る。

 発想は良かったんだ。でもアイツ、オレの動きを察知して緊急停止しやがった。

 タイミングをずらされたオレは、棒立ちのまま、再チャージされてミンチになった。


 良い案だと思った陰潜り……長いから【潜陰】って呼ぶぞ。

 で、この【潜陰】……あまり長い間潜ってられないというデメリットも存在した。


 言うなれば水中で潜水してるのとまったく同じ、いや、視界の確保も出来ない闇の中に潜るというのは水の中よりもタチが悪い。ヒューマンより肺活量が優れているとはいえ、持って10秒。

 そしてあの羊のチャージ時間は10秒。

 陰の中から息継ぎしにプハッと出てきたところを再捕捉されて現在に至る。


「狙いは良いんだけどなー。相手に隙が無いんだよな。いっそ大技でもぶっ放してみるか?」


 酷いことになりそうだとは思うが、やらないで悩んでいるよりも、やって後悔しろと爺ちゃんもよく行ってたしな。

 両頬に気合いを入れ、オレは再びエリア3へと向かった。









「ふふふ、どうだ! 成し遂げたぞ!」


 思わずガッツポーズを取りながら、羊の腹の上から逆さに吊り下げられている。


「しかしこの羊、なかなか止まらないな……ん?」


 気のせいだろうか?

 今この羊に向かって敵視が飛んできた気がした。それもあらゆる角度から。


「まさか……」


 気のせいじゃない。気がつけば流れていた景色はゆっくりとなり、やがてピタリと止まってその場に佇んだ。

 敵意剥き出しの羊たちの中央に、止まった状態で。


「おいおい、嘘だろう?」


 どうしてこんなに敵意が伝染しているんだ。

 相手にしていたのは一匹だけだったはず。

 なのに気がつけば数百匹がオレ一人に対して敵意を送っていた。

 ああ、そうか……


「こいつら、敵意がチェインしてやがるのか?」


 それはヒエラルキーが一番下の生物に残された生存本能。一匹が狙われたら、群れ全体で仕返しする遺伝子が組み込まれているんだ。そんな奴らが数百匹。


「プレイヤー1人に対してそこまでするかーー!?」


 それがその日、オレが羊たちに放った最後の遠吠えになった。






「……はぁしんどい」


 思わずそんな後ろ向きな感想が出てしまうほどのやり切れなさを感じて教会で目を覚ます。そこでようやくシステム一つのタブが飛び出していることに気づいた。


「ん、チャットルームに誘われてる。誰からだ?」




【ルーム名:定期連絡】



 マサムネ:わるい今確認した


 リネア:おそーい


 マサムネ:さっきまでずっと羊と戯れてたからなぁ。反応が遅れて悪かった。


 リネア:今もしかして羊って言った?


 マサムネ:言ったぞ


 リネア:もうそんなところに……先週まではまだウサギだったよね? どんどんおいていかれちゃうなー


 マサムネ:そうだな。カエルは今週からだし


 リネア:それでもう攻略しちゃう辺り流石だよね~


 マサムネ:それほどでも無い


 リネア:またまた~謙遜しちゃって


 マサムネ:それで、用事ってなんだ?


 リネア:もぅ、人を連絡係にしておいて忘れちゃったの? 


 リネア:武器ができたからマサムネさんに連絡いれろって親方からメッセージが届いたのよ。あたしだって暇じゃないのにさー


 マサムネ:あとで埋め合わせしよう


 リネア:言ったね?


 マサムネ:今更撤回はしないさ。ウサギでもカエルでも付き合うよ


 リネア:いよっ太っ腹!


 マサムネ:用件はこれだけか?


 リネア:うん、これだけ


 マサムネ:じゃあ今行くと伝えておいてくれ


 リネア:オッケー



 チャットルームを閉じ、ルドルフさんを探す。正直なところ死にすぎて手持ちが心許なくなっていた。


 いくら武器の製作を取り付けたと言ったって、タダでやってくれるわけじゃないだろうし、少しは金を用意しておきたい。

 と、いた。



「ルドルフさん!」

「お、マサムネか。景気はどうだ?」

「最悪ですね」

「やけに弱気だな。お前さんにしては珍しい」

「ちょっとエリア3で手詰まりしてて」

「あー……うん。あそこは仕方ないよ。現状、空からのヘイト管理でしか攻略できてないからな」


 空?


「それはまた、画期的ですね」

「だろう? そいつは俺のフレンドでね。良ければ紹介しようか?」

「良いんですか?」

「俺としては素材の入手ルートが増えるのは歓迎だよ。俺が儲けた分、生産組に素材が行き渡るってことだからな。生産が潤えば、それはプレイヤーに行き渡る。まさにWIN-WINの関係って訳だ」

「オレはそこまで考えてなかったな」

「そういうのは俺の仕事だからな。お前はお前の仕事を優先しろ……っと、今確認したところそいつはまだログインしてないみたいだ。もしかしたら今日は来ないかもしれんな」

「別に今日じゃなくても構わないですよ」

「そう言ってもらえると助かるね。大見得を切った手前、後戻り出来なくなって困ってたところだ。そうだな、確認し次第連絡するよ」

「助かります」

「良いって、良いって。俺が好きでやってる事だから。それで、俺に用があるってことはコレがいるんだろ?」



 ルドルフさんは器用に手羽先を広げて円を描く。

 オレは肯定しながら150個ほど宝珠を引き取ってもらった。若干引きつった笑みを浮かべていたが、想定内だと言っていたのでありがたく受け取っておく。


「連絡がくるまでの間、先にこちらも用を済ませこようと思う」

「そうしておけ。来たらきたで多少は待たせておけるし」


 ルドルフさんとその人はリアルフレンドらしく、待った待たせたはしょっちゅうらしい。

 そんな関係を見て、もしユッキーがこっちにきてたらなんて、ないことを考えているオレもいた。すぐにかぶりを振って、ルドルフさんへ向き直る。


 それにしても鳥型のプレイヤーが夜に対応できるんだろうか?

 そんな見当違いのことを思い浮かべながら、オレはガデスさんの待っている工房へと向かった。

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