第5話 商人ルドルフとの出会い
ウサギ狩りにもそろそろ飽きた。
それよりも先に、このストレージ内に溜まりつつある素材を何とかしないとな。
<ストレージ内>
【武器】石の刀×1
【素材】ぼろぼろの皮×158
問題はこれが売れるかどうかではあるが……他に物が無いし、捨てるにしろ価値を確かめてからでも遅くはないだろうと、オレは街へと足を向けた。
門をくぐり抜けるとそこは懐かしき喧騒。
草原ではあまりプレイヤーを見かけないのもあって、一瞬本当にここがさっきまでいた草原と同じ世界なのかと疑いの目をむける。
そこでようやく気づいた。
もしかしたらあのマップはインスタンスマップなのではないのかと。
プレイヤー、若しくはパーティを組んだものとしか一緒に入ることができない場所。
だとすれば納得する。
それ程までにこのゲームは徹底していると。
徹底的にプレイヤーを追い込む為だけにそうしていると。
その先にあるこのゲームの本来の遊び方を教えるために。
一見してただの無理ゲーに見えてなかなか奥深い。今になってこのゲームの提案者の想像力に恐れおののく。
それはそれとして、今は素材の売却だ。
「確かこっちの方にあった筈……あった」
お誂え向きに[皮素材買取します]と表に出している店がある。
NPCは販売しかしていないと聞くので、中身入りだろうと推測し、店の前へと足を向けた。
ここでならこの素材の本当の価値がわかるだろう。
「すまん、ここは素材を買い取ってくれると表の看板を見てきたんだが」
「ああ、確かに買い取っているが、その前に状態を確かめさせてもらっていいかい?」
出てきたのはぱっと見ニワトリの獣人。
黄色いくちばしに真っ赤な立派なトサカを立てたどう見てもニワトリが古物商のようなモノクルをつけて話しかけてきた。
ただしサイズは人間と同等あるのでその愛くるしい見た目に騙されてはいけない。
ニワトリは案外凶暴なのを俺は知っている。
不躾な視線に気づいた店主は、オレのような客に慣れているのか「お客さん、コケッコーを見るのは初めてかい?」と聞いてくる。
頷くと、種族進化先に商人にとって最も欲しいステータスの成長値が良いから選んだと聞かされた。
なるほど、種族進化というのもあるのか。
無礼を詫びながら、買取してもらうべく話を戻す。
「あー……まぁそうだとは思ってたけどね」
店主に素材を確かめて貰ったところ、明らかにハズレなのだろう。気落ち具合が尋常じゃなかった。
「ハズレなのだろうとは分かっていた。やはり買い取っては貰えないか?」
「初めて討伐出来て嬉しいのは分かるさ。俺ら商人から見たら、倒せるだけでも大したもんだよ」
疲れたようなため息を吐きながら店主は語る。それにしてもどうしてこの人はオレが初心者だと気づいた?
「何故オレが初めて討伐したと?」
「そりゃお前さん、装備も碌にせずに丸腰じゃないか。そんな格好でいるのは貧乏人か、始めたばかりのルーキーだろうなって俺くらいになると分かるものなのさ」
ニィと店主は口角を釣り上げる。
そうなのかとオレは考えさせられた。
その後店主からいくつか雑談を交えて話を聞く。中でも驚いたのは、種族によっては素材採取はままならないという現実だった。
「……それは本当か?」
「残念ながら、ドロップ率は討伐者のLUKがかなり影響する。あんた達肉食獣は、モンスターを食うために殺すだろう? だからそのあとのことを考えないんだ。言っちゃ悪いが扱いがお粗末極まりない。
俺たち商人は、例えそういう経緯を知っていたとしても、それはそれと割り切る。
同情ぐらいはしてやれるがこっちも商売だ。食ってかなきゃいけないからな。こんなにぼろぼろじゃあ使う場所がない。悪いがこいつは引き取れないという訳さ」
「そうか……残念ながら俺の種族にはそのステータスは存在しない」
「だと思ったよ。ああ、そうだ。数があるなら焚き火の着火用に買い取るがどうだ?」
「それだけでも十分助かる。お願いしよう」
店主は困り果てたオレに助け舟を出してくれた。それが商人としての最大限の譲歩。
たとえ二束三文であろうと、金になるならばと俺はストレージの中身を出した。
しかし10枚、50枚、100枚を越えてなお出てくる素材の数々に、微笑ましい表情を向けていた店主の顔が青くなっていく。
「おいおいおい……あんた本当にこれ全部仕留めたのか!? 確かにあんたは強そうだが……新人なのだろう?」
店主はやや早口でまくし立てたあと、ただでさえ丸い瞳を更に丸くして驚く。
そんなに驚くことだろうか?
