第9話 装備新調

「ニ対一は流石に分が悪いな」


 学校でのことを思いながら帰路につく。

 朝はまだユッキーだけだから良かったが、一限目の後からは美波が入り、こちらのペースが乱されまくった。


 苦笑しながら水分を摂取し、早めの夜食を食べ、シャワーを浴びてからログイン。

 今日は防具が手に入るということで気持ちワクワクとしながらルドルフさんに連絡を入れる。


「やあマサムネ。よく眠れたか?」

「おかげさまで寝不足ですよ」

「あれから狩りに行ったのか? まあお前の強さなら大丈夫だとは思うが、あまり無理はするなよ? そうそう、防具の件だが。まだアザレのやつがインしてない。少し待ってくれ」

「オレは大丈夫です。ところでルドルフさん、エリア2についてどれぐらい知ってますか?」

「まさかエリア2に行ってきたのか?」


 目を剥いて驚くルドルフさんに、オレは無言で頷く。

 そしてストレージよりとある素材を取り出した。


「ああ。そこでこういうのを手に入れたんだが……」

「これは……もしかしてこれを討伐したというわけではないよな?」


 手に取り、『ぼろぼろの皮』の黒い表面をさする。ほのかに表面はヌルヌルとしており、肉厚の皮の裏側はぶよぶよとしている。

 まごうことなき蛙の皮だ。

 だが処理が悪ければ一律で『ぼろぼろの皮』と処理される仕様。


「倒す分には問題ない」

「つまりまた俺の力が必要というわけか?」


 ルドルフさんはゴクリと生唾を飲み込み聞いてくる。


「いや、まだ倒せただけだ。無力化する方法は判明してない」

「そうか、判明したら言ってくれ。俺も蛙の皮を扱う事はあるが、解体に参加した事はないんだ。聞いた話だが随分とデカイのだろう?」

「プレイヤーを餌ぐらいに見てるからな、あいつら」

「ははは、正面から向き合いたくないな」

「その上物理無効だ」

「……よく倒せたな、と。アザレがログインしたようだ。今フレンドチャットが入った。店の裏口から入ってくれとよ」


 ルドルフさんに続いて後を追う。

 店の裏口に着くと、変わったノック音を響かせる。

 同様に内側から同じようにノック音が響き、続いてノック音を響かせると、程なくして扉が開く。

 どうやら今のやりとりがセキュリティの役割を果たしていたようだ。


 中ではアザレさんと、他にもエルフのプレイヤーが数人。入ってきたオレたちに訝しげな視線を送っている。

 どうも客がくるとは聞いていたが、それが獣人だと知らされていなかったらしい、キツイ視線を【払】いながら、歩を詰める。

 アザレがごめんなさいね、と表情を緩める。オレは無言で大丈夫だと頷いた。



「お待たせ。少し時間がかかったけど、今出来る最上のものを作り上げたわ」


 そう言ってトレードで受け取ったものは想像をはるかに超えた性能を誇っていた。


 [宵闇の着流し:防御力+38、会心率+15%、MP回復+2%]


「パラメーターが三つも……本当にオレがもらっていいのか?」

「ええ。あんたにだから贈るのよ。他の獣人になんて作りやしないんだから。だから……傷物にしたら許さないんだからね!」


 アザレさんはどこか照れ臭そうに目を合わせず、早口でまくし立てた。

 それを見てルドルフさんがニマニマしている。また何かオレの居ないところで吹き込んだのだろうか? 

