第7話 ちなつとけいし(3)

「あ……」


 放課後、ちなつはいつもより早く図書室にやって来た。


 新刊コーナーに並べられた本を手にとる。


 最近映画化された小説。ちなつにとっては、懐かしい本だった。



 小学生時代、一人で図書館にこもっていた頃の、思い出深い本。


 呪われたヒロインと、彼女を救おうとする主人公。少年は、世界か恋人かの二択を迫られるのだ。

 いくつもの苦難を乗りこえたすえに、彼らは世界を捨てる選択をするのだが。


(私なら、耐えられない……)


 ちなつは一人、眉をひそめた。

 この本は、ちなつ史上最もと言っても過言ではないほど、結末に納得いかない本だった。



「よっ、なにしてんの?」

「きゃっ!」



 突然、男性の声がふってき、頭にずしりと重みを感じた。


 驚いて振り返ると、そこには見慣れたけいしの姿が。


 失礼なことに頭の上で腕をくんでいたらしい彼は、ちなつの手からひょいと本を取り上げた。


「へぇ~。これ、最後どうなんの?」


 帯と、中身を少し見たけいしが軽く言う。

 ちなつは呆れながらも、結末を口にした。



「主人公はヒロインを選んで、世界は滅びるわ。生き残った数百人で、新しい歴史をつくっていくっていうラスト」



 けいしは、きいておきながら興味なさそうにふぅ~ん、と答え、ぱらぱらとページをめくりだす。

 自分よりずいぶん背の高い恋人を見上げるちなつ。ふと、きいてみた。




「ねぇけいしくん。もし、けいしくんだったらどうする?」




 一瞬、なんのことかわからずにぽかんとしたけいし。気づいて本に目を落とすと、ややあって明るく言った。





「オレは、世界を選ぶよ」





 今度はちなつが、ぽかんとけいしを見つめた。予想外の答え。


 けいしはちなつの頭にぽんと手を置いた。





「だってちなつ、自分のせいで誰かが死ぬなんて耐えらんねーだろ?」




 ちなつの頬が染まるのは、動作のせいか言葉のせいか。

 一見残酷だが、模範解答ではないちなつのための答えが、たまらなく嬉しい。

 真っ赤な顔を隠してうつむいたのをどう捉えたのか。けいしは続けて言う。



「心配すんな。そん時はオレも一緒だぜ」



「ダメ!!」

 ちなつは、恥ずかしいことなど忘れて顔をあげた。

 ぎょっとしたけいしに、まっすぐな目で言う。



「私が死んでも、けいしくんは生きて。私なんかのために、死んじゃだめ」



 けいしは恥じらうように、ちなつの頭をくしゃくしゃと撫でた。軽く笑う。


「あんがと。じゃあ、二人で長生きしような」


 その言葉に、ちなつは満面の笑みでうなずくのだった。

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