第6話 防具職人アザレとの出会い
時間も時間という事で、一度ログアウトし、また出直そうという事になった。
昨日の夕方から結局丸一日遊び通してしまったわけだが……リアルの空腹よりも先に、帰ってきてしまったんだなという消失感に包まれた。
あの場所はまるで夢のような世界だった。
望んだものが自分のものになる世界。
できる事ならば、あの世界でずっと暮らしていたいと思ってしまうほどにその世界が当たり前になってしまっていた。
「ああ、この空虚な感覚を満たすにはもう一度ログインするしかないが、まずは腹ごなしだな」
買い置きのインスタントに湯を落とし、3分待つ。今のご時世はインスタントといっても様々だ。
「頂きます」
目の前にあるスープパスタにフォークを添え、くるくるとパスタを巻き込んでから口に入れる。もぐもぐと口を動かし、飲み込む。
普通に美味い。美味いのだが……
「はぁ……」
向こうの世界で味わったほどの満足感は得られなかった。
まるで自分の中の嗜好が変えられてしまった感覚。このパスタだって美味い筈なんだ。
数あるインスタントの中でもお気に入りの一つだった。
けれど、あのゲームで生きたウサギを生でかぶりつく感覚に比べてしまうと、取るに足らない物になってしまう。
「すっかりあのゲームの虜になってしまったか」
腹は満たした。水分の摂取をし、ベッドに寝転がる。
「また明日……」
オレはそのまま瞼を落とし、夢の中へと誘われた。
◇
翌日。窓から差し込むまばゆい光の中で目を覚ます。のそのそと起き出し、洗顔ついでにシャワーを浴びる。
さっぱりとした目覚めを迎えた後、適当にパンを焼き、頬張る。
うちの家庭は共働きなので、日曜の朝とて両親と同じ時間を過ごすことはない。
子供の頃からずっとそうなので、別に恨んじゃいないが、太刀川家のような家族のあり方も羨ましいなと憧れることはあった。
「と、そうそう。情報収集をしなきゃ」
ルドルフさんと出会って、色々と教えられたからな。
それに始める前と始めた後で見え方が違うというのもあった。
だがβテスターの情報はどれも的外れとしか言いようのないものだった。
つまりはあの過酷極まりないチュートリアルの脱落者たちの戯言が多くを占めていた。
そんな中にも有用な情報がいくつかある。
それがまだ見ぬスキル群の数々。
内訳はお粗末なものだったが、どのようなものが得られるか知れただけでも大変有意義な時間を過ごせた。
気づけばルドルフさんとの約束の時間近くになっていた。普段であればここまでハマりきる事はないのだが、このゲームはスキルを見ているだけでも楽しいので仕方がない。
「さて、行きますか」
親しい友達のもとに会いにいく感覚を持って、オレは再びあの地へログインした。
ログアウトは街の中でのみ有効。
外でログアウトした場合、アバターはそのまま残り、モンスターに一方的に攻撃され放題になってしまうのだとか。
ログインしたら教会の中、というのはβテスターの中でも笑い話として取り上げられている。
目的地へと歩を進めながら周囲へと視線を向ける。するとある一定の行動パターンを読めるようになっていた。
見るからに屈強そうな獣人たちは、木造でできた大きな建築物へと流れていく。
その一方で人間やエルフ、ドワーフなんかの手先が器用な連中はバザーに足を向けていた。客か店員かどちらかわからぬが、多分後者だろう。
あとはNPCの子供達が駆け回り、この喧騒を作り出している。
一見してこの賑わいも一つの法則を持って出来上がっているのだと思うと、少し感慨深いものがあった。
集合場所ではルドルフさんと、もう一人。耳の尖った妙齢の女性が談笑していた。
そこへ近づき声をかける。
「ルドルフさん」
「おお、マサムネ。いいところに来た。アザレ、彼がこの素材の協力者だよ」
「へぇ、噂はかねがね。凄腕なんですってね?」
アザレと紹介された女性から、探るような、あまり良くない視線を向けられる。
だが敵視と言うよりは、もっと根っこの深いもののような嫌悪感がその表情から伺えた。
だがそれはオレというよりも、種族を一括りにして向けられているようで……
それを素早く見抜いたルドルフさんが咎める。
「おいアザレ。マサムネの実力を疑うのか?」
「別に。私は人の噂に流されないようにしてるだけよ。確かに獣人にしてはやるのでしょうけど」
「まったく、けったいなやつだ。マサムネ、彼女はアザレ。こう見えて凄腕の防具職人だ。獣人に対して良くない感情を抱きがちだが、根は悪い奴じゃない」
