第12話 異種族交流組合長サリア

 踏ん反り返る幼女を他所に、オレはそそくさと受付嬢に近寄り、声を潜めて尋ねた。


「なぁ、この子はどこの子だ? いきなり出てきたと思ったら、こんな……なぁ?」

「こんな身なりをしていても、一応偉い方なので失礼のないようにお願いしますね。ほらマスター、テーブルから降りてください。マサムネさん、ドン引きしてるじゃないですか」

「ぬ、ぬぅ。子供扱いするでない。ちゃんと一人で降りれるわい」

「そう言ってこの前も木の上に登って……そのあとなんて言いましたっけ?」

「わーっ、わーっ! それ以上言うな。言ったらおぬし、後でひどいからな!?」


 それは脅しなのか、威圧なのか。

 全く中身の伴ってない罵声が受付嬢へと浴びせかけられる。


 しかし受付嬢はまるで堪えてないようにサラッと受け流し、はいはいわかりましたよと幼女を宥めていた。

 この時点でどちらが偉いかなんてとうに忘れてしまった。

 偉ぶりたい幼女と、お付きの受付嬢の茶番を見ながら、ふとそんなことを思った。



「ふむ。少し待たせたかの」


 奥で少しバタバタした後、別の扉から出てきた幼女が受付嬢を連れてオレの前に素知らぬ顔で現れる。

 心なしか目元が濡れている。きっと泣きべそでもかいたんだろう。

 それを悟らせぬように強気に出ているが……まぁバレバレだった。

 仕方ない。合わせてやるか。


「いや、言うほど待ってない」

「そこは今来たところだと言うところじゃぞ?」


 幼女はからかうように目をニンマリとさせる。

 言ってるそばから調子に乗って。


「いや、そういうやり取りは初々しい恋仲同士でやるものだと思っていた。すまんな、次からは気をつけよう」

「うむ、今後励むが良い」


 幼女は満面の笑みで頷く。

 本当になにがしたいんだろうか、この子は。

 オレはさっさとランクアップできるかどうかを聞いて帰りたいと言うのに。


「なんじゃおぬし。わしの顔をジロジロと見て。なんぞついておるか?」

「いや……別に。なんでもない」

「ははーん。おぬし、さてはハイエルフを見るのは初めてか? その初な反応を見ればまるわかりよ。ああ、こう見えて我はおぬしより年上じゃ。あまり良からぬことを考えるでないぞ?」


 かんらかんらと楽しそうに笑う幼女。

 その姿を受付嬢は微笑ましそうに見守っている。

 一体オレはいつまでこの茶番に付き合わされねばならんのだ。

 つい、嫌悪感が顔から滲み出た。


「はぁ……」

「なんじゃ、興味なさげに返事をしおって。それはそれで傷つくんじゃからな!」


 幼女が仁王立ちしながら憤る。

 じゃあどう答えれば良いというのか。

 理不尽な問答にイライラとしてくる。


 なんで獣人とエルフのそりが合わないかだんだん理解してきたぞ。

 これはあれだ……エルフは本筋の話題に乗っかるまでが長いんだ。


 そして獣人はオレもそうだが、さっさと話を切り上げて体を動かしに行きたい者が多いのだろう。


 だから……話が合わない。

 だから、イライラする。

 それですぐ手が出ると言うわけか。

 これは犬猿の仲になるのも頷けるというものだ。


「……それで、オレに用とは?」

「つまらぬ奴よのう。もう少し会話を楽しまぬか。それじゃからおぬしら獣人は我らから嫌われるのだ。我らエルフは話し相手に飢えておる。聞き流すだけでも良いのだ。良き隣人になってくれぬかの?」

「そうは言うが……まだオレは貴女の素性を知らない。エルフで、ただ偉い人とだけしか聞かされていない。そんな状態でどんな風に会話を楽しめというのか」

「ふむ、そうだったかの?」


 今までの記憶がなくなってしまったのか? 


