第8話 ★★草原エリア2:全てを押し潰す壁

 草原エリア2。

 そこにいたのは見上げるほどに大きな蛙の群れ。

 まるで自分が小人になったような感覚と共に、その世界は大きく広がっていた。


 ここでは全てが巨大で、プレイヤーはまるで異物。

 視力はいいのか蛙達は非常にアクティブで、長い舌を伸ばしてこちらを捕まえようと躍起になっている。


 動きが重鈍な分、回避は楽だが逃げ場が少しづつ限定されてくる。

 単調な攻撃も少しづつ搦め手を混ぜ込む悪質さ。

 ついぞ遠巻きに飲み込まれるプレイヤーを見て、ここはこの世の地獄かと感想を述べる。


 特に競争意識が高く、もたついてる同族に厳しい環境。

 いつまでも捕まえられないと、格上が出張ってくる悪循環。


 単純にその巨大さが厄介極まりなく、こちらの必殺の風の刃を受けてなお無傷。

 中には威力を倍加して跳ね返してくるものまでいた。


 軌道こそ逸れたものの、あれがこちらに真っ直ぐ向かってきたらと思うとゾッとする。

 全てはあのぬるぬるとした皮とぶよぶよの筋肉が物理ダメージの衝撃を悉く逃す仕掛け。


 確かにこいつは強敵だ。

 ウサギなんて目じゃない物理殺し。

 小手先の連携ではなく、その大きさでもって全てを蹂躙する化け物達。

 こんなものが最序盤の二番目に腰を据えて生活しているあたり、この世界の可笑しさが露見する。


 でも、だからこそやり甲斐があると言うものだ。こんな化け物でさえ、レベルが4という事実。

 経験値の足しにならないどころか格下として見られるのも我慢ならない。


 心の底まで野獣に成り果てたオレは、その巨大な壁に斬りかかる。

 たとえその努力が無駄だとしても、やってみなくては成果が生まれぬ世界。

 そしてその絶望の果てに生まれる足りない要素を想像力で賄い、力にする事にワクワクとする。



「さぁ、想像力比べと行こうか」


 強敵を見据え、舌舐めずりをする。

 勝てる見込みはないが、勝つつもりで挑む。

 真上から見下ろされる敵視を片手で【払】い、ST消費の少ない四足歩行で地を蹴り飛び出した。


 まずはその視界の外に出る。

 大きな腹の下は安全地帯のように見えて袋小路。寝転がるだけでバッドエンド。

 だからオレは真上を取る。

 STが切れる直前まで空を走り、カエルが小さくなるまで距離を取り、ストレージから取り出した刀を思いっきりぶん投げた。

 落下中、微回復した最後のSTを振り絞り【払】で更にオレの体を加速させる。


 先に投げた刀がカエルに到達。

 しかし深々と突き刺さるも、反発力の高さから押し戻されようとしていた。

 無効じゃなく反射の黒か!

 だがそこに重力による加速が加わればどうだ?

 加速され切ったオレの足が刀の柄を捉え、そのまま大地へと貫通させる。

 血と肉と汁に塗れながらオレは確かな高揚感を感じ取る。

 それはレベルアップの恩恵。

 そしてオレに新たな力を示すスキルの獲得条件が満たされた瞬間だった。



 【ただの】マサムネ

 【称号】なし

 【種族】ワーウルフLV4→6

 【STR】9→15

 【AGI】9→15

 【DEX】9→15

 【特色】凶暴化、武器苦手、格闘得意

 【性格】獰猛、獣人上位

 【取得スキル3/4】

 【初級/刀】刀装備時、会心上昇

 【初級/斬】斬撃ダメージ増加

 【初級/払】対象をノックバック

 <スキルポイント:50pt>


 [スキルを選んでください]

 ・

 ・

 ・

 初級/灰___50pt

 初級/会___50pt

 初級/界___50pt

 初級/解___50pt

 初級/陰___50pt



 どれも50ptと消費が重いが、この窮地、あれば絶対力になる。

 そうだ……ずっと待ち望んでいたスキルがある。

 ログアウト時、これがあればより高みに上れると選んだスキルは【陰】。

 だいぶ下にあったが、黒蛙の肉体が消滅するまでの間、選べる猶予があったのが救いか。


 【初級/陰】陰の中で力を発揮する


 この一見して使い所のわからないスキル。

 だがこれがオレの想像力ではこういう形になる。


 ズズズ……オレの足が陰に入り込む。

 ただでさえその巨体が故に、陽の光が届かないこの場所では、オレは無敵だ。

 そう思い込む。思い込めない奴が負ける。

 力で押し負けても気持ちで、心で、想像力で勝て!



