第4話:至福のとき

 私の心配をよそに、男は曲を奏でつづける。彼のかかえる楽器には、三本の弦が張りわたされ、独特の鈍い減衰音を響かせていた。男の声は、ひなびているけれど、私の耳の底まで心地よく届いてくる。その歌は、潮騒と交じりあいながら、砂浜にみこんでいくようだった。


 すっかり歌の調べに心を奪われていた私は、タロウの顔をあらためて眺める。


 これほど優しい調べを創ることのできる生物種が、なぜそこまで悲惨な戦いに明け暮れたのだろう? 男の歌声が、彼の心のなかで反響する。深い悲しみと祈り。ああ、そうだったか。この男も、戦乱と飢饉とで、愛する人々を失ってしまったのだ……。


 とにかく、こうしてはいられない。男が死んでしまうのを避けるには、もうこの手しかないだろう――。


 私は、居住モードの姿を彼のまえに現わした。男は、歌をやめ、驚いた様子でじっと私の姿を見つめている。


「助けていただいて、ありがとうございました。おかげで、私も無事に故郷へ帰ることができます」

「あ、あなたは、いったい……?」

「私は、リュウグウという国よりまいりました。オトと申します」

「オト」

「はい、タロウさま。私の命を救っていただいた御礼に、リュウグウへとお連れしたいのです」

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