 それとも今までの会話など小手調べだったのか、特に問題なさそうに首をかしげる。

 そこでようやく自己紹介が始まった。


「あまり話を長引かせるとおぬしらは疲れてしまうか。あいわかった、仕方なく名乗るとするか。ワシの名はサリアという。この組合のトップであり、エルフ社会の偉い人でもある。おぬしはそれだけ覚えておけば良いわ」


 にししと歯を見せて笑う姿は年相応に見える。しかしすぐに表情を暗くさせ、目を怪しく光らせた。


「さて、本題に移ろうか。ラフィット、来い」

「ハッ、ここに」


 小生意気な幼女ことサリアがパンパンと柏手を打つ。

 すると先程まで誰もいないとおもわれた空間から、長身の男がぬるりと現れた。

 まるで空間を飛び越えてきたかのような出来事に、オレは驚きで目を白黒とさせる。


「ふふ。驚かせてすまぬのぅ。こやつはうちの子飼いのハンターのラフィットという。

 普段は我の警護を任せておるのだが、おぬしはこやつがじっと部屋の隅から様子を見ていたのを気づいておったか?」


 片手ですまんなとサリアから詫びが入る。

 同時にこの程度の看破もできぬとはがっかりじゃという表情をしていた。

 表情は一切変わっていないが、目の奥に憂いの色が見て取れた。


「……いや、そうか。貴女ほどの重鎮がお供をつけずに来るほうがおかしいか。なるほど、確かにな」

「まぁそう硬くなるでない。なにも責めてるわけじゃないからの」

「それで、オレになにをさせるつもりだ?」

「話が早くて助かるわい。取り敢えずラフィットと試合て貰おうかの」

「それが出来ねばランクアップはさせてもらえぬと?」

「いいや。別に負けても構わんよ。ただどのくらいやれるかを見たいだけじゃ。ラフィット、あまり手を抜くなよ? こやつは底が見えん」

「まぁ、ほどほどに参りましょうか」


 ラフィットと紹介された男は、軽装に革の防具を纏ったナイフ使い。だが、先ほどの大道芸じみた瞬間移動や、一切感知できなかった気配など謎な部分が多い。


「分かった。でもここじゃあ動きが制限される。広い場所はあるか?」

「ならPVPフィールドを使おう。そこでなら思う存分動き回れるぞ」

「そのフィールドは気候は操れるか?」

「いいや。場所を選べるだけじゃのう。なんじゃ、晴れてると何か都合が悪いのか?」

「いいや、問題ない」

「では始めようかの。ここで死んでも教会に飛ばされることはない。アイテムも無事じゃ。ただのぉ、どちらが有利であるかは観戦者から決めてもらうトトカルチョ形式じゃ。胴元は我が引き受ける」


 ……このババア、練習試合一つでも金を巻き上げにくるのか。確かに、確かにこの人はここのトップに違いない。


 ああ、くそ。望むところだ。今迄散々消費した分、ここで巻き上げてやる。この勝負、どうせなら勝ちに行ってやるぞ!



 [PVPフィールド・草原エリア1]


<赤コーナー>【俊敏の】ラフィット

 ヒューマンLV12


 VS


<青コーナー>【ただの】マサムネ

 ワーウルフLV6


 三回戦、二本先取バトルレディ? 




 ──FIGHT! 



 カーンとどこかでゴングが鳴る。

 場所は草原。

 だが、あの長身の男の姿がすでにどこかへと消えていた。


 ならば……己もまた対策を講じるのみ。

 目を閉じて、耳に全神経を全集中させる。

 左から、鼻先にさわさわと風が触れる。

 直後、左側の草むらが揺れた。


 ギィンと刃が火花を散らす。

 背後を取ったつもりだろうが、甘い。


「ちぃ、浅いか」


 しかし相手も攻めに入らずに、再び気配を消した。

 またも背後から斬撃を浴びせかけられる。

 持久戦を誘っているのだろうか? 

 それか出血のデバフだろうな。


 さて、やられてばかりではギャラリーが盛り上がらない。

 トトカルチョのベットは90:10でラフィットが優位。

 はて、オレに10もベットしてくれる人物がいるのか? 


