第20話 レオンの事情

 レオンは今、妹と一緒に暮らしていた。手術は成功し今では少しずつ回復に向かっていたが、まだ予断は許されなかった。

 春になると、サラは時々はベッドから起きだし、庭を散歩するようになった。レオンと妹のサラは幼い頃両親を事故で失い、まさに2人で肩を寄せ合って生きてきた。サラの病状は2年ほど前から悪化し、手術が必要と医師から言い渡された。しかし、その手術代は途方も無い額だった。レオンはあらゆるところに手術代についての相談を持ちかけた。レオンの才能を見込んで工面をしてくれた人々も何人かはいたが、それは手術代の一部とはなりえても、実現に至るには及ばなかった。

 万感尽き果てた思いの中、ある日、ある男がレオンに話しかけた。その男はレオンのライブの店に現れ、黙ってレオンに名刺を差し出した。レオンは名刺の名前を見て愕然とした。それは、アンナの夫だった。

 次の日、レオンはアンナの夫フランクと会った。フランクはいきなり用件を切り出した。

「君が妻と付き合っているのは知っている。どうも妻の様子がおかしくて、気にはしていたのだが、まさか他に男がいるとは驚いたが。アンナはとても真面目で、それどころか融通も利かないほどだ。でも、まぁ過ぎたことはしかたないと思っている。しかしこのまま君と付き合うことを見てみぬ振りは出来ない。しかし妻はどうも本気で君を愛してしまったようだ。いや、僕の考えでは愛したと思い込んでいるだけだろう。妻はとても美しい。だから君が男として彼女に想いを寄せたことは理解出来る。しかし、本来なら君に慰謝料を請求して、一発殴りたい気分だ。」

フランクはいったん言葉を切った。

「でも、僕はこう見えても紳士なんだ。だから、君に一つ提案をしようと思う。」

 レオンは、フランクの眉一つ動かさずに語る姿をじっと見ていた。その目は冷徹で、まるで部下に命令を下すそれだった。

「君の妹さんは、重い心臓病を患っておられるようだね。いやなに、ちょっと調べさせてもらったのだよ。それでそのことが分かった。手術を今すぐにでもしなければ命は危険に晒される。それで、どうだろう。アンナと別れてくれたらその手術代を僕が全額出そうじゃないか。そのかわり、もう二度と妻とは逢わないでもらいたい。理由も言わずにだ。永久に妻の前から姿を消してくれたまえ。」

 フランクは威嚇とも思える態度で、そうレオンに言い渡した。レオンは、一瞬何も考えられずに頭の中が膠着した。アンナ・・・。

 次の日、フランクは書類一式を揃えやって来た。そして、レオンに数枚の書類にサインをさせた。その書類には、手術代全額と、その後回復の期間の生活費の費用が添えてあった。そして、フランクとの約束―アンナには一切の内容を秘密にすること。アンナと再び会うことがあった時は、全額高額な利子を付けて即刻返済するというものの記載があった。レオンは、アンナへの想いを断ち切る勇気も術もなかったが、妹の命には変えられず、フランクの申し出を受けたのだった。

 アンナがいつものようにレオンのアパートを訪れ、何とかアンナにもう逢えないことを話そうとした。それは3日かかった。何も知らずにいるアンナは、帰り際にまた明日ねと言った。レオンはそのときしばらく逢えない とそれだけ言った。アンナは何かを察し、大きな瞳は不安でいっぱいだった。レオンには何もなす術はなかった。

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