第3話 尋ね人について


 僕を案内してくれた兵士は、あまり詮索をしてこない人物だった。

 僕がコールドスリープなんかに入った理由も聞かないでいてくれた。僕にはそれがありがたかった。

 

 兵士の後についていきながら、僕は過去について考えていた。


 僕はいじめられていて、ろくに友達もいなかったし、親もいなかった。ナオミだけがこの世でたったひとりの僕の味方だった。なのに彼女は僕を捨てて、好きでもない会社の人と結婚するというから……何もかもなくした気がしたのだ。

 でも、五十年も経って時代が新しくなったら、もしかしたら、僕と仲良くしてくれる人間が生まれているかもしれない。

 そうして幸せになって、ナオミを見返してやりたかった。


 もちろん、ナオミが五十年後に幸せにやっている可能性はあった。あの金と地位しか持たないクズ男とも、もしかしたらうまくやっていたかもしれない。

 でも、子どもや孫に恵まれて幸せな家庭を築く……という事態にはなっていなかっただろう。ナオミにはナオミの事情があるので、それはできないと決まっているのだ。


 やがてテントがいくつか張ってある広場まで来た。

 ここでもやはり砂埃が舞っている。


 僕はペテロを抱いて、しばらく屋外で待たされた。スタッフらしき人たちがバタバタと出入りして、忙しそうにしている。

 やがて先程の兵士が戻ってきた。


「あなたを難民として、我が軍で一時的に保護できるようです。もちろん、本当の難民の方と同じ待遇はできませんが……お食事と寝る所は用意してさしあげますよ」

「本当ですか。ありがとうございます」


 僕は礼を言って立ち上がり、保護施設のテントの中に入って行った。


 中には粗末な簡易ベッドと、木製で少し歪んだ机と椅子があった。


 食事に出されたのは、ビスケットを五枚と、米を肉や野菜と煮込んで粥にしたものだった。

 僕はビスケットをみんなペテロにやった。ペテロは尻尾をブンブンと振って、僕の手からビスケットを貪った。

 ペテロの食事が終わって、僕も粥をかきこんだ。

 それからベッドに横になって、今後どうするかを考えた。


 天炎の災禍の後で、文明レベルはかなり退化したようだった。僕の自動車整備の技術をもってすれば働いてお金を稼ぐことはできるだろう。それに……と僕は自分のポケットの中身を見た。

 ナオミからもらった琥珀のブローチと、ダイヤモンドの指輪がある。目覚めた時のための資金源として取っておいたのだ。これを売れば当面の間は生活できるはずだ。

 多少の不便はあるだろうが、生きていける希望はある。

 友達もできるかもしれないし。


 それはそれとして……果たしてナオミは生き残っているのだろうか。

 それをどうしても確かめたかった。

 幸せになってから見返すためにも生存確認は必要だが、何より心配の方がまさっていた。

 もしもナオミが死んでいたら……その確率の方がはるかに高いわけだが……やっぱり寂しい。

 もう一度会いたい。

 僕を捨てた人とはいえ、唯一僕の存在を肯定してくれた人でもあるのだから。


 食事を下げに来たスタッフの人に、僕は声をかけた。


「あの……僕の知人が生きているかどうか、調べることはできるでしょうか」


 スタッフの人は微笑んだ。


「我がメルブ軍に問い合わせれば、可能かと。隣のテントで手続きができますよ。ご自由にご利用くださいね」

「ありがとうございます。ごちそうさまでした」


 僕は皿の乗ったトレイを手渡した。


 ペテロを連れて隣のテントに出向く。

 外にリードを繋いで、ちょっと緊張しながらテントに入った。

 そこには、僕にあてがわれた部屋にある机よりもいくらかちゃんとした机が並んでいて、スタッフたちが忙しそうに立ち働いていた。

 僕は受付らしき場所まで進み出た。


「あのう。人探しをしているのですが」

「分かりました。始めにあなたのお名前とご住所を教えていただけますか」


 スタッフの人は優しい声音で言った。


「はい。ヨシヤ・モリです。五十年前に入ったコールドスリープから目覚めたばかりなので、住所はありません」


 スタッフの人はやや驚いたように、紙にペンを走らせる手を止めた。


「……そうだったんですね。つまり……戦争による行方不明というよりは、天炎の災禍の生存者を探していらっしゃるのですか?」


 話が早くて助かる。


「そうです」

「そうなると当施設で入手できる情報は限られていますが……」

「そう、ですか……」

「しかし、何か分かるかもしれません。念のためお探しの方のお名前を頂戴してもよろしいですか?」

「はい」


 僕は唾を飲み込んだ。


「探しているのは、ナオミ・セト。自動車会社の社長の娘だったんですが」


 カツーン、とスタッフはペンを落とした。

 僕はびっくりした。


「ど、どうしましたか」

「……失礼しました。もしかして同姓同名の方かと」


 僕は色めき立った。


「ナオミ・セトという名前の人をご存じなんですか!?」

「ご存じも何も」


 スタッフは咳払いをした。


「ナオミ・セトといえば、メルブの敵国、ドゥラム地区の皇帝の名ですよ」

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