 そう思った時……観戦席の隅にルドルフさんの姿が見えた。

 ジョージさんの姿も見えたが、特に応援をしてくれてる感じはない。

 どちらかといえば中立といった感じだ。


 ああ、これは負けられないな。

 負けるつもりはなかったが、より負けられなくなった。


 強張った表情で無理やり笑みを形作りながら、吠える。



「ゥワォ────ンッ!」


 特に周囲からなにも音は拾えない。


 別にそれは問題ない。

 この咆哮は気合の咆哮だ。[石の刀]を鞘ごと上空へ蹴り上げ、追うようにオレも宙へと体を走らせる。


 ラフィットの姿は見えない。

 でもそれでいい。

 見えないなら、


 スキルを練り上げ、加速を纏って抜刀する。


「流転・飛燕一閃!!」


 真空の刃が上空から全方位に飛んで行く。

 その刃は草を短く刈り取り、大地を深くえぐってようやく消えた。


 その中の一つに、少しダメージを負ったラフィットの姿を発見した。

 そこへ抜き身の刀を振りかぶって、ぶん投げた。[石の刀]は重さがウリの一つ。

 切る事より突くことに重点を置いた流線は空気抵抗を受けることなくラフィット目掛けてカッ飛んでいく。


「くそ、なんてめちゃくちゃな戦い方をするんだ……!」


 速度の乗った刀の腹をパリイで弾き、追うようにして飛び込んだオレを追撃すべくナイフを振り抜く。


 目に向かって飛んでくるナイフを歯で受け止め、【陰】の中から回収した[石の刀]を再びストレージから抜刀する。


「そんな、いつの間に!?」


 武器を手放し、距離を取ろうとするが遅い。

 ナイフを吐き出し、にぃと笑う。


「悪いがお前の【陰】は既に補足済みだ。歯ぁ食いしばれ……一閃!」


 キンッ。

 小気味良い音を立てて振り抜いた刃先は、確かにラフィットを捉えていた筈だった。

 だが、切り裂いたのは霞のような手応えのみ。

 どこに行った? 


「ふふふ……思った以上だよマサムネ君」


 ゆらりと体をブレさせながら、少し離れた場所からラフィットが出てきた。


「まさかこんなにも早く分身体がやられてしまうなんてね」


 分身体か……それもきっと複合スキル。

 やはり格上との相手は滾るなぁ。

 見たこともないスキルが斜め上の想像力の恩恵を受けて化ける。

 いいぞ、いいぞ。


 これだからバトル物はいい。

 チャキンと鯉口を切りながら、抜刀の構えを取る。

 互いに仕切り直し。

 けどさっきとは全然と違う気迫がラフィットより漂っていた。


「ここからは本気で行くよ?」

「こっちはもとより本気だ、来い!」



 ◇



「おいおい……こいつぁ、ラフィットのやつ押されてきてるか?」


 観戦席からドヨドヨと、焦りの声が上がってくる。

 焦るな、あれは演技だとジョージは宥めるが、不安じみた声は少しづつ増えていった。


「大将は彼の技を見るのは初めてかい?」


 でっぷりとした鶏の獣人が虎の獣人に話しかける。


「お前は見たことがあるのか?」

「ほんのさわりだけなら。その時点で彼は化け物じみていたよ。だからこれくらいならしでかすだろうとは思っていた。それでも、俺の想像以上だ。きっと彼はこれからもっとすごくなる。どうだい、ワクワクが止まらないだろう?」

「そうか……あいつには既に応援してくれる仲間がいるんだな」

「最初こそ俺もビジネスでのお付き合いだったさ。でもね、彼はそれ以上に人を惹きつける魅力があるんだ。少し目を離した隙にとんでもない功績を持って現れる。気づけば全財産をつぎ込んで全力で応援していたよ。そしてその見返りがこれだ。これには心底驚いたね」


