第7話 駆け出し鍛治師リネアとの遭遇

「はい、こちらで審査は終わりです。これより正規組合員としての活動をなされますか?」


 ルドルフさんと別れたその足で、兼ねてより気になっていた木造建築へと踏み入る。


 その建物の中はまるで酒場であり、街の喧騒を一気に凝縮させた賑わいがあった。

 その場所の名前は『異種族寄り合い組合所』。

 酒場にしてはやけに情報が飛び交っており、皆真剣に耳を傾けている。

 種族は様々で、屈強な種族が多くを占めていた。


 どうやらここは、ギルドの様な場所であり、クエストの代わりに情報を扱っているらしい。

 金儲けには直接結びつかないものの、モンスターデータや脅威度。ドロップアイテムの買い取りなどを一挙に引き受け、それで運営している様だ。


 ちょうどオレも狩場を変えようと思っていたところだ。これも何かの縁かと思い、登録してみたのだが……登録しただけで所持金の1/4が吹っ飛んだ。

 何を言ってるかわからないと思うがオレも訳がわからなかった。


 気を取り直して、情報を求める。


「そうだな、草原エリア2の情報が欲しい」

「申し訳ありません、その情報は今のランクでは取り扱っておりません」

「なに?」

「そう怖い顔なさらないでください。今のランクでは取り扱ってないと申したはずです。そうですね。ランクアップ試験を受けてもらえればその情報をお渡しすることが可能ですがいかがですか?」


 オレの組合員登録を引き受けてくれた受付嬢が先ほどと変わらぬトーンで話しかけてくる。


「引き受けよう。なにが必要だ?」

「では草原エリア1で取れる中品質の各種皮を三枚づつ。それと討伐を30匹づつお願いします」

「多いな。討伐は討伐部位を提示する必要はあったりするのか?」

「それは心配ご無用。そのカードには今この時から、次に来る時までの行動記録が全て記されております」

「……OK、つまりは個人のプライベートなどあってない様なものだと?」

「そうでもしなければ多くの種族をまとめ上げることなどできないとだけ申し上げておきます」

「理解した。素材を持ってくるだけでいいんだな」

「はい。ではお気をつけて」


 受付嬢に見送られ、外へと出る。

 するとそこでは、パーティメンバー募集の呼びかけが盛んに行われていた。

 オレはその中から今回の相棒を選ぶ。

 討伐だけでいいのなら、ソロでも可能だが……なまじ素材の納品が絡む分、オレ一人では達成出来ない。


 そこでいい感じの募集を探しているんだが、どこもオレの条件を満たすパーティメンバー募集はなかった。

 そんな中、なにやら騒がしい音がオレの耳に飛び込んできた。


「おい、いい加減離れろや!」

「お願いします、お願いします! どうしても素材が欲しいんです!」

「だから俺たちじゃなくて他に頼めって、なぁ?」


 なにやら鳥っぽい少女が立派な装備に包まれた獣人に詰め寄っては懇願している。

 見るからに切羽詰まった雰囲気だ。

 周囲の人たちは見て見ぬ振り。関わり合いにならないように距離を取っている。

 我が身可愛いさか、それとも見慣れた風景なのか。適切な対処をとって行動に出ている感じだった。


「解体なら出来ます。素材だけ持ってきてもらえれば、なんでもしますからぁ~~」

「そうは言ってもなぁ、こっちは人数足りてるし、悪いけど他当たってくれ」

「そんなぁ~~」


 一人うずくまり、駄々をこねる様にその場でジタバタと暴れ出す。

 オレは彼女を避けて通り過ぎる人垣を抜け、取り残された少女に声をかける。


「おい、お前」

「何よ、あんたみたいな素人があたしに何の用? こう見えて忙しいんですけど~?」


 さっきまでの駄々を捏ねていたのが嘘のように冷たい視線を浴びせかけてくる。

 こいつ……

 暇そうだからと声をかけたんだが、こちらが素人と見るや否や態度を180度変えやがった。

 これが周囲の人たちが相手にしなかった理由か。まぁ良いや。それでもオレにとっては都合がいい相手であることは変わらないし。


「解体できるってのは本当か?」

「ああ、さっきの聞いてたの。そうよ、それが何か?」

「少し手伝って欲しいんだが」

「はぁ~?」


 さっきまで癇癪を起こしていたとは思えないほど、少女は疑いの目をオレに向けてきた。なんだこの態度の差は。

 ちょっと居た堪れない気持ちになりながらも、会話を進めていく。今のオレに必要な人材は解体できるプレイヤーだ。

 多少性格に問題があっても、大丈夫だ。


「あんた、レベルは?」

「4だ」

「4!?」


 思っていた答えと違ったのか、少女は大層驚く。そしてあっという間に手のひらを返して揉み手で擦り寄ってきた。


「ぐえっへっへ。お代官様。用件はなんでしょうか? このリネア、どんな要望でも飲みますよ~」


 この態度の変わり様。

 逆に清々しいまでに露骨なスタイル。

 案外嫌いじゃないぞ。


「何、簡単な事だ。オレはウサギの素材を欲している。しかし採取において一番キモであるLUKのステータスがない。倒しても手に入るのは『ぼろぼろの皮』のみ。そこでお前の出番というわけだ」