「アザレよ。見ての通りエルフをしているわ」
「マサムネだ。こちらも見ての通りだ。先日ルドルフさんに世話になったばかり。よろしく頼む」
特に握手とかはせず、名乗りあげるだけで会話は途絶える。
しかしルドルフさんがオレの聞きたい事をズバズバ言ってくれるので、途切れてしまうことなく会話が繋がった。
本当にこの人はコミュニケーション能力がずば抜けているな。
「さて、本題を進めるぞ」
ルドルフさんが音頭を取り、オレとアザレさんを順に見回す。
「アザレ……この素材。定期的に卸すとしたら幾らで買い付ける? 勿論、入手先は俺からと限定させてもらうが」
テーブルの上にはつい昨日入手したばかりのホワイトラビットの皮が五枚程並べられている。
しかしアザレさんの表情はピクリとも揺るがない。流石凄腕というだけはある。
この素材ですら靡かないのは見て取れた。
「ごめんなさい。確かに高品質は魅力的だけど……白じゃね」
まるでそれで作れるものならば既に作り切ってしまったと言いたげな態度。
だが、ルドルフさんはまだ勝負を捨ててない。最初から白で飛びつくような切羽詰まった職人など探していないのだ。
だからこれは小手調べ。
彼のストレージにはまだ切り札がいくつか残されている。
「では条件を上乗せしよう」
そう言ってルドルフさんは、楽しそうにダークラビットの皮を並べ始めた。
そこで初めてアザレさんの表情が揺らぎ始める。白と黒でそれほど差があるのだろうか?
肉を食べた感じ、味はどちらも互角だったが……
「……これも、高品質。随分と魅力的な提案ね。でもまだ弱いわ」
瀬戸際でプライドを見せたのか、この提案をアザレアさんは蹴った。若干悔しそうではあるが、プライドを優先させたようだ。
勿論ルドルフさんはまだ笑っているまま。
「まぁあんたなら突っぱねてくるだろうと思ったよ。なら条件を更に上乗せしよう」
そう言って、今度はホーンラビットの皮と、角を揃えておいた。
アザレさんの表情は、凍り付いていた。
それをこの目で見るのは初めてだと言わんばかりに震えている。
見るからに品質の高そうなホーンラビットの皮に、手に入れたつもりで何を作ってやろうかと没頭している。
ルドルフさん曰く、素材そのものならば低品質で入ってくることはあるが、これほどの状態で入ってくることは稀と言ってもいいほどだとか。
上手い事を考えつくものだと感心せざるを得ない。商人とはこういうものか。
「確かめてみても?」
「好きなだけ確認してくれて構わない」
「すごい……どれも高品質。これを本当にこの獣人が調達したというの?」
「ああ、凄いだろう。俺も最初は驚いた。あまりの状態の良さに解体する手がぶるっちまったくらいだ。あとさっきも言ったがマサムネだ。彼をその他大勢に括るのはやめろ。悪い癖だぞ?」
「…………」
笑い飛ばすルドルフさんとは対照的に、アザレさんはなにかを飲み込みながら素材を触り続ける。
それから数分を要し、諦めたように大きなため息をつくとオレに向き直った。
「降参よ、降参。私が悪ぅございました! これでいい?」
彼女がなにに対して謝っているのかわからない。オレが困惑していると、ルドルフさんがやったな、と声をかけてくる。
どうやら彼女は、オレのために防具を作るのを渋っていたようだったのだ。
それを商品の安定供給を肴に納得させたと、そういうことらしい。
「改めて頼む」
「ええ、でも先に断っておくけど私が獣人全てを認めたわけじゃないから。特別なんだからね!」
「それでも、オレの防具なら作ってやってもいいと決意してくれたのだろう? どれほどの葛藤があったかは本人じゃないからわからないが、それはきっと大変な事なのだろう」
「なんなのよこいつ……確かにこんな獣人初めて見たかもしれないけど」
やや躊躇いの表情を浮かべるアザレさん。
「だから言ったろう? そこいらのやつと比べるなって。こいつはさ、欲がないんだよ。まるで無欲と言ってもいい。俺が保証するぞ?」
「珍しくあんたが上機嫌だと思ったらそういう事。そう、なら信じてあげるわ」
「おまえはもう少し素直になれば可愛いのになー」
「余計なお世話よ、放っといてちょうだい」
ルドルフさんにすっかりやり込められてプンスコと頬を膨らませる。
先ほどまでの試すような視線を霧散させ、すっかり砕けた様子を見せた。
これが彼女の素なのだろうか?