「行くぞ!」


 陰の世界。陰を体の一部として扱うオレは、そこでまさに獅子奮迅の動きを見せた。


 まずは足元。陰と一つになったことで、摩擦が生まれなくなった。接地面がなくなった事により、陰のあるところが足場になる。

 そして加速は、今までの比じゃない程の威力を持って蛙の胴体を突き抜けた。


 日を浴びれば陰の効果はなくなってしまうが、巨体が迫ってくるこの環境では、太陽が顔を出す時間はそこまで長くなかった。

 すぐに力を取り戻したオレは、再び陰と一つになった。


 陰の中では物理的効果は無効になる。

 陰の力はなんと言えばいいか、その力そのものが魔法的立ち位置にある。

 闇の精霊ダークネス。その力の一端が陰なのだと知る。

 だからこそ消費するゲージはMP。

 食料には困らない環境で、オレは力を磨くべく想像力を働かせ続けた。

 蛙の背中で休息を終え、回復したMPを注ぎ込んで陰となる。


 未だ弱点らしい弱点を掴めぬまま数時間。

 とっぷりと夜は更け、そこで一つの行動を見つけ出した。


 蛙達の動きが鈍くなったのだ。

 まるで夜は活動時間ではないと言いたげに休息し始める。

 そこから先は、戦闘というよりも蹂躙に近い。屠る事は容易になったが、未だ無力化する事叶わず。


 ストレージには例のごとくぼろぼろの素材が溜まりつつある。

 肉は食えるが皮が不味いので、ウサギと違って蛙は切り刻む必要があった。

 こればかりは不便だよなぁと思いながらも数度目の食事を終え、オレはその日ログアウトした。


 土、日と遊び倒してなお、遊び尽くせない強敵達。

 夢の中でもイマブレをプレイしていたあたり、もう末期患者のようだなと思いながらも苦笑いして通学する。



「よぉ、タカシ。進捗はどうだ?」


 ニコニコとしながら意地の悪そうな笑みで親友様が声をかけてくる。ユッキーだ。

 だからオレは思った通りのことを答えた。


「あまりよくはないな。倒せるが金にならん。装備も初期資金で買ったままだし、フレンドは二人できたが一緒に遊ぶというよりは全員がソロだ。今まで通りにはいかないさ」


 聞きたい答えが聞けて満足そうにユッキーの表情が歪む。こいつは……こういう顔をするとき、決まってこういう言葉をかけてくる。


「じゃあさ、そんなゲームやめてSKKで遊ぼうぜ!今こっちは激熱なんだぜ!」


 やはりか。

 くぅー、と全身で感情を表しながら、ユッキーによるSKKの魅力語りが始まった。


「それに美波ちゃんも始めたしさ、お前もどうだよ。そりゃあの二人が居ないのは致命的だけどさ、代役を俺らで埋めれば完璧じゃねぇかと思うわけだよ!」


 いつになく饒舌に語り出すユッキーを見て、それでもオレはイマブレを捨てきれなかった。

 捨てれるものか。まだまだやり始めたばかり。

 奥の深すぎるゲームに絶賛白熱している。


 こうやって学校に来ている今もどうやればあのカエルを無力化できるか想像しているほどだ。

 悪いが他のことに思考を奪われたくないと思うほどに。


「だがやり甲斐はあるぞ?」

「そうなのか?」

「ああ、難易度が高すぎて最序盤の二つ目で難儀してるが、攻略法を考えるのが楽しすぎてお陰で寝不足さ」

「へぇ、あのクソゲーをそこまで褒めちぎるとは、タカシも遠い存在になっちまったな」

「あのゲームはたしかに万人向けではないが、その魅力を知ったらきっとお前もハマると思う」

「そんなもんかね。俺はすぐには無理だな。SKKでクラン組んじまったし」

「もうそこまでプレイしたのか?」


 クラン……それはMMOの頃より続く、大規模共同体のことを指す。

 多種多様なプレイヤーを集め、同じ目的を遂行する運命共同体だ。

 だいたいが高額な値段設定がされており、1、2日やった程度じゃまず購入できない高嶺の花。

 でもそうか……オレがイマブレにハマってるのと同じくらい、ユッキーにとってはSKKが大事なんだろうな。

 だから誰かに共有して欲しくて声をかけるんだ。

 オレも、そうだから。


「そりゃもう夜鍋しまくりだって。そういうお前も目の下のクマを見る限りそうなんだろう?」

「ああ」


 朝のホームルームが始まるまでの時間で、お互いのゲームの魅力を語り合う。


 そこではへー、とかふーんとか言い合いながらも、どうやって相手を自分の土俵へ引き込むか、水面下の戦いが形成されていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る