「お、兄さん。この世界のシステムを知ってる口だね~? いいよいいよ。手伝ったげる。その代わり、あたしのお願いも聞いてくれる?」

「ああ、ついでで良ければな」

「おおっし、交渉成立だね! あたしはリネア。駆け出し鍛治師のリネアよ!」

「オレはマサムネ。同じく駆け出しのハンターだ」


 互いに手を組み、パーティを組んだ。


 パーティに入れば、討伐した際の経験値と、素材を手に入れた時のアイテムがパーティメンバーに配られるという仕組みらしい。それを聞いたらオレとしては組まない理由はない。



 そして舞台は街から草原へと移る。


「さて、リネアと言ったな。まずお前の求める必要数は幾つだ?」

「えっとねー、白が200、黒が100。灰が50もあれば十分だよ!」

「それっぽっちでいいのか?」

「えっ」

「え?」


 さっきまでニコニコとしていたリネアは、オレの答えに表情をピシリと固めた。

 オレとしては昨日のルドルフさんと同じ感覚で答えたのだが、どうもリネアの中では基準が違う様だ。


「それ、本気で言ってるの? あたしとしては結構無理言ってるつもりだったけど」

「別にそれくらい無理でもなんでもないぞ。討伐だけならその倍くらいは数時間で終わる。素材に関してはお前の腕次第だが、どうする?」

「やるます!」

「元気があってよろしい。では少し待て、舞台を整える」


 ここで繰り出すのはもちろん、『流転・飛燕一閃』。同じことの繰り返しだから端折っていくぞ。

 だいたい時間にして十数分くらいか。

 指定数の討伐と、1回目の素材解体のウサギを持って行ったのは。

 案の定、ルドルフさんと同じ様な顔でオレを出迎えてくれるリネア。

 ちょっとばかし腰が抜けている様にも見えるが、その……なんだ、頑張ってほしい。


「ちょ、ちょちょちょ。あんた一体何者なの!?」

「自己紹介ならさっき済ませたはずだが?」

「そうだけどそうじゃなくて!」

「?」


 何が言いたいのか分からん。


「分かった分かった、あんたの実力は認めるわ! でもちょっと状況を整理させてちょうだい」

「それは構わんが、さっさと分解しないと持ってきたウサギが気絶から回復してしまうが?」

「そうだった。あー、もう!」


 なにやら自暴自棄になった様子でリネアがストレージから取り出したナイフを突き刺す。

 そして「解体!」と叫んだ。


 数秒してログに解体の結果が記される。

 内容はルドルフさん程ではないが、狙った通りの中品質の素材が一個、オレのストレージに入っていた。

 やはりルドルフさんは凄腕だったのだな。彼は一匹から5枚も取っていた。

 その腕の差から、比べるまでもない力量差が感じ取れる。


「うわ! 一発で成功した。ヤバ! よーしこうなったらバンバン持ってきちゃって! ガンガン解体するから」


 吹っ切れたのだろう。リネアはいい笑顔でオレに合図を送った。

 それに無言で頷き、狩りへと走る。

 時間にしてどれほどたっただろうか? 

 彼女の要望を有り余る量の素材をストレージに溜め込み、俺たちは街へと帰る。

 その頃にはリネアは随分と大人しく……いや、目がZになって浮かれていた。


 すっかりこの素材をどう作り変えてやろうかと想像力を働かせているようだった。

 オレが必殺技を考える時の表情に似ている。

 楽しくて楽しくて仕方がないのだろう。


 彼女はオレに素材を与え、オレは彼女に解体チャンスとその後の楽しみを与えた。

 この出会いは偶然と呼べるものだったけど、お互いがWIN-WINで終わって良かったと思う。


 素材に関しては必要以上に揃ったとして、オレのストレージに入った分はオレのものとなった。そもそも臨時パーティだったので、ろくな取り決めもなく進めてしまったのも悪かった。

 改めてリネアともフレンドコードを交わし、連絡を取り会えるようにした。


 彼女が鍛治で何を先行しているかまではわからないが、この出会いが無駄になることはないだろうとそれぞれの用事を済ませるべく分かれる。


 組合に帰ると、笑顔で迎えてくれた受付嬢さんに素材とカードを提示した。


「確かに……しかしこの討伐数は異常ですね。しかし特に不正した形跡は見られない。それとランクアップには手数料がかかりますがよろしいですか?」


 提示された額は、さっきと同様全財産の1/4だった。ここはあれだろうか?

 効率よくプレイヤーから金を搾り取る体制が出来上がっているんだろうか。

 オレはいつのまにか受付嬢に疑いの目を向けていた。


「どうかされました?」

「いや、なんでもない。ランクアップを頼む」

「かしこまりました。これでマサムネさんは晴れてFランクですね。それで情報の方ですが、手数料がかかりまして……」

「分かった分かった。それも払うよ」

「毎度あり~」


 機嫌の良さそうな受付嬢に都合三度の支払いをし、オレは次のマップの情報を得た。

 そこには……


「マジか……」


 予想をはるかに超えるモンスターデータが添えられていた。

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