第11話 『格闘王』ジョージとの邂逅

 ガデスの工房を出た後辺りから、やたらと見られるようになった。


 いや、厳密にはこの着流しを纏ってからといったほうがいいか。

 特に因縁をつけられるといった感じはしないが、遠目で見られるくらいには注目を浴びている。


 これが装備を着る事の効果か。ルドルフさんの言葉を思い出し、ほくそ笑む。

 悪くない。ああ、悪くないとも。

 少し気を良くして、オレは肩で風を切るようにして歩いた。



 場所は変わり異種族交流組合所。


 あいも変わらず騒がしいホールを抜け、受け付けの順番待ちをしているところですぐ横から声がかかった。


「あんた、見ない顔だね?」


 振り向けば見知らぬ女がオレを値踏みしていた。

 背格好から同世代か少し下。

 表情からは善意的なものはなく、因縁めいたものが浮かぶ。


 かといってエルフというわけでもなく耳は丸いふつうの人間。

 そばかす塗れのくすんだ肌に、キツくつり上がった眉。目つきの悪さと相待って、あまり良い印象は持てない。


 あまり手入れされてないオレンジ色のボサボサとした髪を短く切りそろえており、その格好からガサツさが伺える。

 見た目もどこか薄汚れていて、まるで収穫直後のニンジンのような女だった。


 そのニンジン女の態度はやたらと高圧的。

 新入りに対しての常套句なのか馴れ馴れしく迫ってくる。だからオレは鬱陶しげに対応した。


「オレに何か用か?」

「ふーん、あんたルーキー? ここでアタシの顔を知らないなんてね?」


 相当腕に自信があるのだろう。

 周囲を見回せば、ヒソヒソと噂をされるくらいには名が知られているようだ。


「そうだな。まだ始めて日が浅い。ルーキーという認識で間違い無いだろう」

「カマかけだったのに普通に答えちゃうんだ。でさ、そのルーキー君はどこでどうやって稼いだのさ? 仲間の数は? スキルビルドは? おねーさんに教えてよー」


 初対面だというのに何故こうも上から物が言えるのか。

 もしかしたらさっきのヒソヒソは「面倒くさい奴に捕まっってしまったな」という表現だったのだろうか? 

 そう思えば腑に落ちた。


 だがこうも付き纏われても非常に困る。

 と言うわけで待ち時間の間の暇つぶし相手として構ってやることにした。

 光栄に思ってほしい。


「オレはソロだ。ビルドは教えてやらん」

「ふーん。へー……ソロでねぇ?」


 教えてやったところでバカにしてくるのは目に見えていた。だがそれがいけなかったのか、女の顔に良くない感情が灯る。

 侮蔑か、嘲りか。

 そのどちらとも取れる態度に、次になんて言葉が飛び出すのか容易に想像できた。小物特有の矮小さをこれでもかと匂わせている。


「それにしてもあんたのその装備……見事なもんね。結構したでしょ?」

「これは内祝いで頂いた物だ。価値まではわからんが。性能はかなり上質だと思うぞ。言っとくがやらんからな?」


 なにやら物乞いの雰囲気を匂わせたニンジン女。

 口を開く前に釘をさすと、読んでましたとばかりに被害を広める一手を打った。


「おーい、みんな聞いてー。このワンちゃん、ソロで装備持ちなんだってさ!」

「へー、それはすげーな。いったいどんな手品使えばそんな芸当ができるんだ、ぜひご教授願いたいね?」


 ぬぅ、とホールの席で陣取っていた男が顔を出す。

 獅子の顔に見合った巨躯を見せつけるようにして圧をかけてきた。


 明らかに友好的な態度じゃない。ニンジン女の仲間か?

