第4話 会いに行きたい


「皇帝……? そんなバカな」


 僕は唖然としていた。

 同姓同名の別人だろうか。


「……。ナオミ・セトは自動車会社の社長だったと聞きます。おそらくお探しの方と同一人物でしょう」


 ズギャーンと雷が落ちたような衝撃が走った。

 僕はなかなか口がきけないでいた。

 かろうじて言葉を発した時、その声はかすれていた。


「僕はナオミに会いに行けるでしょうか」

「……」


 スタッフの人は眼鏡の位置を直した。


「面会が叶うかどうかは私には分かりかねます。ドゥラム地区に行くことは可能ですが……敵同士とはいえ同じ国内ですからね。でも、遠いですよ。車で何日かかるか……」

「行きます」


 僕は即答した。


「行きます。何日かかろうとも」

「そうですか。では、お気をつけて」


 僕はテントを出た。

 ペテロの前にしゃがみ込む。待ちかねていたペテロは僕の膝に飛びついて、しきりに尻尾を振った。


「待たせてごめんね。……これから旅に出るよ、ペテロ」


 僕はまず、先程勝手に使っていたトラックを、人に聞きながら探し出した。トラックはまだ基地の入り口付近の駐車場に鎮座していた。


「これを使わせてもらえないでしょうか」


 僕は軍人に尋ねた。


「更地になっていた場所に捨てられていたものなんです。よろしければ不用品として僕にくださいませんか」


 軍人は難しい顔をした。


「古戦場に廃棄されていた品だろう。……上官に確認を取ってみる」

「お願いします」


 しばらくして軍人は帰ってきた。


「あれはもう戦争には使えないし、ボロいからいらないとのことだ。廃棄するくらいならくれてやってもいいということらしい。あの車はやろう」

「本当ですか! 嬉しいです」


 僕は安心した。

 移動手段が手に入ったのは非常に心強い。


「装甲は外しておけよ。間違って敵に攻撃されかねない。……できるか?」

「はい。修理なら得意なんです。お任せください」


 僕はペテロを見下ろして微笑んでから、次の策に打って出た。


「あと、この世界には町とかありますよね? それから質屋とかも」

「は? そりゃあ、あるが……」

「近くにある町を教えてください。できれば質屋があると助かります」

「近くの町なら、この道をまっすぐ行って最初の三叉路を右折し、道なりに進んだところにある。車で一時間と言ったところか」

「ありがとうございます。では、行ってきます」

「そ、そうか……気をつけることだ」

「はい」


 僕はいくらか希望を見出していた。

 ナオミに会いにいける。たった一人の知人に。

 目的が復讐から別のものにすり替わっている気がしたが、何にせよ彼女に会わないと何も始まらない。


 この終末後の世界に一人で放り出されて困っていたが、明確な目標ができたのはいいことだ。


 僕はせっせと作業をしてトラックの装甲を外し、ついでに最低限できるだけのメンテナンスを済ませると、ペテロと一緒にボロのトラックに乗り込んだ。


「隣町へ行くよ、ペテロ」


 ペテロはトラックの助手席で落ち着かなくきょろきょろしていた。


「じゃあ、出発進行!」


 ウイイイイン、と太陽光発電の車が動き出す。相変わらず曇りなのによく動く。


 そして道はデコボコだった。舗装もされていないし、道の脇にはクレーターまである。


「やっぱりよっぽど大変だったんだね……天炎の災禍ってのは」

 僕はペテロに話しかけた。

「そりゃそうだよな。あれだけ栄えていた世界が滅んでしまったんだから……」


 ガタガタと車が揺れるたびに、ペテロがバランスをくずしてよろけてしまう。僕はこころなしかゆっくり運転した。

 一時間半ほどで、町に着いた。


「……わお」


 僕は驚きをもってその風景を見つめた。


 テントがたくさん張り出されていて、その下で食べ物がわんさと積み上げられている。人が行き交い、店員の呼び声や客の値切りのが飛び交う。

 埃っぽいけれど、活気のある町だ。


「……世界が滅んでも、人間はしぶといんだねえ」


 僕は車道を通過しながら言った。

 ペテロは興奮したように窓外の景色を眺めていた。

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