職人にはレア素材をチラつかせた方が話が早いとすぐ横でルドルフさんは笑う。そしてオレにどんな装備が欲しいか聞いてきた。
「ではマサムネ、要望はあるか?」
ずいと身を寄せるルドルフさんに、オレは昨晩宿題にされていた専用防具の結果を発表することにした。
それが……
「着流し……そんなのでいいの? せっかく私に頼むのよ? もっと要求して来なさいよ。全てパーフェクトにこなして見せるから」
彼女は眉を八の字に曲げて困惑したように言う。でもオレの願いはそこに結局そこへ帰結する。
「オレはこの地でサムライになるべく活動している。で、あればここに行き着くのは当然といえよう」
「本当に欲がないのね。もっと防御力を高めるとか考えないの?」
「食らえば死ぬ手合いを相手に、受けることは無駄だと知っているからな。それにオレのビルドはスピード特化だ。動きを制限される鎧よりも、風をはためかす着流しで十分だ」
「そう、分かったわ。こっちもプロとしての意地があるから簡単な仕事でも手は抜かないつもりよ。明日また来なさい。それまでにはグゥの音も出ないほど唸らせてあげるから」
それだけ言うと、アザレさんは採寸もせぬままオレとルドルフさんを置いてその場を去ってしまった。それを見送り、ルドルフさんが愚痴を漏らす。
「彼女は腕こそ良いんだが性格がアレだからな……」
「そうか? それだけ自分の仕事にこだわりを持っていると言うことだろう。プライドというのは積み重ねてきた努力の結果だ。そんな彼女に仕立てて貰えるだけでもありがたいと思うが?」
「へぇ、マサムネは彼女の発言を聞き流せるのかい。獣人にしては珍しいね」
「?」
そこでオレはルドルフさんから、なぜ彼女がオレたち獣人を忌み嫌うのかをこれでもかと教えてくれた。
「そんな事が……」
そこには相当昔から根の深い因縁があった。彼女達エルフは静寂を好む。深い森の中で自然と共に生きてきた。
そしてオレ達獣人は、言ってしまえば脳筋になりやすい傾向にある。要はなんでも暴力で解決しようって算段だ。
単純に馬が合わないのだ。
犬猿の仲とでも言えば良いか、顔を突き合わすたびに喧嘩を始めてしまうという事らしい。
「これも性格変調の賜物ではあるな」
「その性格変調とは?」
「本来は忌避感を覚えてしまうだろうその種族の補正を受けてしまう事だ。例えばあんたら肉食獣なら、調理せずに生で食った方が美味しく感じるとか、そう言うアレさ」
「そうか。それには随分と助けられたものだ。だが良いことばかりでもないのだな?」
「それはそうさ。この能力は万能ではない。得意分野と苦手分野が明確に別れてしまうんだ。でもそんな因縁も、こうして話し合えば手を取り合うこともできる。オレ達商人はそうやって人と人を繋げて、金を稼ぐのさ」
ルドルフさんはニンマリと笑う。
子供のような、屈託のない笑みだ。
少しして遠くを見つめながら、いつか全種族がそんな些細なことで悩まないほどの時代が来れば良いのになと語りだす。
オレも出来るだけその夢に協力してやりたいものだと口には出さずに思うのだった。
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