 そう言ってルドルフが懐から差し出したのはカエルの碧宝珠。つまりそれはカエルのソロ討伐を達成したと言うことを意味する。


 確かに珍しい素材だが、数個あったところで大儲けできるほどではないとジョージは考える。


 ジョージとてカエルをソロで達成する事は出来なくもない。だが数をこなすとなると、どうにもSTが持たない。


 だがジョージが引っかかったのはそれだけではない。

 問題は物理無効の壁をどうやって打ち破ったのか。

 それが心に引っかかったままいつまでも残っていた。


 時は流れ、互いに一勝一敗のまま最終局面を迎える。


 しかし途中から全力を出したラフィットはSTを切らし、マサムネも肩で息をついていた。ENの消耗が激しいのだ。


 ゲージは軒並みレッドゾーンで、休憩しても回復する見込みはない。

 時間が立つにつれて、ステータスの基礎能力の差が出ていた。


「どうしたマサムネ君、随分とふらふらじゃないか? もう降参するかい?」

「バカ言え。誰がやめられるか。ここからが面白いんだろうが!」


 互いに手の内を出し切り、だが底をついた体力がそれに対応できない。


 互いに相手を睨みつけながら牽制しあう。

 そこへ場違いな声が飛び込んできた。


「はい、そこまで。この勝負は引き分けとする」


 その判断に対し、ラフィットも、マサムネも非難の意思を眼光に乗せる。


「マスター、俺はまだやれます。もう少しお時間を!」

「そうだ、まだ決着がついてない。あと少しで決着がつく!」

「アホタレ、ここで貴重な戦力を消耗させる方が組合にとって大損じゃ。ラフィット、おぬしの仕事はなんじゃ、言うてみぃ」

「マスターの身辺をお守りすることです」

「なら組合員に無様な姿を晒すな。みろ、こやつらが不安がっているじゃないか。それとルーキーだからと手を抜くな。もしもこやつが賊だったら、今頃我は討たれていたのだぞ?」

「ッ、申し訳ありません。力不足を痛感しているところです」

「そしてマサムネ殿も、その辺で刀を納めてくれんか?」

「戦えと言ったり、戦うなと言ったり、納得がいかん」

「最初に言うたじゃろ。力を見せてくれと。そして負けたとしても条件を飲むと」

「~~ッ、了解した」


 マサムネは苦虫を噛み潰したような表情をした後、くたりと膝を折って床に尻をつく。


「感謝するぞ、マサムネ殿。さて皆の者。今の試合を見て分かる通り、ルーキーだからとあまりからかうでない。確かに種族の差があり、性能にも差が出る。でもな、レベルの差などスキルで簡単にひっくり返せるのじゃ」

「…………」


 サリアは種族によるステータス格差を一人のルーキーを実験台にして解きほぐした。


 確かに僅かな差はあれど、獣にだって人間を出し抜く狡猾さがあり、エルフの理解の及ばない現象を引き起こせる。


 同時に人間にだって獣にステータスで負けてようが工夫次第で肉薄できるのだと証明してみせた。エルフだって努力次第ではそれができるのだ。そう言って聞かせる。


 ホールの組合員からの声は上がらない。

 獣人を毛嫌いしていたエルフも、エルフを厄介者扱いしていた獣人も、そして多種族の揚げ足を取って笑い者にしていた人間も、皆一様に黙りこくった。


 それからもサリアのお説教は続き、長い話を終えた後は沈黙が続いた。


 皆思うことがあるのだろう。

 ついカッとなって手を上げてしまったものや、獣人だからと不躾な視線を送っていたエルフ達。そしてジョージも、思い当たる節があった。



「これは……上手いこと利用されましたな?」


 ぼそり、とルドルフがジョージに聞こえるようにつぶやく。

 ジョージはそれに呼応するように深い溜息を吐く。

 まったくだとばかりに目を虚ろにさせた。


 結局のところ、マサムネという駒を使って場をまとめられてしまったのだ。

 今まではなんとかジョージが後ろ盾となることで、エルフ達の横暴を押さえつけてきた。

 しかしそれだけではなかなか芽が摘み取れなかったのだ。


 そこへ現れた大型ルーキー。

 まだ数日しかプレイしていないというのに防具持ち。仕上げから察するに相当な値打ちものだ。そこにルドルフが絡んでいるとすぐにジョージは察した。


 だがいいことばかりが続く事はない。

 ハイエナ気質の人間達が出る杭を打とうと立ち上がったのだ。

 ジョージが現場に立ち寄る事で状況をうまくまとめることができたが、それも一時的。

 どうしても後手に回らざるを得なかった。


「まったくあの人は、美味しいとこを全部持ってくんだからよ。裏で立ち回ってた俺がバカみたいだわ」


 後頭部をボリボリと掻きながらジョージがボヤく。


「けれそれが世間に露見した。一番利益が出るのは?」

「……組合だろうな。あの人に目をつけられたんだ。きっとマサ坊の自由は利かねぇぞ」

「だが代わりに大きな後ろ盾ができた。それが良い方に回るにせよ悪い方に回るにせよ、彼ならきっと何事もなかったように乗り越えていく。俺はそう思うがね」

「違いない」


 ルドルフとジョージは二人して似たように笑う。

 床で眠りこけてるルーキーを見下ろしながら、将来のプランを展開させた。


 後方で見守るものと、前で立ちはだかる者。

 二人の男に支えられながら、眠る獣はどんな夢を見るのか?

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