第14話 ゲーム性の違い

「タカシー」

「どうした? まるで今日までの課題忘れてきた様な顔して」

「そのまさかだよ」

「だと思ったよ。お前は新作始まる度に不安定になるからなー。徹夜確定なんだからインする前に済ませておけば良いのに」


 親友が大仰な態度で感謝の念を放り出している側で悪態を吐く。

 こいつだって地頭は悪くないのだ。でもどうしたって新作の時はスタートダッシュが肝心だとあらゆることを後回しにする。

 まぁ気持ちもわかるのだ。オレも今イマブレに対して同じ気持ちでいるからな。


「SKKはそんなに忙しいのか?」

「忙しいって言うよりは前準備が大変かな」

「準備?」

「週末に1回目のGVGをやるってんで、慌てて対人戦の情報を詰め込んでるところでさ」

「そういうのは得意分野だと思ったが?」

「俺はな。ただまとめ役を引き受けちまったもんだから、他の子達の分まで面倒みなくちゃいけなくて、それで睡眠削ってまで頑張ってるわけさ」

「良いカッコしいが仇になったな」

「ほんとだよ」


 ユッキーは「そういうのは柄じゃないのに」と疲れた様に笑う。こいつは顔だけはイケメンだからな。本性はただのオタクのゲーマーだから彼女を作っても長続きしないだけで。


「そういうお前はどうなんだよ」

「どうとは?」

「イマブレは楽しいのかってこと。まだログインしているから楽しいんだろうなとは思うけどさ、ぶっちゃけ俺からしたら理解できない所も多いんだぜ?」

「そうだな。今ようやく序盤エリアの2つめの攻略の目処が立ったところだ」

「うっそだろ。お前あのウサギエリア超えたのかよ。マジ尊敬するわ」


 目だけで驚きの仕草を取り、手は必死にノートを書き移し続けているユッキー。まったく器用なやつだ。


「まぁな。タネが割れてしまえば案外簡単だった」

「それって、謎かけがわからなくて脱落した俺らへの当てつけ?」

「そうじゃない」

「じゃあなんなんだよ」

「想像力だ」

「想像力ぅ?」


 ユッキーが理解不能とばかりに眉をひそめる。

 それと同時に予鈴が鳴り、慌てて残りを移し始めた。


 授業を無事に切り抜け、昼飯時になるとテーブルをくっつけて食事を取る。

 オレはもっぱら買い置きのパンとお茶。

 ユッキーはお弁当を持たされている。

 そこに遅れて美波が混ざり、事欠かない話題を述べながら腹を満たしていく。


「あ、そうだ立川君。リンリンの鎖って余ってる?」

「あるっちゃあるけど何に使うんだ?」


 もぐもぐとクロワッサンを頬張りながら、美波がユッキーに問いかけた。

 知らないワードを聞いて、どこか疎外感を味わいながらオレはお茶を喉奥へと落とし込む。


「えっとね、今使ってる弓をグレードアップしたくて」

「あー、強化素材か。あれ要求数多くて大変だよな」

「そうなの。昨日も狩場に張り付いて素材集めしてたんだけど、どこも混んでるじゃない? あとちょっとが集まらなくて寝てないんだー」

「わかる。オレも鎧の新調するのに素材集めててさ。取り敢えずこっちでは使わないから、クランに連絡入れとくね。一応共有倉庫に入ってるからさ、言っとかないと売られちゃうから」

「ありがとう立川君。助かるー」


 普段ならどうとも思わなかった会話。

 でもイマブレに慣れ親しんでしまった今なら言える。すごく面倒なことをしてると。

 だからオレはつい口を出してしまっていた。


「ところで、そのグレードアップとやらをしたら、何がどう変わるんだ?」

「お、珍しくタカシが食いついた」

「高河君もSKK来る?」

「ただの興味本位だよ」

「ちぇー」


 わかりやすいくらいに悔しがるユッキーをよそに、まぁまぁと宥めながら美波が変わりに説明してくれた。

 それは今の状態より少しだけ能力を向上させる“だけ”のシステム。

 例えば攻撃力を+5にしたり、攻撃速度を1%あげるだけだったりと様々だ。

 言ってしまえば微差でしかないのだが、今はほんの少しでも上に行かなければすぐにランキングから落ちてしまうという事でガチ勢の美波にとっては瀬戸際らしかった。


 そう、たったそれだけのためにユッキーは課題を忘れ、美波は目の下にクマを作っている。

 果たしてそれは楽しいと言えるのか? 