 その周囲にもただならぬ雰囲気を持つプレイヤーがバラバラとオレを囲う。

 どうもオレは最初からつけ狙われていたらしい。

 これもルーキーへの洗礼かと、やれやれと肩を竦めながら首を振る。


 まぁだからといって素直に従いはしないがな。

 べろりと好戦的に舌舐めずりをし、いつでも刀を抜ける構えを取る。


 同じ獣人と言えど舐められたらずっと舐められっぱなし。そんなものは御免被る。


 獅子男はオレの剥き出しの殺気に対し「ほぅ」と感心したように笑い「一抜けた」と用事を思い出したかのように席に戻った。

 どうやら戦闘にならずに済んだようだ。


 だがニンジン女は納得がいかないらしい。

 獅子男の方に戻るなり、なにやら騒いでいる。

 どうも話が違うだのなんだのと文句を言っているのが聞こえた。

 それに対して獅子男は取りつく島もない。完全に戦意を散らせたようだ。



「次の方~」


 気付けばオレの周りから人がいなくなっていた。巻き込まれたくないと逃げ出したのか、もっと待つと思っていた順番待ちが、労せずして自分の番になる。

 因縁のつけられ損かと思ったが、良いこともあるらしい。


「ここはいつもあんな感じなのか? 前回はそうでもなかったが」


 開口一番、受付嬢へ治安の悪さを愚痴る。


「いろんな種族がいますから」


 にこやかに微笑みながらも諦めろと言われた気がした。

 ただでさえ犬猿の仲のエルフと獣人が隣同士座るホールは今日もヒステリックな怒号が飛び合う。

 半ば喧嘩しているような雰囲気もあるが、それでも回っているあたり不思議な空間だ。


「それと多分、マサムネさんのお召し物がとても珍しい仕上げだから、嫉妬していたんでしょうね」

「そんなものか?」


 そんなものですよ、と受付嬢は笑みを崩さず言ってのけた。場慣れしているのか周囲の喧騒を意に介さず受け取れる胆力はさすがだと思う。


「装備持ちは組合内でもそう多く居ませんからね。マサムネさんの装備も毛皮の色を引き立てるようで、良くお似合いですよ」

「ああ、オレも気に入ってる」

「そうでしょうとも。では改めまして、組合へようこそ。本日はどのような情報をお求めで?」


 営業スマイル全開で受付嬢は頭を下げる。

 以前よりやや会話が成立しているあたり、何か目に見えないデータが変動したのだろうか? 疑問はさておき情報を集める。


「まずはそうだな。これからランクアップした場合の納品内訳を聞きたい」

「かしこまりました。少しお時間を頂きますがよろしいですか?」

「ああ」


 頷くと、受付嬢は一礼してから奥に引っ込んだ。すぐに扉が開き、手に厚手のファイルを持って帰ってくる。

 ファイルの表紙にはデカデカとEと書かれており。そこに情報が記されているだろうことが一目でわかった。

 パラパラとめくり、そこで一つの書類に目を落とす。


「おまたせしました。ランクEへのランクアップ条件は各種カエルを50匹づつ討伐の、各種中品質の皮を10枚ずつ。それと宝珠を一つ納品ですね」


 しれっと言い切る受付嬢。やはり宝珠は必須要項であるようだ。しかし色の指定はされていない。


「宝珠の色指定はなしで良いのか?」

「宝珠はソロで討伐しない限り入手できない仕組みです。組合では、それぐらいできないようではランクEにふさわしくないと考えております」

「ではこれを……」


 受付嬢の前に碧宝珠と橙宝珠を並び置く。

 瞬間、今まで営業スマイルを崩さなかった受付嬢の表情が強張った。

 しかしプロ根性の方が優ったのか、いつもより表情を引き締めて問うてくる。


「これをどこで?」

「エリア2のカエルからだ」

「少しお待ちください。それとカードの提示をお願いします」

「別にランクアップは急ぎではないぞ?」

「いえ。もしかしたら可能かもしれません。少し上に掛け合ってみます」


 まさか宝珠のみでランクアップできるとは思わなかった。本当は皮の枚数だけ調べに来ていたのだ。未だ無力化には至らない手前、ルドルフさんに連絡を取りにくいからな。


 そんな時、一際ホールが慌ただしくなる。

 どうも有名人が来ているらしい。

 さっきまでの喧騒はより喝采を経て怒号は歓声に塗り替わる。

 その中から歩みでたのは、巨大な体躯を持つ圧倒的暴力の体現者…………ではなく、ニワトリフェイスのルドルフさんだ。


 モーゼのように割れた人垣から、圧倒的強者のオーラを出しながら現れたものだから、そのせいでいつもよりモノクルが怪しく光って見えた。


「あれ、マサムネじゃないか。お前も組合に入ってたんだな。意外だ。お前のことだからずっと野生動物のような生活でも送っていると思ってたよ」

「一応リアルじゃ高校生ですよ、オレ」

「そうだったそうだった。どうもお前の醸し出す雰囲気からそのことをつい忘れがちになるんだ。許してくれ」


 受付にカードを提示しながらルドルフさんは笑いながらそう言う。


「確かにフィールドにいる方が合ってるとオレも思いますけど、まず敵を知らなきゃ始まらない。それをウサギで嫌という程学んだ。それだけです」

「ああ、お前さんにもそういう時期があったということか。出会った時から強烈だったからなぁ、苦労なんてした事ないのかと思ってたよ」

「最初はそれはもう死にまくりでしたからね。でもそのおかげで、自分の立場を再確認できたし、あの時死んだのは無駄じゃないって、今だからこそ思えるようになったんです」

「それに気づける強さがお前さんの魅力さ。それはそうと今日は何しに組合へ?」

「ランクアップの納品内容の内訳を聞きに」

「ランクは?」

「E」

「相変わらずカッ飛んでるなー。ログイン数日でもうEかよ。俺は未だFだぞ? まぁ、それも今日までだけどな」


 そう言ってルドルフさんは懐から碧宝珠を取り出してニカッと笑う。

 彼もまたEランクに上がるところだったようだ。そして気になった事を早速質問する。


「商人でもやはりここのランク上げは必要なんですか?」

「ああ、ここのランクは総合的なものだからな。マサムネのようなバトル中心のやつにはモンスター情報を。オレのような商人だったら一つ上の商品を扱う資格になる。こいつが通ればいよいよカエル製品とはおさらばって訳さ」