「ああ。だがLUKがないから結果はこの通り。安くたっていい。手持ちが少ないから少しでも蓄えたいんだ」
「もしかしたらあんたは神様が俺に遣わしてくれた御使いかもしれないな。なぁあんた。うまい話があるって言ったら聞くかい?」
店主はさっきまでの態度を一変させ、悪代官のごとく悪い顔をして語りかけてきた。
当然、こちらにとってもうまい話なのだろう。俺は店主の持ちかけた話に是非もなく飛びついた。
どうせこの話を蹴ったところで金を稼ぐ道はついさっき閉ざされたばかり。
だから俺は頷き、悪魔の囁きに耳を傾けた。
◇
場所は変わり、ウサギが屯する草原エリア1。その場所へオレと店主は足を運んでいた。
「つまりはオレの腕を見せろと、そういう事か」
ああ、と店主ことコケッコーのルドルフは頷く。彼は長いことあの場所で買取の仕事をしているが、オレのような獣人の持ち込みでも多くて10枚が普通だと語った。
その上で100枚を越えて持ってきたオレの腕を見込んで是非力を見せて欲しいと頼みこんできたのだ。
「ああ、なるべくなら殺さずに気絶させた状態で頼む」
「殺してはダメなのか?」
「あんたのストレージに『ぼろぼろの皮』が増えても良いんならお好きにどうぞ」
「そういう事か。ならばそうだな、5分ほどもらおう」
「は?」
呆けるルドルフさんをその場に残し、オレはストレージから取り出した刀を空中に蹴り上げる。
まずはこの鬱陶しい草を刈り取る!
重力に引かれて落下した刀を鞘ごと受け取り、その場で回転しながら抜刀。
「流転・飛燕一閃!」
新たに開発した抜刀術を横一線に撃ち抜く。これのいいところは元の飛燕一閃より広範囲に風の刃が飛んで行くところにある。
威力こそ本家より低いが、その分視界が開けるので殺さず仕留めるのに重宝するのだ。
餌は傷物にするより無傷で捉えたほうが美味いのだと最近知ったからな。
まさかそれがこんなところで役に立つとは思わなかった。
草と一緒に隠れていたウサギの悲鳴が聞こえるが、無視。自分よりレベルの低い相手をいくら倒しても経験値は一切入らない。
練習がてら数百は倒したが、オレのレベルが未だに5に上がらないのが論より証拠。
たまたま4に至ったホーンラビットが居たことで、幸運にも4に至れたのだと最近思い知ったばかりだ。
フィールドが回復するのにだいたい10分は要する。それまでに倒し切れれば重畳。
そしてモンスターのリポップは討伐後、1分で湧くのを確認している。
リポップを確認後、空を蹴って駆け出す。
ターゲットは呑気に草を食んでいる白と黒のウサギ達。
お目付け役のホーンラビットは居ないようだ。
オレは白いのに肉薄すると、腰に据えた手を、顎に向かって打ち込んだ。
掌打で上手いこと脳を揺らしたのだ。
人間と同じような技が通用するのかと思うが、通用したんだから深く考える必要はない。
結果は実行を持って知れ。これがここのルールだ。
ちょっと勢い余って二、三匹なぎ倒したけど結果オーライ。
敵視を振りまく黒の視線を【払】い、何事もなかったように意識を刈り取る。
時間にして3分。5分も要らなかったな。
気絶したウサギを担いでルドルフさんのところへ持っていくと、信じられないものでも見たような顔をされた。
もしかしたらオレのようなビルドは珍しかっただろうか?
