第十六話 『勝利の確信』

 17:58。


 俺は、上空にいた。

 操縦の専門家。もとい、ヘリコプターを運転する運転手に話しかける。


「あと、2分で降りる。準備をしておいてくれ」


 黒川紗耶香の部下たちに付けた発信機は動かなくなった。

 彼女も流石に諦めたのだろう。


 俺は、勝利を確信しながらも勝利が確定するまでは降りないことを決意する。

 ジーニの言う天空島の領域とは、地下だけではない。


 領域というのは、『領地』『領空』『領海』の集合体を示す言葉だ。


 つまりは、上空も当てはまるのだ。



「あいよ。というか、お前さんが言うからジェットパックなんてものまで用意したが、こんなもん必要だったのかね?」


 ジェットパックというのは、鞄のようなものにジェット噴射をつけて、推進することのできる飛行機具だ。数年前に実用化しており、今回は念の為にそれを用意した。


「まあ、一応な。相手が何をしてくるか分からないんでね」


「そういうもんかねぇ。まあ、俺は、金さえもらえれば何も言わねーけどな」


「ああ、任せておけ。ちゃんとあてはある」


 その時、一陣の風が巻き起こった。


 それにより、ホバリングしていたはずのヘリコプターの機体が横に傾く。


「何だってんだ」


 厳つい顔をした中年の運転手が悲鳴をあげる。


 しかし、それに構っている暇はなかった。


 俺は、その風の元凶をみて、驚愕の色を浮かべる。


「香川天彦、ここまでね」

 風切り音と共に声が聞こえる。

 俺は、動揺を見せないように声を張り上げる。


「はあ?何言ってんだ?

 あと、30秒で俺の勝ちだ。

 わざわざ、奴隷になるために主人のもとまで来るとは件名なことだなぁ」


「この状況が分からないわけではないでしょ?あなたは、ヘリコプターに乗って、空中で身動きできない。私は、できる。それの指し示す意味が分からない、あなたではないでしょ?」


 金髪の少女が、その輝かしい金髪を高度4500mに及ぶ場所で、たなびかせていた。


 より近づいた太陽が、その金髪を目立たせていた。


(何で、生身の人間が空中に浮いていやがるんだよ。

 あいつは、ヘリコプターどころか、ジェットパックも何も持っていないじゃねーか)


「これだから、お嬢様はこの程度で勝ちだなんて言えるんだろ?」


 俺は、そう煽りながらジェットパックを背負い始める。

 理屈は分からない。だが、どうせ、サイか何かのデタラメの技術だろう。そんなことを考えていてる暇はない。


 あと、20秒。


 それだけ逃げ切れば勝ちだ。

 そのことだけを考えて、俺は、勝ちへの道筋を立てていく。


「逃がさないわ」


 金髪の少女は、一気に俺に近づいてくる。

 手元には黒髪の少女が持っていた例の銃。


 俺は、その言葉が聞こえる直前にバックパックごと、ヘリコプターから降りる。



 残り、15秒。


「ふんっ。浅い考えね、これで終わりよ」


 再び、風を起こさんとしているのだろう。


 その綺麗な声を聞いた瞬間、俺は、何もない空中に、レジャーシートを広げる。


 そのレジャーシートが彼女の起こしたであろう風を受けて、俺を引っ張る。

 ゴム素材のためにちょうど、凧と風船の中間のような形状で風を受け止める。


 突然、空中に出たシートに驚いたのか一瞬だけ彼女の動きが止まる。


 その隙に俺はできる限り遠くへ行く。


 彼我の距離は凡そ1km。


 残り時間は10秒。


 勝てる。


 そう思った瞬間に、一陣の風がもう一度、巻き起こる。

 そして、その風をシートで受けるよりも早く事態は動いた。

 まばたきをすると、そこには、既に黒川沙耶香がいた。


「終わりよ」



 彼女は銃口を俺に向ける。


 空中に逃げ場はない。

 残り2秒

 このまま撃たれては負けだ。

 必死に勝ちを模索する。


 バンッ



 俺の銃弾がかすめた。


 0秒。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?香川天彦、あなた、何やってんの?」


 そう言って、金髪の少女は俺の方を見つめていた。


 俺はジェットパックを脱いで、生身のまま空中からフリーフォールをしていた。

 圧倒的なGが俺を加速させる。



『『鬼ごっこ』の勝者は香川天彦となります。なお、それにより、黒川沙耶香の全ての財産の権利は香川天彦に委ねられ、香川天彦の奴隷となります』


 俺の命の危険など関係なく、上空3000mでジーニの声がこだまする。


 俺は、その声を聞き、思い切り叫ぶ。


「黒川沙耶香、俺をたすけろ…」


「ったく、何していますの?」


 だが、叫ぶまでもなく、その前に俺のことを黒川沙耶香は助けていた。

 ついでにジェットパックも彼女の側に浮かんでいる。


「はは?さすがは奴隷だな。主人の身を助けるとは」


「落としますわよ?正式な奴隷になる手続きは終わってませんから、別に落としても私は、いいんですのよ。むしろ、落としたほうがいい気もしますわね」


「う、うそ。うそだから。

 だから、落とさないで

 優しい、優しい生徒会長様ぁぁぁ」


 俺は、気付けば、涙目で叫んでいた。

 ついでに、今の状態はお姫様抱っこだ。


 間違っても、勝利者の姿ではない。


「ったく、いきなりジェットパックを外して、どういうつもりですの?あなた死にたい願望がおありで?」


「うんにゃ。まったく」


「私が助けなかったらどうしていまして?」


「う~ん、だってお前助けるじゃん。

 何よりも学園を大切にする奴が、その学園の生徒を助けないわけないじゃん。それに、ジェットパックが道路を歩いている通行人に落ちたりして、事故が起こる危険性も考えて、ジェットパックも拾ってくれたんだろ?サンキューな」


 金髪の少女は頬をサーモンピンクに染めて顔を逸らす。


「私のすることは全て筒抜けってことですか、完敗ですわね」


 そう言って潔い敗北宣言をした。



 こうして、長いようで短い戦いは、


 高潔なる敗者が、

 至上最低に格好悪い勝者を

 お姫様抱っこして幕を閉じたのだった。

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