第2話 人のいるところ

 何だろうか、あの車は。

 誰かを狙っているのか。


 だが、もともと五十年前は自動車の整備士をやっていた僕には、すぐに分かった。


 あのトラックは、故障している。そこで、打ち捨てられているのだ。


 僕はペテロを抱っこして、恐る恐るトラックににじり寄った。

 やはり無人だ。

 しかも幸運なことに、鍵が開いている。


「都合よく修理道具の一つでも入っていてくれりゃあ助かるんだが……」


 トラックの荷台をごそごそと漁っていると……見つけた。簡単な修理道具一式を。


「ハハッ」


 僕は笑った。こんな幸運なことがあるだろうか。凄腕の僕にかかれば、たとえ五十年後のハイテクトラックであっても修理可能だ。……というかこのトラックはむしろ型番が古いようにすら見受けられた。


「楽勝、楽勝」


 カチャカチャと一時間ばかりで修理を済ませた。

 念のため、前方と後方の装甲は外さずにおいた。

 やはり高性能太陽電池で動くらしいこのトラックは、動かすのには何ら問題はない。


「これで移動手段が手に入ったぞ、ペテロ。食べ物のある町まで行けるかも」

「キャン」


 ペテロはうれしそうに助手席におすわりをした。


「いざ、発進」


 トラックはボコボコに瓦礫が散乱している道を、あてもなく、それでいて慎重に進み始めた。


「それにしても、曇っていて寒いな。太陽光電池もこの光量でよく走るもんだ。なあペテロ」

「……スン」


 ペテロは鼻を鳴らした。彼は僕と違って車に興味は無い。僕の隣に座っていられればいいらしい。可愛い奴め。


 トラックは舗装もろくにされていない道なき道を、我武者羅にガタガタガタガタと進んでゆく。

 やがて人影のようなものを見つけたので、僕はトラックを止めた。


 見えたのは一人の男性だった。


「止まれ!!」


 彼は叫んだ。……大きめの銃を持って、こちらに向けている。僕は恐れ慄いた。ペテロはよく状況を分かっていない様子だった。


「はい、止まります!!」

「誰だ! 何の目的でこの基地にやってきた!!」

「基地?」


 僕はペテロを片手で抱いて、もう片方の手で降参のポーズをして、トラックから降りた。


「何者だ」

 男性は警戒感たっぷりの様子で尋ねる。


「僕はヨシヤ・モリです。こっちは相棒のペテロ」


 素直に名乗る。それからこれまでの経緯を説明した。


「コールドスリープ……五十年前!?」

 男性はすっかり混乱して、銃を下ろした。

「ということは、『天炎の災禍』の前にコールドスリープに入ったんですか!?」

「てんえんのさいか?」


 僕はペテロを抱いたまま首を傾げた。男は衝撃のあまりしばらく言葉が出ない模様だった。


「僕の生まれる前、四十年前の話ですよ! 宇宙から地球中に無数の小さな隕石が降り注いで、世界が丸ごと吹き飛んび、炎に包まれたんです! これでおよそ八割の生物は死滅しました」


 今度は僕が衝撃を受ける番だった。


「……死んだ!? じゃあ、僕の元恋人も……」

「は……? 元恋人……?」


 男は怪訝な顔をした。


「まあ、残念ながら、望みは薄いでしょうね……。今は生き残った人類で何とか都市国家を作って、細々と生き延びているところです。たとえばこの大陸では四分統治テトラルキアが敷かれていて、四つの帝国が覇権を争っています。僕はその後に生まれて……」


 僕はあまり話を聞いていなかった。


(ナオミが……死んだかもしれない。そんなことになるとは思わなかった)


 嘲笑う気持ちにはならなかった。地下にあるコールドスリープ装置でグウグウ眠って無事だった僕が、天からの炎に焼かれて無残な死に方をしたナオミを笑う? そんなことはできない。


「なんていうことだ」


 僕は呟いた。

 男は同情の目で僕を見た。


「戸惑うのも無理はありませんね。……あなたは僕らに危害を加えそうにはありませんし、あなたを基地で保護できないか、上官にかけあってみますよ」

「それは……ありがたい。ペテロも僕も腹が減っているんです。ビスケットか何かを恵んでもらいたいと思っていまして。特にこのペテロに」

「それくらいなら、可能でしょう。ついてきてください」


 男は歩き出した。

 僕はペテロを下ろして、一緒に男についていった。

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