まあ想像力は人それぞれだもんなと思い直してルドルフさんへと向き直る。
「さあ、条件は満たした。ルドルフさん、今度はあんたの仕事だ」
「いやぁ、はは。どうやら俺はあんたの実力を見誤っていたのかも知れない」
「?」
「いや、なんでもない。解体だったな。準備をするから少し待っててくれ」
ルドルフさんは自分のストレージから丈夫そうな木の台を取り出し、その上に気絶させたウサギを置いた。
「すごい。こんなに傷のない個体は初めて見る……これは失敗できんな」
「失敗するものなのか?」
「もちろん。あくまで成功率が高いだけの話だから失敗だってする」
「でもオレがやるよりはマシなのだろう?」
「ああ、それだけは保証する」
オレの問い掛けに、ルドルフさんは頷いた。
「さてルーキー。あんたの実力を見せてもらったお礼にオレのオリジナルコンボを見せてやる。他言無用で頼むぞ?」
「したところでオレに旨味がない」
「はは、そう言ってもらえると助かるよ」
ルドルフさんはストレージから一本のナイフを取り出し、真横に引っ掻くようにして振り抜いた。その上でナイフを逆手に持ち、突き刺す。
「解ッ体ッッ!」
差し込んだ傷口から金色の光が溢れ出す。
それが二度、三度。
ルドルフさんはそれを祈るように見守りながら、なかなか見えてこない四度目の光を待ち望んでいるようだった。
そしてそれは訪れる。
まるでガチャでURでも引いたような演出を迎え、ウサギだったものは素材に生まれ変わったのだ。成る程、これが正しい素材回収の仕方。いや、もしかしたらそれよりも更に上。
なにせ台の上には一匹のウサギから取れたとは思えないほどの皮が載っていた。
枚数にして5枚。一匹から取れる量をはるかに超えている。成る程、これがLUKの恩恵……いや、ルドルフさんの実力か。
「ああ、上手く行って良かった。素材の質に助けられたな」
「オレにはわからんが、それはすごいことなのか?」
「俺がこのゲームを始めてこれを引き当てたのが2回目だと聞いたら驚くか?」
「それ程出ないものなのか?」
「ああ。それ程までに大成功の確率は低い。LUK特化のコケッコーでもここまで上手くいったのはさっきも言った通りお前さんのお陰だよ、マサムネ」
「そう言ってもらえると嬉しいものだ。食うだけの獣でも、こうして喜んでもらえる仕事ができると知れたのだからな。お代わりは居るか?」
「そうだな、気絶から復帰する前に処理してしまおう。それが終わり次第、お願い出来るか?」
「承知」
その日の狩りは日が暮れるまで続いた。
ルドルフさんは種族特性で夜目が効かないらしく、夜の狩りには向かないらしい。
オレは帰りの護衛も任されながら、ルドルフさんを街に送った。
「いやー、今日は助かった。俺とマサムネの出会いに乾杯!」
場所は酒場。ジョッキを高々と持ち上げて、ルドルフさんは上機嫌で乾杯の音頭をとる。
オレは未成年であることを告げて、遠慮した。
「オレこそこんなに貰って良いのか? 今でも信じられない」
ルドルフさんに手取りといって渡された袋には、5万Zも入っていた。
実に初期資金の10倍に登る額だ。
石の刀が10本……いや、鉄の刀も届くかも知れない。それだけの大金がたったあれだけの時間で稼げることに驚きを隠せなかった。
「何言ってんだ。俺の方も儲けさせて貰ったからな。それにマサムネという将来有望なルーキーを応援する意味でもこの繋がりは大枚叩いてでも手にしておきたいものなのさ」
そう言ってグラスの中身を豪快に呷り、ガツンとテーブルに叩きつける。
少し……いや、かなり酔っているようだ。
「こちらも資金面以外でも随分と世話になった。ルドルフさんと知り合えてなかったら今も路頭に迷っていたことだろう」
「そう言ってもらえると嬉しいね。そうだマサムネ、お前さん防具をつくらないか?」
突然の申し出に少し戸惑う。
「防具……」
そこで思い出したのが「防具なんてあってないようなものだと知れ」と残された掲示板の言葉。
その上でルドルフさんはこう言う。
「マサムネ、この世界で防具ってそれだけでステータスなんだよ。生きていくのには武器が必要だ。一発貰えば死ぬ世界。防具に金をかけるのはナンセンス。そう言いたいんだろうが、逆にそこに金をかけられるからこそ、コイツは金を稼ぐ手段を知っているのだと周囲に言いふらすことができるんだ。それはぱっと見ルーキーのお前さんにも効果は抜群。金の心配ならするな。これは俺からの、未来に向かって駆け出していくお前さんに向けてのプレゼントだ。受け取ってくれると嬉しいね」
その言葉を聞き、意味を知り、深く納得した後……オレはルドルフさんに向けてお願いしますと頭を下げていた。
ルドルフさんはそんなオレの様子を見て、嬉しそうに頷いていた。
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