 さっきからアザレさんのテンションが少しおかしい。


 早速[宵闇の着流し]に袖を通す。

 それはオレの灰色の毛皮を引き立てるように黒く引き締まった闇色。

 ルドルフさんが「男前度が上がったなぁ」と褒めてくる。

 アザレさんは「さすが私」と自画自賛をしていた。


 オレはこの人達にもらってばかりだな。

 ひとりごち、何か少しでも返せるものがないかと悩む。

 その中でストレージの中に『ぼろぼろの皮』以外の素材が入っているのを思い出した。

 碧宝珠、橙宝珠、黒宝珠の三つだ。

 左から順に数が多く、黒宝珠に至っては1つしかない。

 だからこれをプレゼントに選んだ。


「ああ、肝に銘じるよ。それとこれはオレからの心付けだ。価値はないかもしれないけどもらってくれると嬉しい」


 そう言って黒宝珠をテーブルの上に置いた。だが反応はオレの予想を大きく超えていて……


「おいおい、これは……もしかして」

「黒い蛙から出た」

「黒宝珠! ……本物を見るのは私も初めてよ」


 凄腕職人たちに絶賛されるほどの価値があるとは思わなかった。

 なにせオレはLUKなどまるでないからな。だから価値のない可能性もあった。でも違うらしい事が表情から見て取れる。


「これ、本当に私がもらっちゃっていいの? 返してくれって言っても返さないわよ?」


 アザレさんが大切そうに黒宝珠を手に取り、照明にかざしながら目を輝かせた。


「言わん。貰ってばかりが性に合わんと思ってるだけだ。価値があるなら別に売っても……」

「売るわけないじゃない!」


 その目は少し怖いくらいに力が込められていた。どこに地雷があるかわからない人だ。

 でも価値があるだけでも良かった。なにやら喜んでくれているらしいし。


「そうか。もうそれの権利はアザレさんのものだ。好きにしてくれて構わない」

「うん……」


 なんか急に黙りこくってしまったアザレさんを置いて、オレたちは店の裏口から出ることにした。

 ルドルフさんが「これが天然タラシの力……」と恐れ慄いているのを無視し、少し休憩しようと安い茶を飲めるカフェテラスへと足を運ぶ。



「さてルドルフさんにはこっちを渡しておこうと思う」


 そう言って取り出したのは碧宝珠と橙宝珠。


「まぁそうだろうとは思っていたよ。価値は言わずもがな、だが……どうして黒いのが高いと思った?」

「どれが高いのかなんかは知らんが、あの色が一番あの人に合うと思った。それだけだ」


 ただなんとなくそれが最善だと思っただけだ。だがルドルフさんはやれやれとばかりに首を振る。


「お前な。誰にでもそういう態度取っていると勘違いされるからな?」

「なんの話だ?」

「なんでもない。さて商談に移ろうか。今回のケースは非常に取り扱いが難しいものだ。

 ただでさえレアアイテム。入手手段が非常に限られており、市場にあまり出回ってない代物だ。でもな、お前さんのお陰で今はそれを買い取る余裕がある。一つ2万でどうだ?」

「売った!」

「毎度あり!」


 こうしてオレは100個程の碧宝珠を売り、新たに200万程の資金を得た。

 もっとあるぞと言ったが、勘弁してくれとルドルフさんに泣き付かれたので途中で引き上げてきた。まさかそこまであるとは思わなかったようだ。


 さて、装備を新調したらあと欲しいのは武器ぐらいか。

 二刀流のムサシもヒーロー像の一つにある。

 もう一つ武器が欲しくなったら善は急げとバザーを見て回る。が……


「どこにもない……だと!?」


 確かに最初に買い付けた時、使い手がいないからと言われていたが……ここまで売ってないものだとは思わなかった。


 こういうとき頼れる存在は……

 オレはログインを確認して強欲生産職のリネアに連絡を取った。


 どうやら熟練度上げに夢中になっていたようで、まだあの素材は消費しきっていないらしい。

 奢る前提で誘い出せば、まんまと釣られてくるあたり、付き合いは良いようだ。


「なになにどったのー?」

「ああ、少し聞きたいことがあってな」

「こういう時はリネアさんに任せなさーい。そんかわし情報量は貰いますぜ~? げっへっへっへ」


 リネアは人差し指と親指をくっつけて輪っかを作り、金を出せとアピールしてきた。

 非常にわかりやすい性格である。


「金はないんだが、これで代わりになるか?」


 ゴトリ、と橙宝珠をリネアの前に置く。

 それを認識した時のリネアの表情の綻ぶ様は、このまま溶けてしまうんじゃないかというくらいふにゃふにゃになっていく。


「お、ほほ、ふぉお、マジ……これマジ?」

「マジだ」

「流石マサムネさん! あたしなんかの想像を軽く超えてくるね!」

「いや、ただの獣だよ」

「まったまたー、謙遜しないでよ~」


 腫れ物でも触るかのように取り扱うリネア。そそくさと懐にしまい、なんでも聞いてくれたまえと踏ん反り返る。


 そこで武器の話を持ち出し、出来れば刀が欲しいことを伝える。

 数分ほど熟考した後、何かを思いついたのか、リネアは名案があるという顔をした。

 こいつは強欲なところはあるが、嘘はつかないやつだと思いたい。



「ついてきて」


 そう言った彼女の後を追い、やたら蒸し暑い鉄火場へと足を運ぶ。

 そこで一つの工房の前で止まると、リネアは声を張り上げた。



「親方ー、親方ー!」

「なんじゃい、でかい声出しおって。ちゃんと聞こえとるわい!」

「あ、親方。刀を欲するお客さんです」

「刀だぁ!?」


 工房の扉を開けて出てきたのは、ずんぐりむっくりとしたヒゲもじゃのおっさん。

 どこからどう見てもドワーフだ。

 そのおっさんは刀と聞いて、すごく嫌そうに吐き捨てる。


「お前が刀が欲しいって客か?」

「ああ」


 見定めるようにドワーフの男の視線がオレの頭から足の爪まで舐め回すように見回した。

 アザレさん然り、職人はこんなのばっかりなのか。



「まぁ良いだろう、入んな」


 ドワーフに促されるように室内へと入り、扉を閉められる。

 扉の外ではいい笑顔でリネアが見送っている。

 おい、お前はついてこないのか。

 呆れながらも工房の中を見回すと、そこら中に刀と思しきものが散乱していた。


 それを見てわかる。

 このドワーフは相当凄腕なのだと。


「で、オヌシはワシにどんな刀を望む?」


 その挑発的な瞳は、下手なことを言ったらぶっ飛ばしてやると言わんばかりに爛々と輝いていた。

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