第3話:今そこにある危機

 もちろん、この子どもたちに、私を殺すことなどできない。でも、無理にこの場を離脱すれば、彼らは、致死量をはるかに超える放射線を浴びることになってしまう。また、もしも私が抵抗せず、航行システムの破損部分に彼らが触れるのを許してしまえば、もっと重大な被曝は避けられないだろう。


 これらの個体の一部でも死なせてしまうなら、行動規範の深刻な逸脱だ。私の守護者継承が不可能になることはもちろん、母や一族の名誉をいちじるしく損なうことになる。かといって、こんな場所で生体蘇生をするわけにもいかない。


 子どもたちは、擬態した私の外骨格の部分に掴みかかり、木の枝や岩を打ちつけたりしている。そのうち諦めてくれればよいのだけど……。


 進退きわまったそのとき、砂浜を歩いてくる別の個体の姿が見えた。子どもたちになにやら語りかけている。なんと言っているんだろう? 私は、彼らの音声と思念を大急ぎで解析し、言語の翻訳を試みた。


「そんなに亀をいじめたら、かわいそうだ。放してやれ」

「浜に打ち上げられて、身動きもしないんだ。どうせもう死にかけてる。腐るまえに、食っちまわないと」


 事前にウミガメの生態を確認しなかったことを後悔したが、もう遅い。それにしても、この男、私を救おうとしてくれるのか。


「腹が減ったのは、よくわかる。そら、ここに釣ったばかりの魚がある。みんなくれてやるから、亀は放してやれ」


 男はそういうと、袋ごと魚を差し出した。彼の思念を読み取った私には、それがどれほどの損失であるかがわかる。


「しょうがねえなあ、タロウさんは」


 子どもたちの一人がそう言いながら、しぶしぶ魚を受け取った。


     ◇


 タロウと呼ばれた個体は、子どもたちがいなくなっても、私のそばを離れようとしなかった。ほかにも襲ってくる者がいるかもしれないと心配しているようだ。浜辺に粗末な敷物を敷いて、原始的な楽器を取り出すと、その音色に合わせ、海に向かって歌を歌いはじめた。


 厚意はありがたいが、無用な気づかいだ。歌っていれば、ウミガメが元気を取り戻して、海に帰っていくとでも考えているのだろうか。しかし、そうするあいだも、わずかながら放射線は漏れ続けている。半日もしないうちに、この男の致死量に達してしまうだろう。いったい、どうしたものか……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る