 対人がメインになっているゲームは昨今では珍しい。だが珍しいだけで、それ以外はありきたりなゲームなのだ。


 それに比べてImaginationβraveときたら、説明不足甚だしい上に、とことんまでプレイヤーを追い詰めるシステム。

 強すぎるモンスター。普通にプレイしていただけじゃ、見えない真の能力。

 それを解放した時、ようやく道が切り開ける。

 まさに無限大の楽しさがそこにあった。


 楽しさは人によっては求める質が違う事は分かってる。でも、ドキドキもワクワクもしない。常に誰かと比べられてるゲームよりかは、自分の努力次第で格上だって薙ぎ倒せるのはこのゲームでしか味わえない。

 出来ればこのゲームで3人一緒に遊びたいと、自信を持って言える。


 でも、それを今更伝えたとしても、彼らは既に諦めてしまっている。あのゲームに対してきっと嫌悪感しか抱いてないだろう。

 それは今までの常識が一切通用しなかったから。だから、無理だと決めつけてしまっている。


 彼らの楽しいはきっと与えられた、簡単に手に入る楽しさなのだ。

 最新鋭のグラフィックを使い、匂いや手触り、味などにこだわった技術を分かち合って楽しむ。あとはずっと作業だとしても、仲間と一緒なら乗り越えられる。それもまた楽しさの形だろう。

 だからオレはそれを否定しない。

 オレにとって何の魅力がなくても、彼らにとってはそれが楽しい要因だからだ。


 でもこっちに来いとは言い出せないし、向こうに行く気もサラサラない。


 今日もどっちつかずのまま、昼食を終えて授業に戻った。そしてまた明日とそれぞれの家へと帰る。

 一人寂しく夜食を頬張り、課題をこなしてログインする。





 ああ、やはりここの世界は心地いい。

 口いっぱいに広がるウサギの味に舌鼓を打ち、振り下ろした刃の先から放たれるカマイタチを見下ろし、カエルの肉をたらふく食べて、フレンドと語らう。


 少ししてカエルの処置法の目処がついたとルドルフさんに通すと、すぐに行くと言って本当にすぐにきた。

 忙しいだろうに、時間を割いてくれてまで付き合ってくれる人の良さに感謝しつつ、オレ達は新技の披露を兼ねてエリア2へと移動した。




 カエルの足の筋は、分厚い肉の中に埋まっており、通常なら刃の届く範囲にはない。

 だったら届くようにすればいいとオレは考える。


「秘技──地擦り残月!」


 影の中から打ち上げるような斬撃が、弧を描きながらカエルの両足を縫い付けるように貫通する! 

 たったこれだけでカエルは自分の体重を支えられずに地べたに貼っつくしかなくなるのだ。ただし口は開くので、長い舌はちゃんと処理しておく必要がある。


「ゲコォー」

「ざっとこんな感じだな」


 地に倒れ伏してお手上げ状態のカエルを前に、表情を凍りつかせたルドルフさんの元へ帰った。


「いやぁ、はは。この前のPVPの時よりすごくなってないか、お前?」

「うまく無力化するのに苦労したからな。まだ倒すだけの方が幾分か楽なくらいだ」

「普通は倒す方が大変なんだけどな。まぁいいや、それを今更お前にいっても仕方のない話だしな。俺は俺の仕事をしよう。ちょっと待ってろ」


 今回は台を出さずにやるらしい。

 まぁサイズがサイズだしな。

 いつものルーティーンを今日は念入りに5回ほど繰り返し、スキルを練り上げ同時に叫ぶ。


「解体ッッ!」


 突き刺したナイフから金色の光が漏れ出した。ただしウサギの時より光が弱い気がするのは気のせいか? 

 ルドルフさんの表情も険しい。


「ああ、クソ。失敗した」

「これで失敗とか……オレには嫌味にしか聞こえないんだが?」


 目の前には高品質の素材が30枚。高々と積まれていた。ウサギの時の比ではない。

 だが確かに、カエルの体積から取ったにしては少なく感じた。


「まぁこれが普通なんだ。あの時のウサギの時は運が良すぎたって事だ。お前のせいじゃない」

「そんなものなのか?」

「そんなものそんなもの」


 そんなものらしい。

 そのあと何匹か試してもらったが、やはり大成功には至らず、その日は高品質の皮を各種200枚ほど入手して帰路についた。


 また大儲けできそうだよと笑いながら、ルドルフさんからこの日のために用意してくれただろう金を受け取る。

 まだ余裕があるからと一度は断ったが、これは正当な報酬だからと無理やり押し付けられてしまったのだ。


 その額なんと200万。

 この間宝珠を100個売り捌いた時と同額を手渡され、少し悪い気がした。

 今日の収穫では宝珠は出ていなかったのに。それでも売り方次第では同じくらいの儲けになると言うのだから、彼には頭が上がらない。


 その日は組合でエリア3の情報を仕入れてから、ログアウトした。


 今度の敵は羊らしい。

 案の定1/4持っていかれるシステムなのを忘れていた。400万もあった資金はあっという間に300万まで減り、だからこそそのぐらいの価値のある情報だと自分に言い聞かせて、穴が空くほどそれに目を通した。


 そのおかげでログアウト後も夢にまで羊が出てきたのもご愛嬌。

 結果はボロ負けだったけど、やり遂げたような達成感とともに起床し、オレは元気よく学校に向かった。待ってろよ、羊!

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