 なるほど。情報といえど様々扱っているというわけだ。

 そして専門の場所がないほどに仲の悪い種族を取り揃えて一つにまとめているのがこの組合か……


「そういえばさっきの騒ぎの原因はなんだったんです?」

「ああ、あれか? 有名人が来ていたんだよ」

「その有名人がルドルフさんなのかと思ってたんですが、その言い分だと違うようですね」

「バカ言え、俺は下っ端も下っ端よ。さっき現れたのはな【格闘王】の二つ名を持つ虎獣人のジョージだ。お前さんも戦闘で食っていくなら挨拶ぐらいしておいた方がいいぞ?」

「……ジョージさん?」


 ジョージさんとはクラスメイトでゲーム仲間の美波の実父である健二さんのプレイヤーネームだ。

 SKKに行かず、こちらに残ったと聞いた片割れの一人。


 そして格闘王。彼はリアルでも総合格闘技の有段者で黒帯を持っている。どこに行ってもあの人は変わらないな。

 不思議と懐かしい気持ちになり、気づけばオレは表情を綻ばせていた。


「なんだ、知り合いか?」

「多分。オレの知ってるジョージさんなら面識があります。それに二つ名が格闘王ならほぼ間違いないでしょう」

「まだホールにいるはずだ。会いに行くなら早いほうがいいぞ。俺は一足先にランクEになってくる」


 受付から呼ばれて、ルドルフさんは片腕をあげて行ってしまった。

 オレの担当受付は未だ帰ってこない。

 なのでちょっと抜け出して、ホールへと顔を出すことにした。


 ホールの中心ではドンと構える虎獣人が、左右に女性を侍らせて豪快に笑っていた。

 さっきちょっかいかけてきた獅子男も、ジョージさんの前ではへこへことしている。

 変わらないな。

 昔からこの人は人気者で、一見してリアルを感じさせないんだ。

 こんな感じでいては実は愛妻家だとは思われもしないだろう。そして子煩悩であることも、一切感じさせない帝王がそこにいる。


「ジョージさん」

「アン、誰だおメェ?」

「マサムネです」

「ん……ああ、マサ坊か。お前もこっち来たんだってなぁ。むす……シャーリーから聞いてるぜ?」



 一瞬娘と言おうとして、慌てて言い直すジョージさん。言及しようとする人は一人も居ない。

 照れ隠しで放つ威圧が尋常じゃないからだ。


 ウサギすらも、カエルすらも上から押さえつけそうな威圧。いったいこの人のレベルは今どれくらいなのか想像もつかない。確実にオレよりも上なのは分かるが。


「彼女はこちらではダメだと、一点張りで」

「まぁそうだろうな。ちぃとばかし軟弱者に育てすぎた。まぁキゥイの奴が向こう行ってるからなんも心配しちゃいないがよ」


 キゥイさんとは美波の実母。名を美鳥。

 緑色の鳥からとってキゥイというのがネームの由来だといつしか言っていたっけ。


「ところでオメェ、レベルいくつまで上げた?」

「まだ6ですね」

「へぇ、やるじゃねぇか。まだ一週間かそこらだろ? お前らも気合入れろよ?」

「始めて3日目です」

「おいおい、冗談が過ぎらぁ」

「すいません、少し盛りました」

「だと思ったよ。ま、若いうちはそれぐらいでいいと思うぜ?」


 場がドッと盛り上がる。どうやら冗談だと受け取ってもらえたようだ。

 実はオレもジョージさんも本気で冗談だとは言ってない。

 ただ周りの空気に良くない感情が混ざり始めたのを察知してジョージさんが気を使ってくれたのだ。

 一見ガサツに見えて機微に察してくれる空気の読める男。それが【格闘王ジョージ】。

 オレの憧れたヒーローの一人だ。


「さてジョージさん。オレはこれで」

「なんでぇ積もる話もあるってぇのに」

「今エリア情報を貰ってる途中でして、受付待ちなんですよ」

「へぇ、頑張ってくんな。そう言えばランクは幾つだ?」

「まだFですよ」


 これからEになりに行きますとは敢えて言わなかった。改めて言う必要もない。

 一度目は目をつぶってもらったが、二度目はないと目で訴えてきたからだ。


 それだけランクアップの話題は人前でしないほうがいいと釘を刺される。

 さっきのニンジン女もそうであるように、ここでは成功者より失敗者が多いのだ。


 だから成功者に集る連中が多い。

 ジョージさんはそういう連中を扱うのが上手だった。

 だからと言って毎回出張ってもらうわけにも行かない。


「おぅ、お前らルーキーを拍手で見送ってやんな」

「頑張れよルーキー」

「応援してるぞー」


 やや冷やかしじみた応援を受け入れながら受付に戻ると、受付嬢の他に、小さな童女がオレの顔をじっと見つめていた。


「さて、主に折り入って話がある。少し良いか?」


 やけに古めかしい言葉を扱う童女は見た目年齢に見合わない妖艶さでオレに微笑んでいた。

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